第52話 にぎやかな夕食
「いつまでも、感慨に浸っている場合ではないな。
では、我がグラント王代々のお宝を拝見しようではないか。」
「俺たちは席を外そう。」
ジェイコブが立ち上がるが、グレイはそれを制止した。
「いや。ぜひ君たちも居てくれ。
私の直属の部下である君たちは、これを守る義務もあるからな。」
グレイは頼もしそうにパーティの面々を見た。
グレイはワーリヒトの骨を絹に包み直し、絹に覆われたもう一つの物を箱から慎重に取り出した。
それは、箱いっぱいほどの大きさであり、重さもかなりのものだ。
そして、慎重に絹の布をめくると―――銀製の盾が姿を現した。
盾の表面には、大きな十字のくぼみが彫ってある。
「それは・・・」
ジェイコブは、腰に掛けてある十字剣を手に取った。
グレイもその十字剣と、十字の盾を見比べる。
「同じ形の十字だな。ちょっと貸してくれないか。」
ジェイコブは十字剣を手渡すと、グレイはじっくりと両方を調べる。
「十字の形が同じだ。
盾の十字は、上の部分が少しくびれており、下の部分が先細っている。
この十字剣も、柄の部分が全く同じところでくびれており、剣先は同じような角度で先細っている。
大きさも同じに見える。
盾の十字の窪みに、この十字剣を重ねたら、ちょうど合わさるのではないか?」
ジェイコブが同意して頷くと、グレイは盾の十字のくぼみに十字剣を重ねる。
これ以上はないほど、きれいに納まった。
「この作り、そして銀の光沢からすると、この盾とこの剣は明らかに一対のものだ。
盾が我がグラント王の証だとすると、剣の方は・・・ジーランド王の証に間違いないだろう。
ジェイコブ、どうやってこの剣を?」
「サキュバスの女がくれたのさ。しかし、ミノタウロスのものだったらしいが。
こんなことを言ってもサッパリだろう。今話すには長すぎる。
由緒ある剣らしいから、俺ではなく、グレイが持っておいた方が良さそうだ。」
ジェイコブは微笑んだ。
「王の証である剣がなくなっては、ジーランドも国として危うかろう。
一方、こちらには王の証である盾が戻ってきた。
グラント王国が復活する日も近いであろう。
兵を固め、いつの日か建国を宣言しよう。
そうなれば、そなたたちも忙しいぞ。」
グレイはソファに座っている面々を改めて見回した。
我らのパーティは、皆誇り高くグレイの視線を受け止めるのであった。
「森のことや十字剣の話を今からでも聞きたいところだが、先に祖母の形見を探しに行こう。」
グレイ、ジェイコブ、マット、ロイが坑道へと戻り、老女エレナスの骨と衣服を拾った。
エレナス王妃の太陽十字のペンダントも、衣服に紛れて残っていた。
グレイはエレナスへ祈りを捧げた。
再び鉄格子の扉を閉めて、ロイは軽々と岩を積み上げ、再び坑道を封印した。
グレイの従者一人を見張りとして残し、今度はピートも共に、屋敷へと帰った。
空を見ると、ちょうど太陽が沈もうとしていた。
我らのパーティは、山に湧き出る清い水で、過酷な任務の汚れをすべて落としたあと、大広間へ入った。
マリーが彩り豪華な夕食を用意してくれた。
柔らかくて新鮮な鶏の肉の入ったクリームシチューや、煙を上げる分厚いハム、溶かしたチーズ鍋に、串に刺さったパンや野菜。
過酷な任務の最中は、夢にすら出てこなかったような料理だ。
泡の沸き立つビールもあった。
ジェイコブは、躊躇せずゴクゴクと喉に流し込んだ。
「仕事の後の酒はうまいな。」
仲間の心配をよそに、ジェイコブは笑う。
「これからは、うまい酒だけを飲むことにするよ。」
我らのパーティは、グレイ、ウェド、ピートと共に、にぎやかなテーブルを囲んだ。
もちろん、メインディッシュは、坑道と森での話であった。
マリーも時折耳を傾けては、飲み物を用意するのを忘れるくらいに聞き入ってしまった。
「おいシカルやめてくれ。その話はもう忘れようぜ。」
シカルが、クモ女に襲われたマットの話を楽しそうにする。
「オークたちも、あの媚薬を恋しがっていたよね。」
シカルのからかいに、マットも顔が赤くなる。
グレイは、クモ女やオークといった化け物について、興味深く聞き返す。
「それでロイ、オークは明らかに悪の生き物だと、どうやってわかったんだ?」
「すぐわかっただ。あの目は神様の恵みの届いてない目だ。」
話が巨大ガエルの丸焼きのところになると、ピートが口を出した。
「そんなことしたら、酸素が無くなってみんな死んでしまうぞ。」
「そうなんだよ。」シカルは続ける。
「帰りに見たら、実際みんな死んでたんだよ。」
城を見たときの光景は圧巻だったと、マットが話す。
