第35話 黒騎士たちの最後

時を巻き戻そう。


ユキが黒騎士に対して最初のクナイを投げた直後、シカルも攻撃に出ていた。


杖のグリップをカチャリといじり、襲って来る黒騎士に杖の先から液体を発射した。


その液体は見事黒騎士の鎧に当たるが、何の効果も見られず、シカルに剣がかする。


黒騎士の剣は、さいわい空を斬っただけで済んだが、邪気の範囲内に入ってしまったシカルの恐怖はさらに蓄積された。




「怖くて、頭の中が滅茶苦茶になりそう・・・」




シカルは人一倍、怖がりな子であった。


外に出るときには、いつも母親の後ろに隠れていた。


それを心配した父親が、武術の師範の元に預けた。


「よいか、シカル。」


師範は言った。


「殴られると痛いだろ。


その痛いという感覚がなくなれば、人間はどうなると思う?」


シカルは答えた。


「はい。痛さなんてなくなれば、人間は幸せに生きられると思います。」 


「違うぞ、シカル。


痛いという感覚がなくなれば、人間は危険な行為をする。


痛さがわからなければ、相手が動かなくなるまでケンカも続く。


痛さがわからなければ、骨が折れるまで稽古が続く。


痛さがわからなければ、皮膚がただれるまで火の中にいる。


いいか。


痛いという感覚は、神様が人間に与えてくれたものだ。


その痛いという感覚があるからこそ、人間は自分を守ることが出来るのだ。」




シカルはうなずく。




「怖いという感情も同じだ。


高いところが怖いと感じるのは、高いところが人間にとって危険だからだ。


シカル。


お前は見知らぬ人間を怖がる。


それは、見知らぬ人間が危険な人間かもしれぬという、恐怖からだ。


その恐怖を克服しようとはするな。


なぜなら恐怖という感覚もまた、神様が私たちを守るために与えてくれたものだからだ。


だから恐怖を感じたならば、神様が守ってくれていると思え。」




シカルは今、幼き頃の師範の言葉を思い出していた。


「大丈夫だ。神様が守ってくれているんだ。」


シカルは頭の中で繰り返す。


すると、心も少し楽になった。


「今度は、僕が仲間を守ってあげなくちゃ。」






ロイはジェイコブを背中で庇い、リーダー格の黒騎士から攻撃されるスキを与えなかった。


ユキとシカルへの攻撃で、横へ流れた2人の黒騎士も、そして目の前で今にも襲いかかろうとしている黒騎士も、ロイには手に取るように動きが読めた。


正義の中心にいれば、悪の考えはいつだって筒抜けなのだ。




「ここはおらが踏ん張るとこだ。


今までは大して役に立ってなくて、足を引っ張っていただけだったが、ここで借りを返せるだ。


命に代えてでも、仲間を守るだ。」




ユキに襲いかかった黒騎士が体勢を立て直し、再びユキに向けて剣を矢のような速さで突き刺してくる!


邪気にやられているユキは、それに気付かない。


しかし、少し離れていたシカルがユキを救った。


パンッ!


と、弾けるような音が響き渡ると同時に、ユキに襲いかかっていた黒騎士が仰向けに地に倒れた。


シカルを除いて、誰も何が起きたのか理解できなかった。


杖の先から、煙が出ている。




まさにこれこそ、「銃」と呼ばれる代物である。


かつて南にあった大帝国で使用されていた、門外不出の兵器だ。


しかし、なぜそれがシカルの手元にあるのだろうか?


しかもこれは、杖に見せかけた銃なのだ!


小さな鉄の塊を火薬の爆発によって、すさまじい勢いで発射する。


その鉄の玉に当たったならば、痛いどころでは済まされないぞ。


高熱を帯びた鉄の玉は、体の中に入り込むか、或いは体を貫通するほどの威力である。


命にかかわると思え。




さて、話を戻そうではないか。


皆が凍り付いたような状況の中、最初に動いたのは、なんと銃で撃たれた黒騎士であった。


仰向けに倒れた体を、自らゆっくりと起こす。


頭部を覆う鉄の鎧が鉄の玉によってへこみ、そこからはまだ白煙が上がっている。


結局、鎧に阻まれて頭まで届かなかったのであろうか?


それとも、鉄の塊が頭の中に入っても平気なのだろうか?


