第34話 ユキ

シカルの足は恐怖ですくんでいた。


邪気に触れたので、臆病の風が全身に吹いていた。


ユキは邪気の気配に気付き、黒騎士とは一定の距離をとっている。


ロイだけが全くの鈍感で、その邪気に侵されず、恐れることもなかった。


いや、前にも説明したように、ロイは邪気に毒されるどころか、逆に黒騎士から恐れられていたのである。




そのことに気付せないようにしていた黒騎士たちだが、無念、ロイが感づいてしまったのだ。


だからといって、黒騎士たちがあきらめたわけではない。


「行け。」


真ん中にいるリーダー格の黒騎士が声をかけると、2人の黒騎士は左右に分かれて、後列に襲いかかろうとする。




ユキとシカルは、それぞれ襲ってくる黒騎士と対峙する。


ジェイコブは、ふ抜けた顔から汗を垂れ流しており、とても戦闘どころではない。


まず、ユキが先手を取った。


紐を結んだクナイを、黒騎士の首めがけて投げる。


黒騎士はそれを剣ではじこうとしたが、紐が剣に絡まる。


ユキは絡まった紐を引っ張り、剣をもぎとろうとする。しかし黒騎士の力があまりにも強く、逆に握っていた紐が手からスルリと抜けてしまったのだ。


黒騎士は、紐が絡み付いたままの剣をユキに突き刺してきた!


ユキは影のようにスルリと避けるが、邪気に触れてしまった。


そこでユキは、気力が抜かれるような感覚を受けた。




「なんなの・・・この気だるさは・・・。」






ユキの生まれ故郷である、遙か東に浮かぶ小さな島国。


生まれて間もなく親に売られ、闇の仕事を請け負う忍者として育てられた。


いや、作られたといった方が正確なのかもしれない。


まともな幼少時代ではなかった。


当然のように、幼少期から人間不信に陥り、ほとんど誰とも会話をしなかった。


女の忍者は「くのいち」とも呼ばれ、女でなければ出来ぬ任務も強いられた。


色好きな南蛮商人を毒殺するため、少女のユキが選ばれた。


ユキはその商人を殺さず、取引を持ちかけた。


もしも、わたしをこの国から出してくれるならば、お前の命を奪わない、と。




ユキにとって、故郷の国の思い出は、消し去りたいものだ。


何ひとつ思い出したくはない。


出来るだけ、記憶の奥底に埋めておいたのだ。


それが今、黒騎士の邪気に触れたことで、ユキの頭に埋もれた記憶が、マグマが火山から湧き出るように噴出してきたのだ。




憎しみ、混乱、悲痛、屈辱がユキの心を襲い、それらの感情から己を守るため、敗北を認めて全ての感情のスイッチを切る。


ユキは顔を曇らせ、自らの殻に閉じこもる。

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