第37話 美しきサキュバスは、男を誘惑する
我らのパーティが小声で会話をしている間、美女の方にも新たな展開があった。
「坊やたちがコソコソと会話している間に、こちらも準備が整ったわ。」
見ると、金髪美女の後ろの廊下から、妖艶な女3人が姿を現した。
「無理に戦うのが嫌ならば、愛し合うことにしましょうか?
階段も崩壊したので、逃げることも出来ないでしょう。
お仲間のように、首だけになるのも嫌でしょう。
私たちの中から好きな娘を選んで、本能に従ってみてはどうかしら?」
新たに姿を見せた女を見てみよう。
豊満な胸を持った赤毛の女、愛くるしい顔をした幼い感じの女、強気な表情の長い黒髪の美女の3人だ。
紳士の諸君。抜群の美女の中から、好きなのを選んでいいと言われたことはあるだろうか?
そのようなことを言われれば、性欲と理性の戦いが己の頭の中で始まってしまう。
我らのパーティの男たちも、決して例外ではない。
彼らは、果たしてどのような女が好みであろうか?
ジェイコブは、螺旋階段を崩壊させたブロンド美女が、好みと言えば好みであった。
しかし、化け物のたぐいだとわかっていので、惚れるということはなかった。
ロイはといえば、長い黒髪の美女を気に入ってしまった。
他の美女は、媚びを売るような笑顔が見られるが、黒髪の美女はどこか素朴さがあり、それでいて意志の固さが伺える表情であった。
ロイは思った。
「おそらく彼女は、騙されてあの場所にいるだ。
人間ではないかもしれんが・・・人間の心を持っている目をしとるだ。」
つまり、こんな状況にもかかわらず、ロイは黒髪の美女に一目惚れしてしまったのだ。
「わかったぞ。彼女らはサキュバスだ。」シカルが言った。
「サキュバス?聞いたことがない名前だわ。」
ユキの疑問にシカルが答える。
「男を魅了する女の化け物だよ。
魅惑されると、男は自分の命でさえもサキュバスに捧げるんだ。」
「心配ね。あまり長い戦いにしない方が良さそうだわ。」
ユキはシカルと会話をしながらも、抜群の視力で、すでに中央昇降機を挟んで反対側にある、ひとつの魔法陣に目をつけていた。
幼い感じの小柄な女、というよりも少女がニコやかな顔で口を開いた。
「今では首だけになったマットさんがいろいろ教えてくれたわよ。わたしのためならと、何でも話してくれた。」
少女は、指でマットの首を指差す。
「あなたたちの名前も、目的も。
ちっこい人がシカルさんね。
マットさんが、弟みたいな存在だとおっしゃってたわよ。
その杖から火を吐いて、クモ女を焼き殺したんだってね。こわい、こわい。
そして、お隣の東洋の女性がユキさんね。ニンジャだってね。
そのニンジャって何かしら?よくわからないのよね。マットさんも知らなかったし。
後ろにいる大きな人がロイさん。見ての通りの力持ち。
最後に隊長のジェイコブさん。凄腕だってね。
さて、私たちの中で誰を抱きたいの?」
ジェイコブの返答を待つより先に、ユキは地面に向けて、何かを素早く投げつけた。
それはボンッ!と音を出し、煙を上げる。
「煙だけよ。」ユキはシカルに言う。
モクモクと辺り一面に煙が立ちこめる。
煙には氷壁の魔法陣も反応せず、サキュバスの視界から我らのパーティは消えた。
サキュバスらはあせりの表情を見せる。
少しだけ煙が薄れ、シカルが横を見ると、ユキの姿はすでになかった。
さらに後ろを振り返ると、どうやらジェイコブも消えていた。
ロイの影は大剣を構えている。
その後ろを見て、シカルは一瞬、自分の目を疑った。
煙の中ぼんやりとではあるが、崩れたはずの階段があるように見えたのだ。
「煙とは考えたものね。これがニンジャとやらの武器かしら?」
まだ煙が立ちこめる中、金髪美女の声がする。
「螺旋階段を崩壊させた力を見なかったのかしら?
こんな煙ごっこでは、私たちは倒せなくてよ。」
徐々に煙が晴れていく。
シカルはもう一度後ろを振り返ると、やはり螺旋階段は崩れ去っていた。
煙による目の錯覚だったと、シカルは片づける。
「坊やも、お仲間のように首だけになりたくないのだったら、大人しく私の奴隷になりなさい・・・
あら。ニンジャとかいう女はどこへ行ったの?
