第31話 地下9階 パーティは、大浴場で体の汚れを落とす
トロルを倒した我らのパーティは、靴を血で染めながらも、オークの死体の沼を渡り終え、レールに沿って真っ直ぐ城の正門を進む。
さすがに城の玄関だけあって、豪華な造りだ。
空間を贅沢に使い、照明もシャンデリアが使われている。
壁には彫刻模様が施してある。
それでいて、脇には石を運び出すためのトロッコや、つるはしやスコップといった掘削道具がきちんと整理されており、仕事にも美観にも配慮され、坑道労働者にとっては最高の環境といって良いだろう。
パーティの隊形は、ジェイコブとユキが二人並んで先頭、次いでロイ、最後尾にシカルという、お馴染みの隊形に戻った。
中央昇降機まで直線でつながる道であり、脇道もない。
戦いの疲れを癒すためにも、ゆっくりとパーティは進んでいった。
そして、城の中心部である中央昇降機のところまで到着した。
そこでわかったことだが、昇降機を中心にして十字に道が延びていた。
つまり、パーティが正門と思っていた場所から通って来た道は、4本の内の1つであったのだ。
思い起こせば、この城を本拠地としてその周りを数千人が掘削し、岩を運び、寝泊まりしていたのだ。
その規模の大きさに改めて驚かされる。
労働者は働いた後、この城で食事した。この城で体を洗い、酒を飲み、騒いで、寝た。
時には芝居や演奏を楽しみ、もらった金で服を買い、女を抱いた。
すべてこの地下の城の中で。
そしてこの城の中心部が、この昇降機なのだ。
大量の石を上まで持ち上げる。
この昇降機にも、大勢の人手を要したことであろう。
長いワイヤーが、今も引っ張られることを求めて、吊されている。
力持ちたちが汗を流し、数十人でこのワイヤーを引っ張って、重い石を乗せた昇降機を上げていた。
ヨイショ!ヨイショ!と、今にも声が蘇ってきそうだ。
その昇降機を取り囲むように、螺旋階段が果てしなく上まで続く。
ひと仕事終えた男たちは、すかせた腹を満たすために、我先にとこの階段をかけ昇って、食堂へ急いだのだろう。
今、ジェイコブがその階段の一歩を踏み込んだ。
前にも述べたように、この螺旋階段は、階と階との間が長いのである。
螺旋階段3周分で、ようやく一つ上の階へとたどり着くのだ。
「9階についたら、少し休もう。」
階段を昇りながら、ジェイコブが言う。
「体を洗うところもあったんだろ。なぁシカル?」
「うん。ロイにこのままの格好をさせておくのは、可哀想だもんね。」
「おらは平気だが、みんなに迷惑かけるだから、洗った方がいいだな。すまんな、みんな。
おらがあのオーク頭球を避けていれば、ミント草も守れたのに。」
「おいおい、ロイ。そんなこと言うなよ。そら、地下9階に着いたぞ。」
――地下9階――
地下9階は、坑道労働者の拠点となるフロアである。
この階は、労働者たちの寝床や風呂トイレ、そしてレストランや衣料店、さらには小規模な劇場もある街のようなフロアだ。
中央昇降機を囲むようにグルリと広場があり、その広場の周りには、均等に八方向に通路が伸びている。
シカルは散髪屋と薬屋に挟まれた通りに、パーティを導く。
広場の周りには店が集中している。
本屋もあれば、賭博用のカードやサイコロを売っている店もあった。
バーは完全に荒らされて、酒は持ち出されていた。間違いなくオークたちの仕業であろう。
我らのパーティは無人の衣料店に入ったが、残念ながらロイの巨体に合う服はなかった。
「おらは、この服を洗うからいいだ。
においがとれればいいだ。着てたら自然に乾くだよ。」
中央広場に戻り、放射状に伸びる通りをそれぞれ眺めて見ると、風呂場の大きな看板が目に入った。
4人は風呂場の入口まで進んで警戒しつつドアを開けると、二百人は収容可能であろう脱衣所が広がる。
左右に扉があって、それぞれに大浴場につながっている。
男ばかりの仕事場であるから、男女に別れているのではない。
ただ、大人数の体が密集しないよう、風呂場を二つに分けているだけであろう。
「じゃあ、俺も汗を落とそう。」
ジェイコブ脱衣所のカゴを持って、左の風呂場へ入った。ロイも続く。
それを見て、ユキは右の風呂場へと入る。
「入らないの?」
ユキはシカルに声をかけた。
「えっ、僕?ハハハ、入ろうかなぁ、アハハ・・・」
シカルはうつむきながら、ユキについて右の風呂場へと入っていった。
湯船には水がたまっていた。
キレイな水だ。オークたちは風呂に興味がないようだ。
シャワーをひねると、これもひんやりとした新鮮な水が流れでてくる。
ジェイコブは服をカゴに入れて、頭からシャワーを浴びる。
冷たくて気持ちが良い。
ふと体を見ると、心臓のところに鍵の形をしたアザがあるのに気付いた。
もちろん、狐との契約で出来たものだろう。
「まぁ、いいさ。」
ジェイコブは、他人事のように思うだけであった。
「この風呂の中で、おらの服洗ってもいいだか?」
ロイがジェイコブに問う。
「ああ、もちろんだ。そこで洗濯しとけ。」
ロイは背中に背負っていたものを外して、中に入っていた物を全て出す。
鞄には汚水が入りこんで、何もかも汚れている。
しかし、宝箱だけはオーラをまとっているように、何一つ汚れていない。
桶で水をすくい、鞄の汚れを流し落とす。
水筒は洗えば使えそうだ。
しかし、マットのために残しておいたハムはもうダメだ。
ジンがあったが、その中身をジェイコブにばれないよう、排水口に流して捨てた。
ジェイコブはそれに気付かない振りをしていたが、酒の匂いを嗅ぐと、服に隠し持っているウイスキーが飲みたくなってきた。
ロイは丸裸になり、大剣、盾、靴も、鞄と着ていた物も、すべて浴槽でザブザブと洗った。
仕上げに水道のキレイな水でゆすぎ、服をギュウっとしぼる。
その頃には、ジェイコブはすっかり体を洗い終えて、服を着ていた。
そしてロイは、やっと自分の体を洗い始めた。
ロイはキレイな水で体毛の生えた体を指でまさぐり、体中の汚れを落としに落として、ユキの生まれ故郷である東洋の島国の神話に出てくる、イザナギのごとく清めたのである。
読者の中には、そんなロイの描写よりも、ユキとシカルの風呂場での様子を期待されている人もいるかもしれないが、女の入浴を覗くことは、たとえ作者であってもマナー違反になるとだけ言っておこう。
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