第47話 地下1階 オーク軍団と河童
――地下1階――
地下1階は天井が低く、真っ直ぐ伸びる坑道だ。
地下1階へと、最初に慎重に頭を覗かせたのはマットだった。
直線の坑道は明るく、先まで見通せる。
そして、オークたちの姿もあった。遠くで酒盛りをしていたのだ。
マットは頭を引っ込める。「オークが50匹くらいだ。」
「ここで河童を待っていても来ないだろう。仕方ないから、オークを素早くやっつけよう。」
ジェイコブの言葉で、パーティは階段を上る。
マットは再び地下1階へと頭を覗かせる。
すると、マットの目の前にオークが一匹いた。
「おい!人間だぞ!やっぱり俺の言った通りだったろ!」
オークがその言葉を言い終えると同時に、マットのムチが首に絡まって、血がほとばしった。
その姿を見て、50匹ものオークが声をあげ、ドドドと襲ってきたのだ。
我らのパーティは5人とも地下1階へと上がり、昇降機の前で隊列を整えた。
マット、ロイ、ジェイコブの3人が前列に立ち、オークの大群と向かい合う。
後列に、オークの死体から奪った剣を構えるシカルと、クナイ2本を握りしめたユキが、階段の下から襲って来るかもしれない河童を警戒する。
ジェイコブが十字剣を鞘から出し、オークに向かって走る。
先にオークらを殺してしまえば、挟み撃ちは免れるのだ。
マットとロイもジェイコブに続いた。
十字剣はジェイコブの手になじんだ。
切れ味が良いので、力を入れず振るだけで、ツツツと刃が通るのだ。
ジェイコブは、オークの兜や鎧のないところを狙い、斬るというより、次々に突いていく。
顔、足、手―。
突かれたオークの肉体に、抵抗もなくツーっと剣が入り、骨をも斬る。
十字剣に刺されたにもかかわらず、痛さすら感じないオークが反撃しようとすると、素早いジェイコブはもうそこにはいないのだ。
そして、攻撃の相手を探しているうちに、血がどんどんと流れ出て、クラクラと倒れるのだった。
オークの大群の殆どは、この十字剣によって倒されたのである。
河童はオークの血にまみれながら、こう思ったのだ。
ああ、あの十字剣はやっと主人を見つけたのだと。
しかし、物語はまだそこまで進んではいない。
河童が出てきたところから話をしよう。
ジェイコブが最初のオークの肉体に十字剣を刺した時、ユキとシカルは、河童が風のような速さで階段を上がって来るのを目にした。
「来たわ!」
ユキはクナイ2本、シカルは死体のオークから拾った剣を構える。
ジェイコブ、ロイ、マットの3人はオークの大群に取り囲まれている。
河童は階段を上りきって、武器も持たずに2人に襲いかかった。
ユキがシカルの前に出る。
すると河童が横に飛んで壁を蹴り、素早く二人を追い抜いた。
十字剣が目的だ。
行かせてなるものかと、ユキは河童を追う。
河童は後ろも振り返らず走ったが、これは足の速さに自信を持ちすぎた為に生じた自惚れであった。
ユキがすぐ後ろまで迫っていたのだ。
そのことに全く気づかない河童は、両足首の健の部分をユキのクナイによって切断された。
足を失ったも同然の河童は、地面を勢いよく転がった。
だが、転がった先が河童に味方した。
オークたちの足元だったのだ。
「河童さま!」
「た、た、たしゅけてくれ!」河童は、指のなくなっている右手を伸ばした。
3匹のオークがユキに襲いかかった。
そして、他の2匹がシカルのところへと走った。
本来ならばクナイを投げていたのだが、たった2本しかないクナイなので、慎重になってしまう。
接近して、短い刃で斬りつける。
オークの長剣に対して分が悪いが、そこは敏捷さでかわす。
しかしユキには、ジェイコブほど飛び抜けて天才的な戦闘センスが備わっているわけではない。
3本の長剣のうち1本が、ユキの頬に傷を付けた。
オークたちはもっと傷を受けていたが、致命傷にはなっていない。
ユキの素早い動きにオークもいらだち、戦い方も大胆になり、剣を大振りしたときユキのクナイが目に命中した。
深く刺さったので、脳まで達したであろう。
2本の長剣をかいくぐって、仰向きに倒れたオークの目から、クナイを抜いて体勢を整える。
これで随分と楽になった。
逆にオーク2匹はあせりはじめている。あとは時間の問題であった。
投げられたクナイは、2匹のオークの首に1本ずつ刺さった。
オークは呼吸が出来ず死んでいくだろう。
ユキは2本のクナイを抜き、河童を探した。
しかし、見当たらなかった。
「しまった。シカルが!」
杖という心強い武器にもう頼ることが出来ないシカルは、今どうなっているだろうか?
