第32話 地下8階 4人の黒騎士は、パーティを迎え撃つ

風呂からあがった我らのパーティは、中央昇降機に戻り、いよいよ地下9階に別れを告げるところである。


これから向かおうとする地下8階は、大食堂である。


ジェイコブは、地下8階にいた者たちを思い浮かべた。


食事をするためのほとんどの席は、オークで埋め尽くされていたが、そのオークたちは、トロルとの戦闘に召集されたと考えていいだろう。


森の亡霊たちも席に着いて食事をしていたが、彼らは戦う意志がないと見てよい。


実際、ジェイコブたちが入った演劇場では、敵意を抱く者はいなかった。


小さな配膳女。


彼女らも一度遭遇したが、戦う意志は全くなかった。


クモ女。


シカルの話によれば、彼女らの性格から察すると、強いものとの戦闘は好まぬようだ。


逃げたか、それとも・・・黒騎士に酌をしているか。


そう。問題は黒騎士だ。




ジェイコブ、ユキが先頭、ロイが2列目、シカルが最後尾の隊列で、我らのパーティは地下8階に上がってきた。




――地下8階――




所々に柱があるものの、見渡す限りの大広間が広がっている。


そして、大小の円形座席がズラリと、はるか向こうにまで並んでいる。




黒騎士は、中央昇降機に近い座席に座っていた。


それぞれ分かれて座り、4人いた。


皆、酒を飲んでいる。


「トロルが来るものと思っていたが・・・」


黒騎士の一人が、耳障りの悪い声を出す。


「仲間を殺したやつらだ。決して逃がすな。」


別の黒騎士が言う。


我らのパーティも、当然逃げる気などなかった。


仮に逃げたところで、上に敵がいた場合、挟み撃ちになるだけである。


ここで殺すか、殺されるか。この二つの道しかないのである。




我らのパーティは武器を握りしめる。黒騎士が近づく。


4人もの黒騎士に、果たして勝てるであろうか?


シカルは、火では効き目がないと考えていた。


ユキは、鋼鉄の鎧に覆われた体を、どうやって傷つけるか悩んでいた。


ジェイコブは、黒騎士との戦いの経験から、圧倒的に不利だと感じていた。


特に黒騎士の発する邪気が、ジェイコブにとって大きなダメージとなるのだ。


ジェイコブのニヤついた顔を見て、黒騎士は言った。


「死の覚悟をしたか。酒に溺れた廃人めが。最後に酒を飲みたかったと、お前の目が物語っているぞ。」


ゾロリと黒騎士4人が、中央昇降機部の手すりを背にした我らのパーティを、半円形に囲む。


ジェイコブとは逆に、パーティの中ではロイが一番楽観的であった。


それというのも、ジェイコブに絶対的な信頼を置いていたからだ。


そしてその信じる心こそが、ロイの強さであり、実は黒騎士の弱点でもあったのだ。






ロイは純粋な人間である。


敬虔深い両親の元に生まれ、小さな頃から神様を畏れた。


何をやっても不器用で、物覚えが悪かったが、力だけは人の2倍も3倍もあった。


その力をいかし、呼ばれればどこへでもかけつけて、人を助けた。


働ける年になると、力持ちが集まるギルドに入った。


しかし、人殺しや盗みの依頼をするところは全て断り、良心的な依頼主の仕事しか受けなかった。


おかげで、同僚よりも働く日数も稼ぎも少なかったが、命を落とすことはなかった。


貧しさ故に、お金には執着する心も持っていたが、自分を戒めて、少ない稼ぎのほとんどを両親に渡した。


そして質素な生活を心がけ、女も知らなかった。


ロイはそれで満足していた。


グレイの依頼を受けた時、ロイが条件を出したのも無理はなかった。


人殺しはしない。


盗みはしない。


悪の行為はしない。


それらに加担しない。




ロイの条件は受け入れられた。


力持ちの中でも一番の力持ちであり、秘密厳守能力に優れる。


悪を憎み、善を好む。


金にも女にも、自制する精神力を持っている。


グレイにとって、是非とも欲しい逸材であった。


ロイはギルドを離れる決意をして、グレイ直属の部隊に入ることを選んだのだ。


思わぬ契約金は、すべて両親に渡した。




そのロイとは正反対に、最後の仕事のつもりで、このグレイの仕事を選んだのがジェイコブだ。


ジェイコブは幼い頃から、何でも出来る器用な子だった。


曲芸の集団が町に来たときに、ナイフ投げを見たことが、ジェイコブの運命を決めた。


家のナイフで真似をしてみたが、なかなかうまくいかない。


しかし子供ながらに頭を働かせ、手首をぶれないよう固定させて投げると、ナイフも思ったところに飛ぶことに気付いた。


それならばと、下半身にグッと力を入れて、足と腰もぶれないようにすると、ヒュンと狙い通りに飛んでくれる。


あとは姿勢の正確さと、力加減とスナップを練習で覚えていけばよかった。


結局、幼いジェイコブは、わずか2日でナイフを狙いのところに突き立てることが出来るようになった。


それを、曲芸のナイフ投げ師に見てもらおうと思い、まだ開演していない見せ物小屋の裏で、首が異様に長い女に声をかけ、強引に会わせてもらった。


ちょっとだけ見てもらって、褒めてくれたなら、それでジェイコブは満足だった。


しかし、まだほんの小さな子供であるジェイコブの、機械のように制御された投げ方と、狙った的に当てる正確な腕を見た男は、恐ろしさすら覚えた。


ナイフ投げの男は、明日また来てくれとジェイコブに言った。


てっきり、自分も見せ物小屋でナイフ投げをやるのかと思い、練習にはげんだが、翌日行けば知らない男が笑って迎えてくれた。


ジェイコブはナイフ投げの腕をその男に見せると、満足そうな顔をして男は言った。


「金は欲しくないかい。一緒に来ればお金をあげる。お金があれば、キミの親ももっと豊かな暮らしが出来るよ。」


家にすぐ帰りその話を両親に打ち明けると、二人とも歓迎してくれた。


家は貧しく、ジェイコブを食べさせるのも精一杯だったので、両親は食い扶持が減ることを喜んだのだ。


両親とともに再び男のもとを訪れると、大金をくれた。


唖然とする両親に別れを告げ、ジェイコブは男と共に去った。


金の額からして、曲芸とは関係のない仕事だろうと、両親は推測するのが精一杯であった。


両親の元にはジェイコブから、時折まとまった金が手紙と一緒に送られてきた。


何の仕事をしているのかは一切書かれてなかったが、うまくやっていると感じられた。


実際、ジェイコブはその仕事が気に入っていた。


誰よりも若いが、誰よりもうまくやった。一番難しい仕事は、いつもジェイコブに任せられた。


ジェイコブのやっていたのは、殺しの仕事である。


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