18話 ユニオン登録

「こちらの不手際だった。このとおり詫びさせてほしい――申し訳なかった」


 ユニオンホールの軽食処での勧誘合戦が、いつしかサシャとの懇親会の名を借りた酒盛りに変わりつつあったサシャとシルヴィエ、オルガとバルトロメイの四人組。


 せっかくの美味しそうな料理がもったいないとサシャが言い出したことでもあり、勧誘への結論をあまり急がせても、という一同の配慮もそこには働いていた。ならば懇親を兼ねてと場の空気は一気に酒盛りへと盛り上がり、昼間から陽気に騒ぎ始めた四人。そこにユニオンの職員が訪れ、その四人はまとめてユニオン二階にある応接室へと通されたのだ。


 そこで待っていたのはラドヴァンと名乗ったユニオンファルタ支部の副支部長、そして初回にサシャを門前払いに近い形で追い払ったユニオンの受付係の二人。


 魔に飲まれて暴れ出したゾルタンを騎士団に引き渡すことで騒動は収まったが、ユニオンとしてはそれで終わりとする訳にはいかない。

 遅ればせながら事の流れを整理していく中で、神の癒しを使って事態鎮静化に大きな役割を果たした、高位の神官と思われる少年がその前にユニオンを追い返されていたことが発覚したのだ。それは恩を仇で返すというか、無礼を恩で返されたようなもの。


 その情報を重く見たのが現状でのユニオン責任者、副支部長のラドヴァンだ。騎士団へのゾルタンの経歴報告やら以後の処遇やらの折衝を終わらせるなり、幸いにも未だユニオンにいたサシャたちをこの応接室に招き、当の受付係を呼びつけた上で再度の事情確認を行ったのである。


 そして、それが紛れもない事実だと判明。そのままサシャに対しての冒頭の謝罪となっている。


「バルトロメイ殿にもオルガ殿にも、改めて私から礼を言わせてほしい。<連撃の戦矛>と<幻灯狐>による迅速な助力がなければもっと騒ぎは大きくなっていた。騎士団からも報奨金が出るとは思うが、ユニオンからも別途謝礼を贈らせていただく」

「ああ、その辺は窓口の兄ちゃんからも聞いてるよ。まあ同じ魔法使いの後始末だし、気を使わなくてもあたいは構わないけどね。……それよりも」


 <幻灯狐>マスター、オルガがぎろりとユニオン側の二人を睨みつけた。


「あんたら、サシャの登録を門前払いしたのかい? こんなとびきりの人材を追い払おうとするなんて、ラドヴァン、あんたがいながらどういうことだい? お役所仕事もいよいよ末期じゃないか」

「ああ、そこについては我々<連撃の戦矛>も正式に抗議させてもらうぞ。この神父殿の癒しは我々だけではない、騎士団も含めて魔獣と最前線で戦う者にとっては大きな助けとなるものだ。それは間違いない」

「それだけじゃ終わらないよ。この坊やは魔に飲まれた者に対する研究を、一気に何十年分も進展させる可能性を秘めている。なにせゾルタンが魔に飲まれるのを薄々感じ取っていたようなんだ。その意味は分かるだろう?」

「……なんと、そんなことが」


 腹立ちを隠そうともしないオルガに、<連撃の戦矛>のバルトロメイも同調してユニオン側の二人を責め立てる。魔法使い系と純戦士系、ハンター界の二大クランが認めるサシャの価値とその内容に、副支部長のラドヴァンは口をぽかんとあけて眼前の小柄な神父服の少年を眺めた。


「ラドヴァン、確かに最近のクラン優先の風潮は、我々登録者側にも責任はあるのかもしれないよ? けれどもユニオンの理念はどこに行ったんだい? 効率化を図るのは悪いことじゃないけれど、金儲けに走りすぎて本質を見失ってるんじゃないのかい? あんたに言っても仕方ないのかもしれないけど、あんたももう副支部長って椅子に座ってるんだからね。その辺りはちゃんと考えて動いてもらわないと困るよ」


 オルガが尚も舌鋒鋭く追求する。

 それを受けるラドヴァンは胃の辺りを無意識に押さえながらも、深々と頭を下げている。それもそのはず、ラドヴァンは街の孤児院出身で、そこからユニオンに就職するのにダークエルフのオルガにはひとかたならぬ世話になっていたのだ。


