第51話 任務終了

今、使命を果たした我らのパーティは、この屋敷に来た時と同じ部屋で、それぞれ椅子に深く腰を沈めていた。


坑道の門には鍵が閉められ、ピートたちがとりあえず見張りをしている。


グレイの前の琥珀色のウイスキーが、新鮮な湧き水で薄められた。


マットはウイスキー、ロイは白ワイン、ジェイコブはコーヒー、ユキは紅茶、シカルはオレンジ果汁のジュースを選んだ。


「ご苦労であったな。また皆の顔を見ることが出来てほっとしている。


食べ物は、今マリーに用意させているので、すまぬが少し待ってくれ。」


グレイは笑顔を見せて、帰還者たちをねぎらった。




「無事に皆が帰って来てくれたことが、私にとって一番喜ばしいことだ。


皆を行かせたことを、何度後悔したことか。」


これは、グレイの正直な気持ちである。


無意味なジーランド国王主催の戦勝記念に出席したときも、幾度も屋敷に戻って来ようと考えたものである。


「料理が出来るまで、任務の経緯を教えて欲しいのだ。」グレイが言う。


「その前に、これを返しておいた方が良さそうだ。」


ジェイコブは立ち上がり、グレイに太陽十字のペンダントを渡した。


次いでロイに、宝箱をグレイの前へと持ってこさせた。


この宝箱は老魔女からの依頼であったが、ジェイコブとロイは、グレイこそが正しい持ち主だと感じていたのだ。


ロイが大切に守っていた箱は、一度もフタが開くこともなく、これで無事にグレイの手に渡すことが出来たのだ。




グレイは箱を見る。


ジェイコブは、老婆に地図を渡されたことと、封印の太陽十字の印のこと、そして森の箱のあった場所から、こちら側の崖がよく見えたことを簡単にグレイに話した。


封印に触れば指がなくなるかもしれないことも、付け加えておいた。


ソファから腰を乗り出し、グレイはジェイコブの話に聞き入った。


「なるほど。確かに太陽十字は我が家に伝わるものだ。しかし、その起源は古の時代にまでさかのぼるので、詳しいことはよくわからんのだ。


気になるのは、箱があった場所だな。


父が立っていた場所かもしれぬというのだな、ジェイコブ?」


ジェイコブは頷く。


グレイは、改めて封印箇所を見直している。


「よし。開けてみよう。」


ソファから立ち上がり、意を決して封印に触る。


すると、封印はなんの抵抗もなく、ヒラリとはがれた。


グレイは同じように、すべての封印に触ると、太陽十字の封印がすべて解けた。


そして、グレイはおそるおそる箱のフタを開けた。


古い箱のフタが開けられる。


グレイはフタを持ち上げて、箱の横に置いた。


箱の中身は白い布で覆われていた。


改めてじっくりと見るグレイ。二つの白い布がある。


大きな物を覆う白い布は下に、小さな物を覆う白い布は上にある。


手を伸ばして、上にある方を慎重に取り出す。


絹で何重にも巻かれた物はとても軽く、形も安定していない。


まずは、上にあった方の白い絹をめくる―――


中には人の骨があった。


骨と一緒に、指輪もあった。ワーリヒトのいつも付けていた指輪だ。


これは、ワーリヒトの骨なのである。


グレイがそのことを悟ったとき、骨から煙のようなものが上がった。


煙は,色を伴って人の大きさほどに膨らんで、ついには人の形となる。


「おお、ガネルや。元気してたか。ハハハ。」


ワーリヒト・グレイだった。


「父上!」






神聖な雰囲気の中、煙で浮かび上がった半透明のワーリヒトは、やさしく笑っている。


「おお、ウェドや。会いたかったぞ。」


執事のウェドを見つけ、ワーリヒトは大いに喜んでいる。


「ああ。ワーリヒト様!お久しゅうございます!」


「ハハハ。達者そうでなによりだ。」


それから、我らのパーティにも気付いた。


「そなた達のおかげのようじゃの。おかげで息子と再会することが出来た。礼を言うぞ。」


ジェイコブたちは軽く頭を下げた。


「ガネルよ。いろいろ積もる話しもあるが、わたしがこうしておられるのも、あと少しの時間だ。


手短に話すから、聞き逃さんようにしてくれよ。」


ワーリヒトは、そう言って次のような話を語ったのである。






はるか昔、2000年以上も前のこと、海を渡った南の国ゴルランに、その地一帯を治める国王がいたのだ。


その王には娘1人と息子2人がいた。


王の子らは成人し、長男がゴルラン王国を継ぐこととなった。


争いを恐れた王は、王族の証を持たせて、長女と次男を国から出した。


それぞれが兵を率いて船で海を渡り、北の地に着いた。


そしてそれぞれ国を持ち、女王、国王となったのだ。


