ショーとショート Vol8 テールライト
森出雲
テールライト
高速道路に入ると二人の会話は、まるで穴のあいたボールのように弾まなくなった。
繰り返し流れる懐かしい女性アーティストの歌声が、掠れたコマーシャルのように遠くで響く。
いつからだろう、二人の間に温度の違う空気が流れ始めたのは……。出会った頃に感じた『永遠』とも思えた感情は、いつしか色あせたフォトグラフにもにた懐かしさに包まれた。
―― 吹き抜ける嵐の強さに心が揺れ……
車内は高速で走る車の風きり音と掠れた歌声で満たされたまま、エンディングプロローグへと急ぐ。
――Love.day after tomorrow……I wish you know
私は俯いたまま、何も言えない。
彼の言葉が、繰り返し心を揺する。
やがて車は高速から離れ、見慣れた街並みを迷うことなく走る。
―― ねぇ? もう一度歌ってよ。カーステレオのようにさ。
心の中で呟く一言。
取り返しの出来ない大切な過去。
―― 一度だけ……。一度だけ、リセット出来ない?
無言のまま、車は住みなれたマンションの前に止まる。
動かない身体。
痺れたままの心。
涙すら流れない。
彼はまるで急かすように、煙草に火をつける。
―― ごめん……。ねぇ、ごめんってば
再び、心の中で本心が呟く。
「幸せになれよ」
「……。うん」
「じゃあな」
「うん……」
初めてこの車に乗ったのはいつだっただろう。
指定席だった。
私だけの場所だった。
明日から、違う誰かが座るのだろうか。
言えない言葉が、手を握り締める。
大きく煙草の煙を吸いこみ、彼が灰皿で乱暴に煙草を消す。
「ごめんな」
最後のキューが出された。
私は、心が叫ぶ言葉を飲み込み、ドアを開けた。
もう止められない。
リセットもリピートも手が届かない。
静かに車のドアを閉めると、それを合図のように車は走り去って行った。
暗闇に沈むテールライト。
―― あの車のテールライトって、あんな形だったんだ?
初めてみた乗りなれた車の後ろ姿。
いつも彼がマンションに入るまで見送ってくれていたから。
彼がいつも私を見ていてくれていたから。
―― ごめんなさい。本当にごめんなさい。
いつしか涙があふれ、消えていくテールライトが滲んでいた。
ショーとショート Vol8 テールライト 森出雲 @yuzuki_kurage
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