 しかもハンター系二大クランのマスターが揃って責め立ててくることは正論も正論。普段ラドヴァン自身がうっすらと感じていたユニオンの問題点が、よりによって最悪の形で表面化してしまったのだ。


「……申し訳ない。私の教育と管理体制が甘かったとしか」

「まったく。カラミタ禍を忘れたとは言わせないよ? ラビリンスは危険なもので、だからこそ実力ある者はどんどんそのラビリンスに潜って危険を最小限にしなければならないんだろう? ユニオンの使命は二度とカラミタ禍が起きないよう、その手伝いをすることじゃなかったのかい?」

「返す言葉もない。オルガ殿の言うとおりで、たかが一職員がそれを妨害するようなことがあってはならなかった」


 そう言って、もう一度深々と頭を下げる副支部長のラドヴァン。

 彼は一大組織の重職を担うところまで登りつめただけあって、その優秀さはかなりのものだ。一見どこにでもいそうな人族の壮年男性に見えて、真面目そうな鳶色の瞳に宿る知性は隠しようもない。さらに言えば、どこか苦労人の哀愁を身にまとっているようにも見えなくはないが。


 そしてそんなお偉いさんが頭を下げている隣では、前回サシャの話を聞こうともしなかった狐人族の受付係が、泣きそうな顔で一緒に頭を下げている。まだ十代と思われる彼女の蜂蜜色の髪が、応接室の磨き上げられた机に触れて微かに震えている。


「……ねえシルヴィエ、カラミタ禍って何だったの? さっきもシルヴィエがちらっと言ってた気がするけど」

「……後で教える。今は黙っていろ」


 そんな重々しい空気の中、サシャが隣のシルヴィエに小声で尋ね、そして睨まれた。


 サシャとしては、ここまで大ごとにしなくても、というのが正直なところだ。

 異端認定のことを笑い飛ばしてもらったことで気持ちに大きなゆとりができているし、見るからに偉い人から謝罪を受けたり、受付の人にここまで泣きそうな顔で謝ってもらっても反応に困る。


 ユニオンに来た結果として大手クランとの伝手も出来たし、美味しい料理も食べれたし、元来がさほど執着しない性格でもあるし、受付の人も事情聴取の中で可哀想なぐらい怒られていたし、サシャとしては後はラビリンスにさえ行ければそれでいいのだ。



 ……蜂蜜の滝から姿を現した蜂蜜の山ふたつ、ってところだね。



 なんとも居づらい空気の中、目の前に突き出された形の受付嬢の狐耳をやや現実逃避気味に観察し、これはこれでなかなか、と勝手な賛辞を贈ってみたりしているサシャ。受付嬢の黄金色の髪とそこから突き出した黄金色の狐耳を、ちょっとした思いつきで蜂蜜の滝と山になぞらえてみたのだ。


 ちなみに蜂蜜は彼にとって野菜と双璧をなす至高の食べ物であり、サシャからしてみればかなりパンチの効いた最上級の誉め言葉のつもりである。気分は吟遊詩人。実はそっちの才能もあるのかもしれない。


 そしてふと気がつき、こっそりと同志シルヴィエの様子も窺ってみる。可愛いもの好きな彼女ならば、また少し小鼻が膨らんでいるに違いないと思ったからだ。


 ところが彼女はなんと、この受付係の狐耳にはさほど興味を引かれていない様子だった。オットー家の至高の犬耳で目が肥えているのか、狐耳は彼女の美意識に反するのか、どこにシルヴィエなりのこだわりがあるのか、実に摩訶不思議なところであり――





「サシャ、何か言え」





 ――目が合った途端、底冷えのするような叱責が返ってきた。


 さっきは黙ってろって言ったのに、という理不尽さはさておき、妙にいたたまれない大人のやりとりはどうやらひと段落したようである。


 微妙な気まずさを打ち消すために、ならばサシャとしては前に進むのみ。僅かに前に身を乗り出して、自らの想いを正直に告げていく。


「あー、もうなんやかやは水に流すということで、こちらとしてはユニオンに登録できて、ユニオン章? それがもらえれば大変嬉しいというか」


 それが最初からの彼の望みだ。そしてユニオンに入る直前にシルヴィエから聞いた、ユニオン章なる魅惑の品を要求することも忘れない。完璧である。強いて追加の要素を挙げるとすれば。