それとジェイコブという男もいないじゃない!」
煙が立ち込めている間に、ユキは見せかけの魔法陣から抜け出していたのだ。
その魔法陣は他のと比べて、わずかに未完成であった。
それもそのはず、2人のサキュバスが、最後に見せ掛けの魔法陣を作っている途中、我らのパーティが階段を上って来たので、見張りの黒髪サキュバスが合図をし、完成間近であったが引き上げたのだ。
これがもし完成していたのならば、見せかけを探すのにもっと時間がかかったに違いない。
ユキはその魔法陣を躊躇せずに足で踏み、そのまま外側の氷壁の魔法陣をも突き抜けた。
この氷壁の魔法陣は、飛び道具にだけ反応するのであって、人間には反応しないのであった。
そして、そのまま廊下へ入って行ったのだ。
前にも説明したように、この円形のフロアは二つの円の廊下に十字状に伸びた廊下が交わっている。
廊下の入口には男が通れない魔法陣があるが、ユキは女なので問題ない。
廊下に進入したユキは、交差をサキュバスの方へ旋回し、彼女らの背後の廊下から出てくる魂胆だ。
ここは、ユキの足の速さの見せ所である。
ユキの企みに気づき、サキュバスたちは一斉に後ろの廊下を振り返った。
しかしユキの足が勝った。その速さは、サキュバスの予想をはるかに超えるものであった。
ニンジャについての知識が少しでもあったならば、何か対処出来たのかもしれぬが、もう手遅れである。
廊下の奥からヒュンヒュンと手裏剣が飛ぶ。
廊下の魔法陣は、女の手から放たれた武器には反応せず、ひとつは振り向いたばかりの黒髪サキュバスの額にブサリ!
頭蓋骨に突き刺さる!
前頭葉が損傷し、血を流しながら痴呆老人のような表情になる。
ひとつは、赤毛サキュバスのコメカミにブサリ!
これで片目を失った。
視力のことではなく、片目そのものがグチャグチャに潰れたのだ。
ひとつは少女風サキュバスの首にブサリ!
血がほとばしり、サキュバスは呼吸が出来ず空を掻き、喉から奇妙な音を出して苦しむ!
ひとつは金髪サキュバスの前にある、氷壁に阻まれる!
カキン!
金髪サキュバスは、よろよろと尻餅を着く。
さらに他の3人のやられ様を見て、顔をひきつらせている。
「な、な、な・・・なんてことを・・・!」
ユキはすでに次の手裏剣を投げている。
しかし、すべて氷の壁に跳ね返される。
金髪サキュバスは少し冷静になる。
少なくても、飛び道具からは守られているのだ。
尻餅をついたまま安全地帯に収まっている金髪サキュバスは、3人の美女をもう一度確認した。
さきほどまでかろうじて息のまだあった黒髪と赤毛だが、さらに手裏剣で追撃され、見るも無惨な姿で地に伏せている。
「許すまじ・・・許すまじ・・・クソがっ・・・許すまじ・・・」
金髪サキュバスはうつむき、怒りを静めようと必死になっている。
シカルはまだ中央の魔法陣から抜け出せないまま、廊下にいるユキを見た。
ユキはどこかにスキがないかとサキュバスを凝視している。
ロイはなぜかうろたえていた。
黒髪サキュバスに魅了されていたため、彼女の死が受け入れられないのだ。
ジェイコブは相変わらず姿が見えない。
ロイを心配して後ろを振り向き、目に映ったものに、シカルはハッと驚いた。
またしても螺旋階段が、そのままの形であったのだ。
崩落していない!今度こそ確かだ。
それを皆に知らせようとした時に、金髪サキュバスが慌てた様子で声を出す。
「崩落したあの螺旋階段のように。
首だけになったあの男のように。
お前たちを叩きのめしてやる!」
シカルは何か違和感を感じた。
もう一度螺旋階段を見る。またしても崩壊しているではないか!
