第43話 結局最後は、自暴自棄になる
ロイ、マット、シカルがやられてしまった。
ミノタウロスは絶望的なくらい不死身だ。
どうやって殺せば良いのかわからず、呆然とするユキとジェイコブ。
万策尽きた。あとは、殺されるだけだ。
ミノタウロスの状態は、目に見えて良くなってきている。
時間が経つほど、ジェイコブたちにとっては不利になるのだ。
しかし、何をすればよいと言うのだ?
すでに急所を狙って、いくつもナイフを投げている。
心臓、頭、筋、どこに刺さっても効果がないのだ。さらに、毒も効果がない。
ジェイコブは、縛られているユキを助けにいく。
「大丈夫。」ユキは自ら縄をほどいた。
それを見て、うーん、と頷く河童。
再び戦いが始まった。
不死身のミノタウロスが、ジェイコブに拳を上げるその時に・・・ついに酔いがジェイコブの集中力を奪ってしまった。
短い間だったが、ジェイコブを助けた酒の力もここまでだ。あとは、倦怠感が指の先まで潜り込み、すべての機能が低下するだろう。
拳のスピードが遅いおかげで、ユキがジェイコブを助ける余裕があった。
ユキは、注意力緩慢になったしまったジェイコブに体当たりして、拳から守ったのだ。
そのかわり、ミノタウロスの拳はユキの首に当たった。
ユキの首の骨が砕けた。
「ハーッハッハ!この女は、自分を犠牲にしおった!
自分の命よりこの男の命の方が、大切なのか?ハーッハッハ!
最高の笑いごとだ!
この行為に、どのような意味があるか考えてみようではないか。
この男を生かすことによって、勝算があるのだろうか?
いや、そうは思えないぞ。酒で弱っているではないか。
まだ、女の方が勝算はあっただろう。では、なぜ助けたのだろうか?
謎だ。ハーッハッハ!
これが愛というやつか?そうかもしれぬ。それならば、素晴らしいぞ!
魂を燃やして愛し、自らの命をも捧げるとは!ハッハッハ!
未来をあの男に託したか。しかし、あの男に俺が倒せるかな?ハーハッハ!」
酔いに支配されてしまったジェイコブは、ユキの倒れているところを他人事のように見届けると、ミノタウロスに声をかけた。
「よう。酒をくれ。」
河童がジェイコブとミノタウロスにウイスキーを、瓶ごと渡した。
ジェイコブは言う。
「酒の競争なら、勝てる見込みはあるんだがな。」
「ハッハハハ!いいぞ。もし、わしの方が先に酔いつぶれたら、好きにするがよい。」
ジェイコブはグビグビと、ウイスキーをのどに流し込んだ。
禁断症状が落ち着いてくる。
ほっとしたような気分だ。これで少しはまともに思考が働く。
しかし、もう酒をやめることは出来ない。酔いつぶれるまで、酒から手が離せない。
人間の意志とは、本当にもろいものだ。
あっという間にジェイコブとミノタウロスは、ウイスキーを飲み干してしまった。
ジェイコブは、時間の感覚が麻痺してきた。
河童がそそくさと、追加のウイスキーを渡す。
体の大きさからいって、ミノタウロスの方に勝算があるだろう。
実際、全く酔っているという感じではない。
グビグビとジェイコブは飲む。もう、止めようにも止まらない飲み方だ。
酒にとりつかれてしまっている。ジェイコブの目がうつろになっている。
仲間が瀕死の状態で倒れていることも、この仕事の目的のことも、ここまでしてきた苦労も、将来も過去のことも、どうでもよくなった目だ。なるようになるまでさ。
そんなジェイコブとは対照的に、ミノタウロスは、実に愉快に酒を飲んでいる。
酒の肴は、ジェイコブの酔いつぶれる様である。
「ハッハー。こやつめ、酒の病にかかっておったわ。これは一杯食わされた!ハッハハ!」
河童は次の酒瓶を持ってくる。
「さてさて。お二人とも次の瓶に突入してくだされよ。」