「あ。あと出来れば、カラミタ禍って何か教えてくれると嬉しいなー、なんて」


 先ほどオルガが持ち出してユニオン側を非難していた、謎の言葉に対する質問ぐらいであった。


 周りでシルヴィエとオルガが同時にため息をついているのがサシャには分かったが、どうしようもないことだ。知らないものは知らない。それを知ったかぶりで話を進めていくと、とんでもない行き違いが起きたりもするのだ。


 ――オットーの娘、ユリエに約束してしまったアベスカの頬袋のように。


 サシャはサシャなりに学習しているのだ。

 それに、と彼は考える。


 今の発言で場の空気はかなり弛緩してしまったようだが、それは悪いことではない。……泣きそうだった受付係の顔が、少しだけ明るさを取り戻したのだから。




「……ん、ああ、サシャ君はザヴジェルに来たばかりだったね。私から簡単に説明しても?」




「すまないなラドヴァン殿。どうもサシャは少しズレてる上にザヴジェルの常識にも疎くてな。悪い神父ではないのだが」

「はあ……ラドヴァンからこの坊やに説明してやっておくれ。あたいはなんか気が抜けちまったよ」

「ふふ、了解したよ。いいかいサシャ君、カラミタ禍というのはだね――」


 いつのまにかサシャの保護者の立場にスライドしているようなシルヴィエとオルガが地味にひどいことを言っているが、サシャは気にしない。知らないものは知らないのだ。説明を始めてくれたラドヴァンに体を正対させ、聞き逃すことのないよう真剣に耳を傾けていく。


「カラミタ禍というのは、およそ百年前にこの地方を襲った、極めて重大な危機のことだ」


 この十五分でがっつり老け込んだような顔にふわりと好意的な微笑みを広げたラドヴァンによると、カラミタ禍とは百年ほど前に発生した、このザヴジェル独立領が所属していたスタニークという王国が崩壊したきっかけになった大災害のことらしい。


 ハルバーチュ大陸の中でも、この地方に集中して存在しているラビリンス。その中核であるコアと呼ばれる大魔鉱石がなんと人の形を取り、自らの足で移動して、数十万単位のラビリンス魔獣を引き連れて王国に押し寄せてきたというのだ。前代未聞の非常事態である。


「――そして災厄カラミタと名付けられたその『歩くラビリンス』の大攻勢に、当時の王国軍はあえなく崩壊してしまったんだ」

「うわ、そんなことが」

「だが、そこで我らがザヴジェル騎士団が大活躍をした」


 ラドヴァンが言うには、迫り来る魔獣の大群に対し、当時から精強で名高かったザヴジェル騎士団が獅子奮迅の働きをしたという。たまたまザヴジェルに身を寄せていた天人族という強力無比な稀少種族の手助けも大きかったのらしいだが、国軍を粉砕した相手を地方領主の騎士団が撃破したのである。まさに歴史に残る大金星だろう。


「そこのシルヴィエ殿の父親、ケンタウロスの英雄<青槍のフーゴ>が大いに名を挙げたのもこの時のことだ。かの天人族と共に客将としてザヴジェル騎士団に与力し、ザヴジェルを勝利に導いてくれたのだ。なあシルヴィエ殿?」


 そんなラドヴァンの言葉に、シルヴィエが若干照れ混じりながらも誇らしげに頷いた。シルヴィエのお父さんて本物の英雄だったんだ、となんだか自分まで誇らしげな気持ちになるサシャ。


「だが生憎とスタニーク王国の方は王国軍壊滅の傷が深すぎ、その後に崩壊してしまったんだけどね」


 ラドヴァンはそう話を続ける。

 王国崩壊後も精強な騎士団を擁するザヴジェル領は果敢に自領を守り続け、いくつかの周辺諸侯領を傘下に収め、やがて現在の独立領を形成していく――そんな歴史が、今のザヴジェルの繁栄の裏側にはあるらしい。