次男の国王の国が、今のジーランド王国であり、長女の女王の国が今のグラント領なのだ。


元はどちらも「ゴルラン」という国の名であったが、言葉が時代とともに変化し「ジーランド」「グラント」となった。


「グレイ」という一族の名も、元は「ゴルラン」であったのだ。


長い歴史の中で、徐々にジーランド王国の力が優り、いつしかグラント王国はジーランド王国の支配下に置かれることになってしまったのだ。


グラントが王国であったという事実は、意図的に忘れ去られ、今ではジーランド王族の一部の者しか知らない。


太古の森は、元来、父であるゴルランの王を神として奉ったものであり、ジーランドの国王とグラントの女王が共有していたのだ。


ゴルランの国王から授けられた王族の証も、それぞれがこの森の地に保管されていたのだ。


ジーランドとグラントの王族が死ぬと、その遺体は代々、森に埋葬された。


しかし、ジーランドが森を占有してからは、グラント王族は森には立ち入ることが出来なくなり、そればかりか、ゴルランの王から授けられた王の証すらも取り返せなくなってしまったのだ。


ジーランドは、それらの事実をすべて秘密にしている。


グラントの反逆を恐れて、決して真実を明かさないのだ。




ジーランド国王には、娘がいた。エレナスという絶世の美女で、国王の自慢であった。しかし、彼女はビルトネル・グレイに恋した。


ジーランド国王の強い反対にもかかわらず、グレイ家の者と結婚したエレナスは、子を産むと極秘裏にジーランドに連れ戻された。


娘に対する国王の憎しみは激しく、生きたまま化け物の棲む森に放り込んだのだ。


森の中で歴代の王の霊に守られたエレナスは、火、水、風をおこす力を与えられ、さらに水を酒に、葉をパンに変える力を得た。


しかし王の霊は、絶望の淵にあったエレナスに、自らの命を絶つことだけは許さなかった。


死ねない体になったエレナスは、長い森での生活で、孤独のうちに顔にシワを刻んだ。


いくら外見は老いても、心は若いままであった。


夫ビルトネル、そして我が子ワーリヒトと別れた時から、エレナスの心の時間は止まったままなのだ。


ワーリヒトがそれらの事実を知ったのは、森に眠るグラント女王の御霊に触れたからであった。


そのおかげで、自らの死因もわかった。ジーランド王の陰謀によって殺されたのだ。


反対を押し切ってまでビルトネル・グレイに嫁いだエレナスの、実の子であるワーリヒトさえも、ジーランド王の憎しみの対象であった。


ワーリヒトの遺体は、無残にも顔が識別出来ぬほどの有様であったが、用心を重ねてさらに極秘にする必要があった。


そのために、容易には立ち入れぬ森に、捨てるように埋めたのだ。


そのことがジーランド王の失敗であった。


森の老女エレナスが、我が子の遺体に気付かぬはずはない。


霊に誘われて遺体を掘り起こすと、それを抱いて初代グラント女王の墓の前で祈りを捧げた。


ワーリヒトの魂は初代女王の御霊に触れ、そこで何もかも、グラント王国のことも、母エレナスのことも、すべて理解したのであった。




魂だけが蘇ったワーリヒトは、母エレナスとの赤ん坊以来の再会を喜んだが、彼女にはワーリヒトの姿が見えなかった。


エレナスは、グラント王族の証が入った箱に、ワーリヒトの骨を包んだ。


ワーリヒトは、その箱の場所から、自分の領地を眺めていたのだ。




「エレナス王妃のことについてだが、ひとつ耳に入れておいてもらいたいことがある。」


ジェイコブは口を挟み、手短に老女の最後の様子を話した。


「わたしも近くで母の死を感じた。やっと死ぬることが出来たのだ。


すまぬが、母の骨を拾ってやってくれんか。


そして、わたしの骨と一緒に父の墓に眠らせておくれ。


グラント王国が甦り、神の森にも堂々と立ち入ることが出来たならば、先祖とともに森に移るのもいいだろう。


だが、それまでは今のグレイ家の墓にいさせてくれ。」




「父上。お言葉通りにいたしましょう。」


ガネル・グレイが膝を付いて答える。




「ところで箱の中にあるものは、グラント初代女王から、王族が代々受け継ぐべき王の証じゃ。


正式なグラント王である、ガネルよ。


あとは、そなたに任せたぞ。」


ワーリヒトは、ガネル・グレイにゆっくりと微笑み、姿は薄くなって、やがて煙は消えてしまった。


ガネル・グレイは、すでに消え去った父の顔を長い間見上げていた。


執事のウェドの目からは、涙がとめどもなく溢れ出ていた。

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