ジェイコブは、残りの酒をグビっとやる。
「ありがとよ。これは礼だ。」そういうと、懐の中から、10枚ほど金貨を取りだした。
「おお、これはゴルラン金貨ではありませぬか。」河童は驚く。
「さすがに、もう金には要がないからな。あと、これもいらん。」
ジェイコブはナイフも取り出して、地面にばらまいた。
「長年の相棒だが、これも必要がなさそうだ。」
ミノタウロスは、愉快でたまらない。
「ハッハッハ!死にゆく者よ。孤独と向き合うがよい。
孤独こそがこの世の真実であり、救いがあるとすれば、それもまた孤独から生まれる。」
ミノタウロスは、新たなウイスキーを一気に飲み干した。
それに負けじとジェイコブも勢いよく飲み、あれよあれよと言う間に瓶は空になる。
気の抜けたように、ぼーっ宙を眺めるジェイコブ。
おもむろに立ち上がる。
フラフラして、真っ直ぐに立つことすら出来ない状態だ。
「最後に戦って死のう。何度もわがままいってすまないな。」
ミノタウロスは受けて立つ。
「ハッハッハ!よかろう。丸腰の腑抜けなりに、根性を見せてみろ。」
ジェイコブがフラフラと、ミノタウロスに殴りかかった。
ミノタウロスはウイスキーの瓶を片手に、悠々とかわす。
そして、ジェイコブの頬をめがけて、拳を思い切り降りおろした。
万事休す。頬の骨が粉々に砕け、歯が飛んだ。
ジェイコブは、頭がもげそうなほどの力で吹き飛ばされてしまった。
飛ばされた先には、シカルが横たわっていた。
朦朧とした意識の中、ジェイコブの目にシカルの腰かけ鞄が映った。
中には小さな袋に小分けされた火薬がある。
気づかれないよう、その小袋をまとめて血まみれの口に含み、よろよろと立ち上がった。
「ハーッハッハ!まだ意識があるのか。酒が脳神経を鈍らせてくれたようだな。」
ジェイコブは、ウイスキーを飲んでいるミノタウロスに近づく。
河童は新たな酒瓶をミノタウロスに渡しに行った。
そのときである。
ジェイコブとサキュバスの目が合った。見逃してくれた時と、同じ目だ。
もしこのとき二人の目が合わなかったならば、我らのパーティはここで全滅していたことは、間違いないだろう。
このサキュバスは、男どもに淫らな夢を見させるだけの売春婦なので、戦いは出来ないが、そんな無力な女が時には重要なことを知っていたりするものである。
ミノタウロスは自分の弱点を、このサキュバスに言わずにおられなかったのだ。
ミノタウロスは隠し事が嫌いであった。特に女に対してはそうだった。
どんな傷を負っても回復するが、千年以上に渡ってミノタウロスが保管している太古の十字剣で斬られると、その傷口から腐って行くのだという。
そして、その十字剣をサキュバスに預け、寝ている間に殺したければ殺せと言ったのだった。
実は着物サキュバスは、最初にジェイコブと目が合った瞬間にすでに心を奪われていたのだ。
遠く離れた所から見たジェイコブの目に垣間見られる苦悩は、サキュバスの恋心をくすぐり、それは大きく育った。
堕落と孤独を抱えたその男のことが、ずっと頭から離れなかったのである。
本来であるならばサキュバスとは、相手を魅了する女である。
しかし男を魅了する以前に、男に恋するのを止めない生き物でもある。
それゆえに、いつまでも魔法で自分を美しく保ち続けているのだ。
特に戦闘能力のないこのサキュバスは、恋するためだけに生きているといってもよい。
ジェイコブを再び見た時には、やはり彼を愛しているのだと感じた。
ミノタウロスと痴態をさらしている時にも、心の中ではジェイコブを思っていた。
今まさに、死にゆくジェイコブの姿に愛おしさを感じていた。
そしてついに、次のような形で愛の告白がなされたのだ。
なんと、サキュバスは枕元の十字剣をとると、それをジェイコブに投げ与えたのだ。
ジェイコブとしては意味がわからなかったが、とにかくそれを受け取った。
ミノタウロスと河童が、驚いたような目でその光景を見た。
サキュバスは覚悟してやったことなのに、明らかに恐れおののいているではないか。
それを見てジェイコブは、十字剣がミノタウロスの弱点かもしれぬと、初めて理解した。
河童が目にも止まらぬ速さで、瀕死のジェイコブの元にかけよる。
ジェイコブは鞘から剣を出すと、勘で河童に向けて刃を降る。まだなんとかいける。
河童はうまくよけた。
「ハッハッハ!河童どん。手を出すな。これも運命じゃ。
女よ、恨んではおらんから、怖がるでない。
さあ、死に損ないの戦士よ。かかってこい。」
ゆっくりと距離を詰めるジェイコブ。
自信たっぷりのミノタウロス。
間にはテーブルがある。
その上には、皿にのった食事と、酒と・・・ローソクの火がある。
ジェイコブは口の中の火薬袋を、折れてない方の歯で噛む。
袋が破れ、火薬が口の中にひろがった。
視界を遮るために、まず剣の鞘をミノタウロスの顔に投げると、次に口から火薬を取って、ローソクの火目掛けて投げつけた。
投げられた剣の鞘を避けた途端、ミノタウロスは、目の前で火薬の大爆発を見た。
その威力たるや、ジェイコブさえ予想していない爆発であった。
ジェイコブ自身も、その爆風によって壁に叩きつけられたのだ。
体重の軽い小柄な河童も、サキュバスも、床に伏していたロイ、ユキ、マット、シカルも、この部屋にいるすべての者が、爆風で吹き飛ばされた。
中でも、爆発を目の前で見てしまったミノタウロスは、最も悲惨であった。
あの巨体が持ち上がり、ヒュン!と天井まで飛んでいったのだ。
右腕は爆風に持って行かれて、どこへ飛んで行ってしまったのかもわからない。
ジェイコブは、気を失っていなかった。
酔いが神経を鈍らせたおかげで、意識はなんとか保っていた。
ゆっくりと立ち上がる。骨が至る所で折れているのを感じる。
ランプの明かりがすべて消え、中央広間のかすかな光で照らされた部屋は様変わりしている。
十字剣を渡してくれたサキュバスも、頭から血を流している。
河童は見当たらなかった。
しかし、目的はミノタウロスだ。足を引きずって、ミノタウロスに近づく。
片手しかなく、ひっくり返っている。
首の骨が折れているに違いない。あらぬ方向に首が曲がっていた。
ところが、その首がゴキゴキと動いたのだ。
生きている。
ミノタウロスは、なんとか立ち上がる。
両目もやられているようだが、ジェイコブの気配がわかる。
「魂を燃やし尽くすまで、戦うぞ・・・」
時間が経てば、また再生してしまう。ジェイコブは、迷わずそのまま進む。
何も迷わず・・・。
ミノタウロスの左拳が、ジェイコブに襲いかかる。
相変わらず遅いスピードだが、その拳を避ける体力がジェイコブにはもうなかった。
顔のもう半分の骨が砕けた。
しかしその代わりに、ミノタウロスの腕を斬ることに成功したのである。
それは、水を切るような感触であった。
ミノタウロスの肘から、手がスッパリと落ちたのだ。
「ウガアアアアア!」
死者も起き上がるかのような悲鳴を上げる。
さらにジェイコブはミノタウロスの脚を斬った。
一降りで、両足を太股から斬り落とした。
「グギャァア!・・・最後まで・・・最後まで戦うぞ!」
ジェイコブは、ミノタウロスの首に斬りつけた。
スパッとミノタウロスの首に剣が入り、牛の首が地面に転げ落ちた。
十字剣で斬った傷口から徐々に、ミノタウロスの体は黒くなり、次第に灰になっていった。
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