「それからだよ。我々ザヴジェルの民が、ラビリンスにいる魔獣を積極的に間引くようになったのは。カラミタ禍で既存のラビリンスが動き出した例はなかったようだけど、一説によればラビリンスは生き物で、内部の魔獣が飽和状態になると獲物を求めて『歩くラビリンス』になる――そんなことが言われていてね。その真偽は定かではないのだが、二度とカラミタ禍が起こらないよう、ザヴジェルでは積極的にラビリンスの魔獣を狩っているのさ」


 その素材による実益も魅力的なんだがね、そう悪戯っぽく笑うラドヴァン。


「まあそんなこともあって、我々ユニオンはラビリンスに潜る人々を支援する、それを理念として公言しているんだ。ラビリンスに潜る人が増えれば当然魔獣は減るし、何か異常があればすぐに分かるだろう? それはカラミタ禍を経験したこの土地の人間にとって、とてもとても大切なことなんだ」


 だからサシャ君、癒しができる君のような有為の人材には特に、こちらから頭を下げてでもラビリンスに潜ってもらうよう話を進めるべきだったんだ――ラドヴァンは当初よりかなり距離を縮めた口調で、胃の辺りをさすりつつもそう締めくくった。


「確かに昨今のクラン優遇の流れは、商業的には実に効率が良い。受付にずらりと人員を配置して個々のディガーやハンターから素材をこまごまと買い取っていた時代に比べれば、人件費の面でも仕入の安定度の面でも段違いだからね。けれどもその効率を前提としてしまって、君のようなクラン未所属の有望な人材を追い返してしまった。本来の理念を忘れている――オルガ殿やバルトロメイ殿の指摘は尤もだと、私も思う」


 真剣なラドヴァンの言葉に、良くできました、とばかりにオルガが満足そうに頷いた。


「とりあえずは私の権限において、ユニオン内部の意識改革を含め、色々と出来ることを進めるつもりだ。支部長が帰ってくれば私から全てを説明し、その範囲も大きくしていくように最大限努力する。それは約束しよう」

「なんだい、あのろくでなしはまたどこかほっつき歩いてるのかい。戻ってきたら、あたいが怒ってたってしっかり伝えておくんだよ」

「あ、あのオルガ殿。できればそれはオルガ殿から直接言ってもらった方が……」

「嫌だよ面倒くさい。何が楽しくてあんな分からず屋と顔を突きあわせなきゃならないんだい。部下の定めだ。しっかり伝えておくんだよ」

「奈落の気配でキリアーン渓谷まで強行軍で調査に行った支部長に、帰るなり私からそんな報告をしろと……」


 顔を若干青くしてしきりに胃の辺りを押さえるラドヴァンを見て、もしかしてこの人は色々と大変なポジションにいるのではないか――そう察してしまったサシャ。初めに感じた苦労性なところはその辺りが滲み出ているのかもしれない。


 とはいえ、サシャの求めるものはひとつだ。

 なんだか色々なところに話が飛び火して大変なことになってしまったような気がしないでもないが、目の前の苦労性な人への助け船という意味も併せ、話題を元に戻すべくサシャは口を開いた。


「ええと、ということはつまり、登録してもらえるってことでいい?」

「ああ、それはもちろん! 前回の不手際を許してもらえるのであれば、サシャ君の登録その他諸々は副支部長である私が責任を持って進めさせてもらうよ」

「ユニオン章も?」

「もちろん」

「おお!」

「ではミルシェ、大急ぎでサシャ君の登録を終わらせてきてくれ。誠意の見せどころだぞ。仕事は手早く、丁寧にな。そして……ユニオン章は何があっても忘れないように」


 サシャの助け船に乗ったラドヴァンが、狐耳の受付嬢にてきぱきと声をかけた。


 はい!と大きな声で返事をし、一礼の後にきびきびと退室していくその狐耳受付嬢の後ろ姿を見送りつつ、満面の笑みを浮かべて頷き合うサシャとラドヴァン。


 サシャの笑顔はなんやかやで全ての要求があっけなく通ってユニオン登録が終わりそうなことに対して、ラドヴァンの笑顔は話題変換への感謝が半分、サシャという少年に感じ始めていたささやかな好意が半分、といったところである。