その答えを、確かめる間はなかった。


「ウオオオオ!」とロイの大剣が、その黒騎士に振り降ろされたのだ。


首が見事にすっ飛んだ。


それまでジェイコブを狙うため、にらみ合っていたリーダー格の黒騎士が、そのロイの動きを見逃すことはなかった。


地を蹴って、ジェイコブに剣先を突くため突進してきた。


それを読んでいたロイは、首なしの黒騎士の遺体を、片手で軽々持ち上げて、リーダー格の黒騎士に向けて投げつけた。


トロルのオーク頭投げには及ばないが、ロイにも自信があったのだ。


首なし遺体は宙を飛び、まさにリーダー格の黒騎士にぶつかるかと思ったが、足の裏で払いのけられてしまった。


しかし、それでも時間は稼げた。


鉄砲の音で目が覚め、生きる勇気を少しだけ取り戻したユキが、すかさず紐付きのクナイをリーダー格の黒騎士の片方の足首に巻き付けることに成功した。


ユキは力を入れて紐を引っ張り、見事リーダー格の黒騎士を転倒させた。


そこへロイが勢いよく走って来て、リーダー格の黒騎士の腹に大剣を、鎧越しにブスリと突き刺す。


「グワアアアアァァ!」激しく悶え苦しむリーダー格の黒騎士。


プスプスと傷口から白煙が上がる。


見る見るうちにリーダー格の黒騎士は弱っていき、声も枯れ、最後は煙となって消えていった。




さて、もう一人の黒騎士がいることを思い出してほしい。


彼は今、シカルに睨まれて動けないでいる。


いや、動けないのは別の理由からだ。


シカルが最初にかけた液体のことを、覚えているだろうか?


今は黒騎士の鎧はその液体が固まり、間接部分が思うように動かせなくなってしまったのだ。


「いい気になるなよ、身分を知らぬ者どもめが。」


そう言葉を発するも、何も攻撃してくる気配はない。


ロイは最後の黒騎士に歩み寄った。


最後の黒騎士は攻撃する構えを見せ、ロイに剣を振るうが、あっさりと大剣に振り払われて、手から落ちる。


「さっさと殺せ。」


ロイの巨体は黒騎士を見下して、何も言わない。


しばらく沈黙が流れる。


「神様を畏れるがいいだ!」


ロイは大剣を心臓めがけて、一突きした。








座席に座って少し休んだ後、ジェイコブの顔色はいくらか良くなった。


「ありがとよ、ロイ。お前のおかげだ。


ほんと、お前は正しく生きてるな。」


ロイはジェイコブの肩を抱く。


「ジェイコブ。生きることを難しく考えすぎだと思うだよ。


生きるっていうことは、なんていうか、もっと単純で簡単なもんだと思うだ。


働いて、その金でメシ食って、寝る。それだけだ。


ジェイコブ。それだけだ。


そしてそんな生活の中に、神様が秘密のプレゼントを隠して、わしらを幸せにしてくれるだ。」


ジェイコブは笑顔を見せる。


「そうだな。その通りだ。」




ジェイコブだけでなく、ユキとシカルも邪気に触れたので意気消沈していた。特にユキはうつろな目をしている。


「どうだろか?樹の妖精さんにもらった野ぶどうを食べてみようだよ。」


ロイの提案にユキが力なくうなずくと、腰にかけていた袋から小さな野ぶどうの粒を取り出した。


ロイはそれをみんなの手の平に配る。ちょうど4粒ある。


本来、野葡萄は鳥が食べるものであり、人間の口に入れるものではない。


しかし樹の妖精は、人の口にも合う甘みの多い野葡萄が生える場所を知っており、その中でも1年に5粒もとれない、とびきりの粒を選んでユキに渡したのである。


とても小さな粒であるが、その甘美な味わいは口中に広がり、その栄養は脳に染み渡る―――




「不思議な気持ち。とても不思議な・・・」


ユキが最初に言葉を発した。


再び、過去に囚われず生きて行こうと思った。


過去を忘れる勇気を見出した。




「とても、新鮮な気持ちになったよ。」


シカルも笑顔を見せる。


不必要にこびりついていた恐怖が、体から逃げて行った。




「俺もだ。」


言葉少なげにジェイコブも、口を緩める。


ロイにとっては、みんなの笑顔が一番の栄養になった。


「ジェイコブ。わしにこれは必要ないだ。ついでに食ってくれ。」


ロイだけ野葡萄を食べていなかったのだ。もちろん、ジェイコブのために残しておいたのだ。


「遠慮することないだよ。本当におらには必要ないだ。」




友情というものは、相手の好意を受け入れるところから始まるものだ。


ジェイコブはロイの友情を受け取った。


「ありがとよ、ロイ。これからも頼りにしてるぜ。」


しかしジェイコブの頭の中では、やはり一番欲しいのは酒だという意識が、残るのであった。

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