「まさか、あんなものが地下にあるなんて、誰も想像も出来ないよな。
夢でも見てるんじゃないかと、思ったぜ。」
ウェドはウイスキー片手に、うれしそうに語る。
「最初は、ワーリヒト様の遊び心で始めたもんですが、実際には大いに役立ったのですじゃ。
わざわざ坑道を出なくても、何日も生活出来ますし、ほれ、女も必要じゃでのう。それはわたくしから提案させて頂いたのですよ。」
魔法陣の話しは、グレイを困惑させた。
「地面に血で模様を描いただけで、本当にそのような力が生じるのか?」
「こんな現実離れしたことを、僕もいつまで信じられるかわからないけど、間違いなく実際にあったことなんだ。」
マットは魔法陣でサキュバスに捕らえられたとき、何をされたのかは、結局この場でも何も語らなかった。
「俺は忘れた。さっぱり忘れたんだ。何も覚えてないぞ。」
「さぞかし、搾り取られたんじゃない。クモ女のエキスを飲んでて良かったね。」
「こらシカル!てめぇ、許さねえぞ!」
酒も入り、にぎやかな笑い声も響く。
ジェイコブは、オークが厨房で料理をしていたことや、黒騎士や亡霊、化け物達が食事を楽しんでいたこと、黒騎士1人と階段で戦ったこと、地下9階では演劇が行われていたことなどを話し、そしてユキは、バイオリンの少女にレストランに導かれたことを話した。
マットにとっては、初めて聞く話しもあり、熱心に耳を傾けた。
「城の中は食料保存にはちょうどいいからな。」
コーヒーと小麦粉が、十分においしかったことをロイが伝えると、ピートは満足そうに笑顔を見せた。
別にピートの手柄でも何でもないのだが、食料の保存に適していると最初に気づいたのがピートであったから、自慢もしたくなったのだ。
果汁のジュースを飲み、今度はシカルが続きを語った。
寝ている間にバイオリン少女とのっぺらぼうが去り、とうとう地下10階に降りたこと、トロルとオークの戦闘を横目に、川の下の道を進み、長い登りの後、ついに森に出たことを詳細に話した。
「僕は正直、森にまでたどり着けると思ってなかったんだ。」
森についてからの話しは、ジェイコブが引き継いだ。
「ここからは、俺が話す方がいいだろう。」
ジェイコブはビールを飲みながらも、森での出来事を詳細に語った。
「うむ。ミント草か。それと妖精たち。
ロイが運んでくれた岩もある。最善の策だろう。ありがとう。」
グレイは、入り口の塞ぎ方に満足したようだ。
しかし、ジェイコブとキツネの契約を心配している。
「これには私も責任がある。
つまり、1年以内にジェイコブが死ななければ、その契約は無効になるということだな。」
そうだとジェイコブは答える。
さすがにこの時ばかりは、みんな真剣な表情になった。
しかしシカルが語る、ジェイコブとユキのトロル退治の話で、場がまた活気づいた。
ロイがあの黒騎士をやっつけたことは、マットを驚かせ、そして悔しがらせた。
「俺だけ、大した仕事をしてないじゃねえか。情けねえなぁ。」
ロイはやさしくマットを慰める。
「神様が力を授けてくださっただ。それだけだ。」
サキュバスとの戦いは、ユキが語った。
陽気な雰囲気を台無しにしないよう、ユキなりに精一杯笑顔を見せたつもりであったが、その笑顔はジェイコブにしか伝わらなかった。
「催眠術とは違うな。やはり魔法という言葉が一番合っている。」
ユキの話を聞いて、グレイは言う。
「なんとも不思議な奴らだ。
私たちのような普通の人間とは、あまりにもかけ離れている。」
そして、ミノタウロスとの戦闘の話しになった。
この話はジェイコブが語った。
他のパーティの面々は、自分が瀕死状態に陥った後、何が起きたのか詳しく知らなかったので、彼らも興味深く耳を傾けていた。
「ミノタウロスが十字剣を持っていたのか。
そういえばジーランド王家の家紋も、グレイ家の家紋にも、牛が描かれている。
何か関係があるのかもしれない。」
治癒の魔法陣は、それほどグレイを驚かさなかった。
「目の前で、君たちが健康なところを見ているからね。
何かあるとは思っていたよ。
しかし、その魔法陣がいつまであるのかわからないが、新たな争いを生みそうな匂いがする。
よくわかっていると思うが、魔法陣のことも含めて、君たちが見てきたことは全て内密にしておいてくれ。」
我らの信頼出来るパーティは、皆頷いた。
城を出てから坑道を脱出するまでの話しは、主にマットがここぞとばかりに語った。
グレイは、エレナス王妃が死ねたことを素直に喜んだ。
「彼女の願いが通じたのだろう。
体の中の悪魔が、彼女の体から逃げたのだ。