シカルは考える。明らかに違和感がある。
「崩壊した螺旋階段・・・そうだ。壊れた螺旋階段でもいい。
あまりにも、同じことを言い過ぎるじゃないか。
必要以上に口に出している!」
シカルはサキュバス魔法の攻略法を考え付いたが、その時にはすでに金髪サキュバスがさらなる攻撃をしかけていた。
「水よ!地下の奥深くに眠る全ての水よ!大いなる力で岩を砕き、この城まで押し寄せてこい!」
その言葉が終わるとともに、ゴゴゴゴと大きな音が響き、あっという間に大量の水がうねりながら押し寄せてきた。
「これは幻想なんだ!騙されちゃダメだ!」
そう言うシカルだが、自身も水をかき分け、溺れまいと必死だ。
ロイはすでにおぼれかけているではないか。
ロイは大剣を捨て、背中に担いだ宝箱と共に、地面に転げ回って苦しむ。
ユキは姿勢を何とか保ち、息をとめてまわりを観察している。
地階から襲ってくる大量の水は、地下7階を完全に飲み込んだ。
「大いなる水よ聞け。こやつらどもが溺れ死ぬまで、水で満たされよ!」
本当に水の中ならば、聞こえぬはずの声が皆の耳に聞こえる。
こんな中、ユキがあるものに目を付けた。
それは、ほんの小さな盛り土であった。
魔法陣に囲まれた金髪サキュバスの近くにある。
ユキはそれを3カ所見つけた。
水流が押し寄せる中、息を止めたまま冷静に、そんなところを見ていたのだ。
ユキは周りも観察していた。
壊れたはずの螺旋階段が元の形で残っていた。
オークの首の山、マットの首があったところを見る。
オークの首の山に体が埋もれているものの、マットの首は体とつながっているようだ。
息をしている。生きている。
天井を見た。
そこにはジェイコブがいた。
息を止めている感じではない。ジェイコブは魔法の秘密を掴んだのか?
「大いなる水よ!やつらが溺れ死ぬまでここにとどまっておくれ!」
この言葉でユキはシカルと同じく、ついにサキュバス魔法の仕組みを理解した。
定期的に相手の耳に、鍵となる言葉を聞かせなければならないのだ。
それを怠ると、魔法が切れてしまうのだ。
つまり、その言葉が聞こえないよう、耳に栓をすれば良いのだ。
ユキは早速、サキュバスに悟られないよう、解毒剤の小さな丸薬を取り出すと、それを両耳に詰めた。
シカルを見ると、もがき苦しんでいるように見えるが、しっかりと指で耳を塞いでいる。
あとは、呼吸との勝負である。
動くな。慌てるな。苦しむな。
ロイは気を失い、泡を吹いている。
ユキは焦る。ジェイコブを見る。
ジェイコブは天井をつたって、うまくサキュバスの近くまでせまっている。
天井からならば、金髪サキュバスを囲む魔法陣の中から、見せ掛けの魔法陣を発見しやすいはずだ。
サキュバスにも焦りが見える。
ジェイコブの姿が見えないことと、ユキがもがき苦しむでもなく、ずっと自分の方を見ていることが気になるのだ。
「なぜ、あの女は苦しまない?そして男はどこへ行ったの?」
サキュバスがまた鍵言葉を口にしようとしたところ、彼女の真上にいる、見せ掛けの魔法陣をかいくぐったジェイコブから、ナイフが4本発射されたのだ。
難しい姿勢だったせいか、3本は逸れて地面に当たったが、1本が金髪サキュバスの頬を貫通した!
「ギュプッ!」
そのままジェイコブもサキュバスの頭上に飛び込もうとしたが、つま先が魔法陣の一つの領域にかすってしまう。
とたんにその魔法陣から奇怪な腕がニュルリと伸びて、ジェイコブの足首を強く引っ張る。
するとジェイコブの体が他の魔法陣の領域に入り、次々と奇怪な腕が伸びて、両手両足と首を掴んだまま、地面にドカンと叩きつける。
首を絞められ、ジェイコブは呼吸が出来ない。さらに四肢も強い力で掴まれて身動きが取れない。
一方、サキュバスは重傷を負った。
口を開けた瞬間、左頬からジェイコブのナイフが入り、舌を斬って、右頬へと貫通したのだ。
無惨にもナイフが突き刺さったまま奇声を上げ、手で頭をかきむしって混乱している。
そして、待ちに待っていたことが、ついに起こった。
シカルへの魔力が解けたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます