第36話 地下7階 魔法使いの金髪美女

黒騎士との戦いを終えた我らのパーティは、樹の妖精がくれた野葡萄で精神的な回復を得た。


いつまでも休んではいられない。特に時間の経過と共に酒への渇きを覚えたジェイコブにとっては、早く仕事を終わらせたいというあせりが強くなっている。


「出発しよう。」


ジェイコブの一声で、我らのパーティは食堂大広間の座席から立ち上り、地下8階に別れを告げたのである。






地下7階は、廊下に魔法陣が描かれていたところである。


マットが魔法陣の犠牲になったことも、当然誰一人忘れてはいない。


ユキとシカルが前列に立ち、2列目に守られるような形でジェイコブ、最後尾にロイがいる。


「誰か見てるわね。」


ユキが上を向くと、地下7階からサッと影が消えた。


さらにユキはこのとき、微かに何か異臭がすると感じたが、それが何の匂いかはわからなかった。


我らのパーティは警戒しながら、ついに地下7階に再び戻って来た。




――地下7階――




まず目に入ったのは魔法陣だ。


始めに来たときにはなかったが、中央昇降機付近を囲むように魔法陣が連なって描かれている。


それは、小さな魔法陣の連続であるが、隙間なく二重の円を形作っている。


まさに我らのパーティは、大量の魔法陣に完全に囲まれているのである。


そして、その二重の円の外に一人の女が立っていた。




敵の手の内で戦う余裕はない。


我らのパーティは、女を警戒しつつそのまま地下6階へと階段を上って行こうとした。


「あら。寄って行かないの?」


身体に密着した黒く短いドレスをまとい、白い腕と白い脚を輝かせ、長いブロンドの髪を持った美女の姿が声を発した。


人間の女のように見えるが、こんなところに普通の人間がいるはずはない。


見とれてしまうほど美しいが、化け物の一種と考えてよいだろう。


しかし、なんというプロポーションだ。


完璧という言葉にふさわしい、アクセントのある見事な体つき、それでいて肌の柔らかさを感じさせる肉付きである。


我らのパーティは何も答えず、武器を身構えた。


「腕に自信があるようね。かかってらっしゃいな。坊やたち。」


ユキは小声で仲間に言う。


「ここは争わない方がいいわ。上に進みましょう。」


ジェイコブもそれに賛成した。無駄な戦いは避けたいところである。


しかし、妖艶な美女はそれを許さなかった。


「木々から作られた階段よ、我の言葉を聞け!


繋がれたところを全てほどき、今すぐ崩れるのです!」


すると、どうしたことか!


なんと、パーティが立っていた階段が震えだしたではないか。


危険を察知し、皆がフロアへと素早く移る。


まもなく上の地下6階から、組み立てられていた螺旋階段の木々がバラバラになり、雨のように落ちてきた。


パーティが居た木の床の場所も崩れてしまい、下を見下ろすと地下10階には、バラバラになった木材が山のように積み重ねられていた。


昇降機だけが、寂しく中央に立ち聳え、その周りを覆っていた螺旋階段がきれいさっぱり崩れ去ってしまったのだ。


もし素早く移動しなかったならば、木材の山に潰されていたであろう。




「とんでもない魔法使いだ。」


シカルは目にしたことが、未だに信じられない。


「さあ。これで、わたしと戦うしかなくなったようね。


その前に余興として、面白いものを見せて上げましょう。


御覧なさい。お仲間の首があそこに転がってますわよ。」


女の指さす方向を見ると、パーティの面々の顔は青ざめた。


そこにあったのは・・・オークの首の山の上に積まれた、マットの首であった。






「マット・・・!」


恐れていた最悪の結果に、パーティの面々も顔をこわばらせる。


「なんてことを!」


シカルの顔が怒りに燃えて、女をにらみつける。


「キャッホー!紅くなっちゃってかわいい!


坊や、お姉さんの弟にならない?そしたら許してあげるわよ。」


ブロンド美女は武器も持たず無防備である。


それは、我らのパーティが二重の魔法陣に囲まれているだけが理由ではない。


女自身の周りにも魔法陣が連なり、小規模ながらも同じように二重の円を形作っているのだ。


そして、女のすぐ隣にはもうひとつ、大きな魔法陣があったのだ。


その大きさからすると、強力な魔法陣に違いない。


シカルは杖を構え、自分たちを囲んでいる魔法陣の手前で立ち止まった。


二重の魔法陣は、内側と外側で種類が違うのを発見する。


「この大きさから見て、どちらも危険性の低い魔法陣だろう・・・」


シカルは、黒騎士との戦いで見せた「鉄砲」を構えた。


「あら、かわいい坊や、何を見せてくれるのかしら?」


女は唇に指を当て、余裕の表情を見せる。


パン!


ブロンドの女に向けて、鉄の玉が発射された。


果たして、空中を超高速で駆け抜ける小さな凶器に、魔法陣は反応出来るのであろうか?


ピキン!


突如、シカルのすぐ目の前の魔法陣から透明な氷の壁が現れて、鉄砲の玉を跳ね返した。外側の方の魔法陣である。


不思議な武器に、金髪美女は目を見開いて驚いている。


シカルも、跳ね返った鉄の玉に少し肝を冷やす。


「外側の魔法陣は、飛び道具からの防御の魔法陣だな。


でも内側の魔法陣は反応しなかった・・・」


次にシカルは、自分のツバを内側の魔法陣に吐きかけた。


しかし、何もおこらない。


「内側の魔法陣は、飛んでくるものには反応しないんだな。」


今度は恐る恐る杖の先を近づけた。


魔法陣の領域に触れた途端、なんとも奇怪な腕が生えてきたではないか!


奇怪な腕は杖を掴むと、ものすごい力でシカルから奪おうとする。


あやうく杖を手放しそうになったところで、ユキが手裏剣を投げて奇怪な手首を斬った。


「内側は、手首が生えてくる魔法陣か。


外側の魔法陣は壁になって飛び道具から防御し、内側の魔法陣が人の侵入を防ぐために、人とその持ち物を手首で掴む。


やはり二つとも、あの女の身を守るための魔法陣だ。


おそらく、女の周り描いてあるのも、これと同じ二重の魔法陣だ。」


驚きで一瞬崩れてしまった表情を、冷静な表情に戻した美女はシカルを挑発する。


「あらあら。そんな怖いものじゃなくて、もっと違ったものを発射させてあげてもいいわよ。


階段を崩壊させた力を見たでしょ。


その力で坊やの理性を崩壊させて、快楽の渦に投げ込まれてみない?」




ブロンド美女の言葉を無視し、後ろにいたユキがシカルにささやく。


「解除する方法はあるの?」


「うん。でも、その方法を見つけるのは簡単ではないだろうね。」


「私たちがここに上るとき、誰か見てたわ。あの女とは違ったの。他にも敵がいるようだわ。


その女はどうやってこの魔法陣を抜けたのかしら?」


「・・・魔法陣を描いた本人ならば効果がないのだろうか?


いや、魔法陣は機械のようなものだから、魔法陣に描かれた謎の暗号で、命令通りにしか動かないと思うよ。」


「ならば、私たちが階段を上ってくる間に解除したのかしら?」


「どうだろう?


たとえ解除しても、その魔法陣はしばらく消えて見えなくなるはずだよ。


廊下にあった魔法陣がそうだった。


この階に上って来て、最初に魔法陣を見回したときは、すべてキレイに揃っていたから、解除はしていないんじゃないかな。」


今度はジェイコブが話しに加わった。


「じゃあ、階段の上から見ていた女はどうやって、この魔法陣に囲まれた中を抜け出したんだ?」


「もしかして、見せかけだけの、偽の魔法陣があるのかもね。


それなら、辻褄が合うよ。」


「なるほどな。じゃあ、偽の魔法陣を探そうじゃないか。」


「うん。何かちょっとした違いが見つかるはずだよ。」

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