世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない
圭沢
シリーズ序文、あるいは附記
異端とみなされ火炙りにされた狂気の大神官ズジェネク=ラツェクによる、その捕縛直前に妻に宛てて書かれた走り書き
親愛なるベアータ
すまない。
最も知られたくない相手に、最も知られたくないタイミングで、最も知られたくないことを知られてしまった。奴らが来る前に、お前に真実を伝えておく。
私が公私に渡って長いこと神の真理を探していたのは知っているな。
喜んでくれ。先日私は遂にその一端を掴んだのだ。
悠久の神話生物ヴラヌス。
いいかベアータ、それこそが偉大なる天空神クラールの正体、謎に包まれた
類稀なる空間属性を持つかの神話生物は、長じれば無数の“世界”を己の裡に内包するという。我々が住むこの世界もそのひとつであり……いや、時間がない。要点だけ記す。
かの大いなる神話生物の糧は、内包する“世界”に暮らす生きとし生けるもの、その全ての生命だ。
いや、そう言うと語弊があるな。
内包する世界で生きる命が避けえぬ死を迎える時、大いなるヴラヌスはそれを平等なる慈愛の腕で受け入れる。かの神話生物にとって、それが糧となっているのだよ。
そして、神話「生物」というからには成長過程もある。それが大陸各所に存在するラビリンスだと言えば、聡いお前なら瞠目しつつもその類似点に気がつくはず。
そうだ。
ラビリンス、巷の俗称でいえばダンジョン。
その内部に広がる幾つもの独立した亜空間は、そのひとつひとつがまさに“世界”の幼い姿なのだよ。
悠久の時をかけてラビリンスが成長していけば、それら亜空間のそれぞれも我々の住むのと変わらぬ、広大かつ独立した“世界”へと成長していく。
そうした無数の“世界”を内包し、育んでいるのが神話生物ヴラヌスだ。
まさに創造主と崇められるべき、偉大なる存在だと思わないか。
巷で噂されているように、そういった意味ではラビリンスは正しく生命体なのだろうね。いわゆるラビリンスコアがその本体で、周囲に亜空間を幾重にもまとっている――蝸牛の殻のように、ね。
だが、かの神話生物に限っては、それはけして己の身を守るためではない。
内部に貴重な資源を配して外部の欲深き人間どもを誘引し、召喚しておいた魔獣群でその命を刈りとる。それは正しく神罰でもあり、同時に神へと成長していく糧を得る崇高なる行為でもあるのだ。
愛しきベアータよ、彼らヴラヌスが糧を得るのは生きとし生けるもの、その全てに平等なる死が訪れた瞬間だということを思い出してくれたまえ。成体のように己の内部だけで充分な生態系を維持できない幼生体の、実に神々しくも峻烈な成長手段だと思わないか。
……いかん、話が逸れた。通りの足音が奴らのものでないことを祈る。
ベアータよ、今書いたこと、それらはただの前段に過ぎないのだ。
お前に伝えたいこと、その最も重要な点をこれから記す。
我らが主たる天空神クラールの幼生体はラビリンス、それは理解してくれたことと思う。そして、そのラビリンスになる前に、更なる原初の幼生段階があることを私は知った。
ベアータよ、驚くなかれ。
それは体内に極小のコアを持つ、人に酷似した超越的な存在だ。
不老の身体と圧倒的身体能力を持ち、闇に紛れて人を狩り、その生血を啜る者――
そう書けばもう分かるね。
誰もが怖れる夜の王ヴァンパイア、彼らがそうなのだよ。彼らの生物としての超越ぶりは神の胞子たるがゆえ。おそらくは種として原初の存在ゆえに罪深き生命を直接には咀嚼しきれず、その源たる血を啜って糧にしていると思われ
まずい!
扉を誰かが激しく叩いている。奴らが来た。罪深き金の亡者どもめ。
いいかベアータ。
神々には神々の
まずは夜の主らに対する怖れを捨てろ。彼らこそ我らが神の子。密かに同志を募り、清貧を旨として彼らを崇めるのだ。
そして我々人間自身の手で、罪深き者たちの血を彼らに差し出せ。それこそが大いなる贖罪、そうして彼らの成長を手助
◇
走り書きはそこで途切れている。
この走り書きを書いた狂気の大神官ズジェネク=ラツェクは、その翌日に異端および陰謀罪で公開処刑された。今からおよそ八百年ほど前のことであり、当時の記録によれば枢機卿の在位期間は十八年。
転記であるがゆえに後半部分の手跡の乱れを伝えられないのは残念だが、本資料の真贋を疑うなかれ。そして願わくば、末永く後世に残されんことを。
新神暦二十三年八月 ローベルト=シェダ
さいはての
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