ところで、その悪魔が桃で溶けたのはどうしてだろう。」
ユキの解釈は、興味深いものであった。
「わたしの国に古くから伝わる神話で、似たようなものがあったの。」
そう言って、ユキは簡単にその神話を話した。
それは、死んで黄泉の国に行ってしまった妻を、はるばる訪れる夫の物語だ。
見ては行けないと言われたのに、無惨な妻の姿を見てしまった夫は、恐くなってたまらず逃げるのだが、腹を立てた妻と化け物たちが追ってくる。
その時、夫が化け物に投げたのが桃であり、化け物たちを閉じこめたのが岩であった。
「実はわたしも東洋の知り合いから、桃が悪魔を祓うと聞いたことがある。
坑道にはまだ化け物がいるだろう。だから、坑道入り口の付近や崖には桃を植えておこう。」
「ミント草もね。」
シカルの提案に、もちろんグレイは同意した。
たっぷり食べて、飲んで、楽しく話した時間はあっと言う間に過ぎさるものである。
この物語もそうであることを願うばかりだ。
「本当にご苦労であった。
君たちへの感謝は、今後、示していくつもりだ。
それよりも君たちには、寝ることが必要だな。
坑道と森を歩いた三日間、ほとんど寝ていないのだろう。
明日の朝には太陽がのぼり、また新たな一日が始まる。
新鮮な空気の中で、これから何をすべきか一緒に考えようじゃないか。」
グレイ、ウェド、ピートは箱と遺骨を持って、部屋を後にした。
我らのパーティは、彼らだけの時間を楽しんだ。
中でもシカルとマットは、これから新たな冒険に出発しそうなほど、元気に声を出していた。
さて、ここまで我慢強くこの物語を読んでくれた読者も、そろそろ物語の終わりが近いことに感づいているだろう。
楽しいときはいつまでも続かない。
われわれもそろそろ寝る時間だ。
最後に、我らのパーティと、グレイのその後のことを話して終わりにしよう。
坑道入り口と、崖には多くのミント草と桃の木を植えたのは当然だ。
それらは、とても気持ちの良い空気をもたらしてくれた。
崖肌には、ユキが持ち帰った黄色花の薬草が植えられた。
その草を煎じて飲めば肝臓に良く働き、とても重宝されるものとなった。
坑道の入り口には、ロイがさらに岩を積み重ねた。
そしてユキは、「しめ縄」というもので岩を飾った。
それを飾るだけで、岩の固まりが何やら神聖なものに見えた。
ジェイコブはグレイから望遠鏡を借りて、よく崖へ出かけた。
何か怪しい動きがないかを見張っていたのもあるが、キツネや妖精も、化け物も何ひとつ見えなかった。
シカルとマットはいつも一緒にいた。
二人は街に降りて、グレイの城に従者としていち早く住み込んだ。
グレイは、定期的に行われていたジーランド王への謁見も、貢物を納めることも、すべて辞めてしまった。
もしジーランド王が怒って攻めて来たときのために、領内にあらゆる仕掛けを張り巡らせる計画を立てていた。
これには、シカルが大いに協力した。
ロイも街に降りて、城で働いた。
誰もが驚いたことだが、マリーと結婚した。
殺しの仕事をしたいとマリーがつぶやいたのをロイが聞き、激しい言い争いになったのが結婚のきっかけになったらしい。
グレイは南のゴルラン国王とさらに親密になり、いろいろな情報を交わした。
ゴルラン国王は、古代王の墓をもグレイに見せた。
そこには頭が牛、体が人の絵が刻まれており、ゴルランの守り神であることを説明した。
ゴルラン国王は言う。
「本当はミノタウロスではなく、剣と盾を守るために遣わされた、神の分身だったのではないでしょうか?」
古の時代に、ゴルラン王国から与えられたその十字剣と十字盾は、極秘の場所で別々に保管した。
ジェイコブとユキがそれを守る責務を負った。
ジェイコブは治癒の魔法陣で完治した内臓を、再び酒で壊すことはなかった。
冒険から1年の時が過ぎた時、野生のキツネがどこからともなく二人の前に現れて、クゥーンと鳴いた。
それで、ジェイコブの胸のあざも消えた。
さて、少し時間を進めすぎたようだ。
さらに時間を進めれば、再び我らのパーティが活躍する物語もあるかもしれぬ。
しかし、それはまた別の物語だ。
今一度、時間を冒険が終わった日まで巻き戻そう。
おや。楽しく食事と酒を堪能していた我らのパーティが、それぞれソファに横になって、今や眠ろうとしているではないか。
この物語もここで終わって、私たちも眠りにつくのがいいだろう。
我らの愛しいパーティとともに。
王の森と銀の坑道 立木斤二 @nijunimaru
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