第42話 死闘
「すべての力と知恵を振り絞って、さあ戦おう!」
最初に攻撃したのはミノタウロスであった。
たとえ死に至ろうとも、闘いを心から愛するこの牛男は、己の拳でジェイコブに殴りかかった。
動きは遅いが、力のこもった重い一撃だ。
空になったウイスキーの瓶を放り投げ、難なくジェイコブはその拳をかわし、逃げ際にナイフを首に投げつけた。
ナイフはミノタウロスの首裏に深く刺さった。
オークであったならば即死であろう。
ところがミノタウロスは、痛がるそぶりどころか、かゆがるそぶりすら見せなかった。
ユキはスピードのない拳を軽く避けるが、ミノタウロスの腕が、なんと倍の長さに伸びてユキの胸を鷲掴みする。
ミノタウロスに胸を触られ、反射的に大きく後ろに飛ぶ。
「ハッハッハッハ!
コリコリと堅いぞ。東洋の女の胸は、小さいが張りがある。
胸にまで筋肉があるようだ。これは揉みがいがあるのう。ハハッハ!」
どうやら、始めからユキの胸が目当てだったようだ。
それよりも、腕が異常に伸びたことに驚かざるを得ない。
さらに、ナイフが首裏に刺さったまま血が流れているのに、全く気にしていないのも信じられない光景である。
「ケッケッケ」
そんなミノタウロスの動き見て、河童が愉快そうに笑う。
裸のサキュバスの腰に手を回し、二人でベッドに腰掛けている。
完全に傍観者として、この戦いを見ているではないか。
これまで、生きるか死ぬかの戦いをして来た我らのパーティにとって、目障りな見物客である。
ミノタウロスの力はヒシヒシと感じてはいるが、スピードが全くないので、我らのパーティは正直戸惑っているというところだ。
「どうした小僧ども。狂気が足りんぞ。ハーハッハハ!
誰かが死なないと、魂に火が着かないのかのう。」
ミノタウロスは、ロイに突進した。
伸びる手を警戒し、ロイは早めにヒョイと横に飛び、大剣を身構える。
ユキが離れた距離から、手裏剣を投げた。
2本投げたが、それは両の太股に命中。
猛毒がミノタウロスの体内に侵入したはずである。
しかし先ほどと同じように、それにも全く気にせず、ミノタウロスの右手がロイの首元を締めようとグンと伸びてくる。
大剣を振り、見事にミノタウロスの手首に当てるが、腕を斬り落とすどころか、傷一つ負わせることが出来なかった。
そうは言っても、ガツンと手応えを感じたロイ。
骨を折ったか?
ところがミノタウロスの右手は折れておらず、そのままロイの足首を掴むと、勢いよく持ち上げた。
当然ロイはひっくり返って、激しく後頭部を打つ。
ロイの後頭部から血が流れ、握り締めていた大剣が手からこぼれる。
「なかなかの力じゃったぞ。今でも腕が痛いわ。ハーハッハ!」
ミノタウロスはロイの足首を片手で掴み、巨体を逆さに持ち上げ、グルングルンと頭上で回す。
ロイの後頭部の傷口から流れ出た血が、横殴りの雨のようにピチピチと皆の顔に当たる。
「ほれほれ。
楽しみが目の前にあるのに、傍観しているだけで満足するのは凡人だぞ。
参加するのは、勇気ある者だ。
そして楽しみを作り出すのは、俺のような天才だけだ。ハーッハハ!
ミノタウロスは、遠心力の勢いのついたままロイを岩の壁にぶつけた。
グシャリ!という表現がまさに適切だろう。
鈍い音から察するに、骨が多く折れているに違いなく、水風船が割れたように血が体中から飛び散った。
ロイの意識は完全になくなって、生きているのか死んでいるのかわからない状態だ。
「祭りの始まりだ!
踊れよ人間!狂えよ人間!
ハーッハハハ!」
「頭のいかれたキチガイ野郎め・・・」マットはミノタウロスをにらみつける。
牛の頭を持ち人間の言葉を喋る化け物に、キチガイも何もないかもしれぬが、そう思わずにはいられなかったのだ。
ミノタウロスは、そのマットに目を付けた。
「軽蔑の眼差しの裏側に、怯えた心が見えるぞ。恐怖をごまかすな、若者よ。ハーハッハ!」
次の獲物を決めたミノタウロスは、マットに襲いかかった。
マットはすぐに動いた。
長いムチをミノタウロスの足に巻き付け、素早く手前に強く引っ張る。
ある程度予想していたことだが、ビクともしない。
マットの見極めも早かった。
右手のムチを手から離すと、今度は左手に持った金属製のムチをミノタウロスの顔に振るった。
マットの狙い通り、ムチの先はミノタウロスの二つの目に命中した。
このしなやかに伸びる金属のムチには小さな刃が無数にあり、普通の人間であれば、触るだけで傷を負ってしまう代物である。
ミノタウロスの両目から、血が流れ出る。
しかし、それにもおかまいなしである。血を流れるにまかせ、目をつむることもしない。
そもそも、ユキの猛毒が体中に回っているはずなのに、ピンピンしているのがおかしいではないか。
ユキは猛毒の塗ってある手裏剣を、スキあれば投げ続けていたのだ。
むしろスキだらけであったので、ミノタウロスにはすでに10本以上もの手裏剣が刺さっていた。
猛毒が塗ってある手裏剣はすべて投げたのであるが、それにも関わらず、毒が全く効かない。
マットのムチでも失明しない。
それどころか、見よ。ミノタウロスは、これらの傷を喜んでいるように見えるではないか!
血にまみれたミノタウロスは、ハーッハーハハ!と笑いながら、マットに突進した。
ミノタウロスは、マットの赤毛を鷲掴みし、頭の皮ごと引きちぎった。
悲鳴を上げるマット。
ミノタウロスは容赦ない。続けざまに、口から液体を吹いたのだ。
その液体は、マットの顔をドロドロに溶かした。強酸のようだ。
かわいそうに、マットは完全に気を失い、もうすぐ息を止めるだろう。
甘い表情で多くの女性を魅了してきたマットの顔が、原型がわからないほど溶けてしまったのだ。
シカルが危険を顧みずマットにかけより、テーブルにあった水を顔に浴びせた。
顔からジューっと蒸気があがる。
なんとも、むごい光景である。
ミノタウロスは、シカルに猶予を与える。
「ハッハ!仲間を思う気持ちも素晴らしい!
しかし死を延ばすことは、どうかな?それが彼のためになるか?
死ぬときには、何もせず死なせてやれ。
そいつは負けたのだから、死ぬのが当然じゃ。
のう。ハーハハハッハ。」
「さて、介抱もそこまでじゃ。
人生はひとつの所に留まってばかりでは、生きているとは言えないぞ。
どんなに短い時間しか残されていなくても、先に進むことに意義がある。
次は小さいの。お前じゃ。さあ、かかって来い!」
その言葉を合図に、すぐにシカルは行動した。
パン!
と、ミノタウロスの額に鉄砲の弾をぶち込んだのだ。
これにはさすがのミノタウロスも、頭をのけぞらせて膝を着いた。
そこへ、ジェイコブのナイフが飛ぶ。
今度は無視しなかった。ナイフを自分の腕で受け止めた。
シカルは、すかさず火を放った。
追って油をありったけかけ、すさまじい勢いで炎がのぼる。
横で見ていた河童も、うろたえた表情を見せている。
完全に焼き尽くすように思えたが、シカルもそこで油断せず、予備の油も鞄から出して補充し、全ての油を使い果たすまで火の中のミノタウロスに浴びせた。
激しく炎が上がる中、なんと、ミノタウロスは黒こげになりながらも、歩いてシカルに近づいてきたのである!
「うおおおおおおおお!」ミノタウロスは叫ぶ!
油を使いきったシカルは、恐怖にとらわれて走って逃げる。
黒こげになったミノタウロスはフラフラしながら、シカルを追うが追いつけない。
バシャー!
ミノタウロスの体に水がかかって、ジューッと蒸気の音が響く。
河童が、水をかけたのである。
それにしても素早い河童の動きだ。
ジェイコブは河童が動いたことに気付いてナイフを投げたのだが、これが当たらないのだ!
ジェイコブの投げたナイフが当たらないことなど、滅多にない。それほど河童が素早いのだ。
大きな水桶とミノタウロスの間を往復し、目にも止まらぬ速さで、次々に水をかける。
ユキは水桶を壊そうとし、紐のついたクナイを投げるが、河童はその紐を掴み風のように駆けると、逆にユキを縛ったのだ。
目で追うと、すぐに視界から消えてしまうほどの速さである。
ジューッ!
ミノタウロスのまとっていた火は、すべて消えた。
しかしまだ全身が真っ黒に焦げて、蒸気が出ている。
さらに水を持ってこようとする河童に、ミノタウロスが声をかける。
「か、河童どん。もう良いぞ。
ちっこいの。もう、火はないのか・・・それでは、行くぞ。」
真っ黒焦げのミノタウロスが、ノシノシとシカルに歩み寄る。
その殺気にシカルは腰が抜けて、立てない。
ミノタウロスが歩くと、黒く焦げた皮膚がポロポロと落ち、その下に新しい皮膚が現れた。
再生しているのだ。
火傷を負った部分が死に、恐ろしい速さで新たな細胞が次々と誕生しているのだ。
ゆっくりと、シカルに焼けただれた手を伸ばす。
その熱さが、シカルにまで伝わってくる。
ミノタウロスの指がシカルの服にかかり、そのまま手繰り寄せた。
抵抗するシカルと、ミノタウロスの熱い指の間で服が焦げ付き、ついに裂けた。
シカルの小ぶりな胸が露わになったのだ。
恐怖で、胸を隠すどころではない。
「ほう。」
黒く焦げた顔で、にやつくミノタウロス。
ミノタウロスは怯えるシカルの頭を掴み、軽々と地面に叩きつけた。
にぶい音がし、シカルはそのまま動かなくなった。
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