シカルは何もせずオークを待ち受けていたのではなかった。
ただ、やっていることはおかしかった。
昇降機の前で倒れたオークの血で、魔法陣を描いていたのだ。
それは、地下7階でサキュバスが描いたものと似ても似つかぬ、明らかに落書きと言ってよいものであった。
坑道の地面の端から端に、急いで落書きの魔法陣を2つ並べて描いた。
もちろん、この魔法陣には効果がない。
しかし、オークの勇気を試すには十分であった。
2匹のオークは魔法陣の前で立ち止まり、無力のシカルを目の前にして、一歩が踏み出せない。
「おい、これは何の魔法陣だ?まさか、お前が描いたのか・・・?」
「そうだよ。僕が描いたのさ。」
シカルは心の中で怯えていたが、頭の後ろで腕を組み、余裕の表情を見せる。
「おい、これは偽物だろ?そうだろ!」オークは疑い深そうな顔をする。
「そうさ、偽物さ。だから早く入っておいでよ。」
シカルは大胆に背を向ける。
「おい聞いたか。偽物だってよ。だからお前入って見ろ。」
「バカ言うんじゃねぇ。偽物だと思うなら、お前こそ先に入れよ。」
「バカはお前だ。ほら見ろ。こうやって剣を魔法陣の上にかかげても、何もおきねえだろ。つまり、これは偽物ってことだ。」
「だったら、お前が先に入れよ。俺は遠慮しとく。どんな仕掛けがあるかわかったもんじゃねぇ。」
このようなやり取りをしている間、ユキがオークの真後ろに来たのだ。
クナイで、首裏から脳に達するまで深く刺し、そしてオークらは何が起きたのかわからぬまま死んだ。
「ありがとう、ユキ。」シカルは飛んで喜ぶ。
「河童のやつは、どうなったの?」
「わからない。足首の健だけは斬ったわ。オークに紛れているかもしれない。」そう言うと、オークの群に向かって走った。
シカルもユキを追った。
戦いの勝敗は、ほぼついていた。
オークの死体があちらこちらに転がり、その血で地面が赤く染まっていた。
生き残ったオークは、わずか10匹ほどだ。
しかし、河童の姿はない。
ジェイコブ、ロイはほぼ無傷だったが、マットは数カ所から出血していた。
ユキが加勢に入ると、残りのオークらはとうとう戦意を失って逃げ出した。
もちろん逃がさなかった。足の速さが格段に違う。
ジェイコブ、ユキがオークの背中から襲い、次々にオークは地に倒れた。
それをロイが、大剣で首を跳ねていった。
「マット、大丈夫だか?」
すべてのオークを倒し終え、ロイがマットを気遣う。
辺り一面、オークの死体だらけである。
「ああ、平気だ。」と言うものの、かなりの出血である。
「出血がひどいな。」ジェイコブも心配して声をかけた。
その時である。
何者かが、ジェイコブの手から十字剣を奪ったのだ。
それは、河童であった。
今まで、オークの死体の中に隠れていたのだった。
しかもオークの腹を裂き、内蔵を取り出して、その中に入っていたのだから残酷さにあきれてしまう。
オークの血にまみれながらも、冷静にジェイコブを観察し、その十字剣の扱いに深く感心していたのだ。
「十字剣は満足できる主を見つけたようじゃ。
しかし、それも束の間のことじゃったのう。」
左手に十字剣を持つ河童は、すぐさまジェイコブの足に斬りつける。
間一髪かわすジェイコブ。
「森に眠る2つの宝は、ミノタウロス様がずっと守ってきたのだで。
そしてミノタウロス様が死んだ今、わしがそれを守るのよ。」
河童は足の健をやられているので、膝で立っている。
ユキはクナイを2本投げた。
頭をヒョイとずらして、1本目を避ける。
2本目を十字剣で落とそうとしたが間に合わず、ユキのクナイは河童の股間に刺さった。
「ギャア!」
大したものではない河童の一物が、体から切り離されて、地面に落ちた。
「ギュワ!」股間からクナイを引き抜いて、その痛さで顔をゆがめる。
「お、おにょれ!よ、よ、よくもやったな!」
思わずクナイをユキに投げ返すが、軽く避けられる。
しまったという表情をする河童。
ユキはそのクナイを拾って、また河童に投げた。
十字剣ではじこうとするが間に合わず、またしても股間に深く刺さった。
「ギュエエ!」河童の股間から血がタラタラと流れ落ちる。
今度は、クナイを抜こうとはしなかった。
「お、お、おぼえておれよ。」
そう言い残すと、河童は膝をついたまま走ったのだ。
ポタポタと股間から血を垂らしながらも、かなりの速さで地下2階へと続く昇降機の方へ逃げて行く。
ユキは壁に当たったクナイを拾う。
河童が、地下7階の治癒の魔法陣に入らぬとも限らない。
ここは、確実に殺しておいた方が良い。
その時だ。
横穴から巨大な物体が現れて、河童を飲み込んだのだ。
―それは、巨大ガエルであった。
地下5階の城の頂上で見たあの巨大ガエルが、ここまで上ってきたのだ。
我らのパーティは、その巨大ガエルにおそるおそる近づく。
腹の中で、河童が暴れている。
すると、十字剣の刃先が巨大ガエルの腹の中から表れ、カパッと腹が横に斬られた。
内蔵と一緒に、河童がドスッと地面に転がり出てきた。
そこをユキのクナイがヒュンと飛んで、河童の頭のてっぺんに突き刺さったのだ。
河童はヒクヒクと痙攣を起こした。
ロイが最後に、大剣で河童の首を跳ねた。
河童なのに、お皿じゃない。やはりただの禿ね・・・
体から斬り離された首の、頭のてっぺんに刺さったクナイを抜きながら、ユキは思ったのだった。
そして、股間に刺さったクナイを抜くときも、大きな睾丸袋が思いのほか丈夫なのを冷静に観察したのであった。
ジェイコブは十字剣を河童の手から取り戻し、腰の鞘に納めた。
「よし。地上に出よう。」
我らのパーティは横穴に注意しながら進み、いよいよ地上へとつながる昇降機まできたのであった。
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