 ラドヴァンとしても、そもそもラビリンスに潜るディガーやハンターが大型クランとして組織化していく最近の風潮に密かに眉をひそめてはいた。確かに商売効率としては素晴らしい。


 けれどもディガーやハンターたちがそうしてあまりに効率を追求していくために、利益に対して危険度の高い魔獣の討伐や条件の悪いラビリンスは放置されがちになっているのだ。カラミタ禍を知る者として、ユニオンに身を置く人間として、それではいけないと薄々感じてはいた。


 そういった意味では、今回の話はちょうどいいきっかけだったのだろう。


 それが齢二百を超えるこの迷宮都市の顔役である魔法使いオルガの、個人的にも絶対に頭が上がらない恩人からの脅迫じみたプレッシャーから始まったことは胃痛以外の何物でもないのだが、やらなければいけないことは事実。


 またしばらくは胃薬を手放せない生活が始まるなあ――と内心の思いを笑顔に押し込めつつ、ラドヴァンは最前より疑問に思っていたことをふと口に出した。それはこの神父姿の少年を見て初めに浮かんだ疑問。


「……ちなみにサシャ君のその瞳の色、ちょっと珍しいけどもしかしてザヴジェルに親戚とかいたりしないかい?」

「ああ、それはあたいもちょっと気になってたんだ」


 ラドヴァンの言葉に、なぜかオルガまでもがサシャの紫水晶の瞳を興味深げに覗き込んでくる。


「へ? まあ確かに珍しいみたいだけど、生まれた国では孤児だったし、親戚も何も」

「おっと失礼。嫌なことを聞いてしまったね。すごく似た瞳の色の人の話を聞いたことがあるものだから」

「そうだね、シェダの一族にたまにそんな瞳の――」

「あ! 親戚はいないけど、同志ならここに!」


 そう言ってビシッとシルヴィエを指差すサシャ。

 いきなり同志と言われてもラドヴァンには何のことかよく分からなかったが、はああ?という目で見返すシルヴィエの姿は、随分と二人が打ち解けているように見えた。


 そこからシルヴィエは底冷えのするような顔でサシャのことを睨みつけているが、本当に嫌ならば無表情で即刻立ち去るのが彼女の常。


 ……珍しいこともあるものだね。


 ラドヴァンは感心の眼差しでそんな二人を眺める。

 初めは計りかねていたサシャという神父姿の若者も、こうして話してみれば実に親しみやすくて好印象だけが積み重なっていく。孤高を貫いていた<槍騎馬>シルヴィエがこうまでして世話を焼くのも、なんとなく分かるような気がするラドヴァンだった。


 シルヴィエは知る人ぞ知る、ザヴジェルの隠れた名士の一人。カラミタ禍の英雄の一人<青槍のフーゴ>の血縁者であり、その美貌はもちろんのこと、槍の技量でもケンタウロスならではの戦線突破力でもザヴジェル五指に入ると評されている。


 ラドヴァンは<幻灯狐>のオルガに協力を要請され、そんなシルヴィエをひっそりと見守る一人だ。けれどやはり、あまり人付き合いのうまくない彼女を彼なりに心配もしていたのだが――



「お待たせいたしました!」



 そう言って応接室に入ってきたのは、息を切らした受付嬢のミルシェだ。

 その手にはあとラドヴァンの署名が入れば有効化するユニオン登録の書類と、真新しいユニオン章がある。



「おお! それがユニオン章!?」



 途端にその紫水晶の瞳を輝かせ、椅子からすっくと立ち上がるサシャ。

 そのあまりに嬉しそうな姿に、ラドヴァンは思わずかつて自分がユニオンに就職した時の誇らしさを思い出した。


 気持ちのいい若者だった。

 この街の顔役であるオルガも彼のことを随分と買っているようだし、そんなオルガにどやされるまでもなく、ラドヴァンもまた彼に目をかけておこうと頭の片隅にメモをする。


 何よりも。


 彼が失望しないような、そんなユニオンに戻していかないといけないね――そんな思いもまた、今や副支部長となったラドヴァンの胸に流れるのであった。



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