第30話 巨人トロルとの戦い
トロルは、長い長い戦いの末、ついに門番たちに勝ったのだ。
地面は、オークたちの血と肉の沼となっていた。
トロルはオークの死体の山から、オークの頭部を手の中にとると、なんと、いきなり振り返り、パーティに向けてそれを投げてきたではないか!
4人のうち誰一人として、この行動は予想していなかった。
自分たちは暗闇の中にとけ込んでいると思い、かつ、あのような戦いの後で、トロルは周りを気にする余裕などないと高をくくっていた。
スタミナだけでなく、肉体能力、集中力、全て人間の比ではない。
矢のような速さで飛んでくるオークの頭部を、条件反射で避けたのはジェイコブとユキだ。
全く反応が出来なかったのはシカル。
しかし、オークの頭部はシカルの短い髪を揺らして、ロイに命中した!
ロイはかろうじて、左腕に付けていた盾で防ぐのが間に合った。
しかし、その衝撃はすさまじく、盾に当たったオークの頭部は頭蓋骨と脳味噌が粉々に砕け散った。
巨体のロイも、後ろに吹き飛ばされてしまうほどの威力だ。
ロイの体は柵を突き破って、背中に背負った宝箱共々、下水池の中へと落ちてしまった。
手に持っていたミント草も散らばって、下水の底へと沈んでいった。
トロルはミント草の匂いで背後の存在に気づき、そして一発で狙って獲物、つまりミント草をしとめたのだ。
勝てるはずがない、とシカルは思った。
戦闘能力が違いすぎる。
本で読んだトロルは、もっとノロマで頭が悪く、ただの馬鹿力の怪物だったはずだ。
しかし、あの一つ目が弱点の可能性はまだ残っている。
もし僕たちが、あいつの近くで攻撃するチャンがあれば・・・
ジェイコブとユキが左右に分かれて、トロルに近づく。
トロルはこの二人を警戒している。
ロイが下水池から上がってきた。ズブ濡れである。
大剣は手から離さず、しっかり握りしめている。
背中の宝箱が下水にまみれてしまったが、中に浸水していないであろうか?
「ロイ、大丈夫?」シカルが声をかける。
「大丈夫だ。でも、大事なミント草を、この臭い池に沈めてしまっただ。そして宝箱も心配だよ。」
シカルがロイの背中に回って、宝箱を調べる。
「この箱はすごいね。水をはじいてるよ。隙間からも水が浸入していないし、封印も全く濡れていない。やはり魔法がかかっているんだ。」
オークの頭を反射的に避けたユキは、早くも攻撃にうつっていた。
マキビシをトロルの足下に投げつけたのだ。
読者は、マキビシのことは知っておろうが、念のために説明しよう。
マキビシとは、東洋の端にある島国の、忍者という集団が使う道具である。
まさに、ユキはその忍者の出身である。
マキビシには針が4つあり、それが全方面に均等に向いている。
よって、どう転んでも針の3つが地につき、一つが上を向く。
それを踏んだ者の足の裏に突き刺さるという、優れた武器である。
彼女は皮の手袋をし、皮の小袋からそのマキビシをとって投げた。
トロルの足に刺さることは刺さったが、しかしそれは足の裏の厚い皮膚に埋まってしまった。
トロルは死体の山からオークの頭をもぎとって、ジェイコブとユキに凄まじい速さで投げつけるも、巧みにかわされる。
ジェイコブは隙を見計らって、トロルの目にナイフを投げた。
力いっぱい投げるのではなく、いつ投げたのかがわからぬほどの、素早さだった。
しかし、トロルはその動きを見逃さなかった。
抜群の反射神経を見せ、肘でナイフを受け止めたのだ。
ナイフ投げの奴の方が手強いと感じたトロルは、ユキを後回しにして、ジェイコブに襲いかかった!
血と肉に埋め尽くされた床に、深く足の爪を突き刺して踏ん張り、シュン!とジェイコブ向けて飛びかかる。
それと同時に、手に掴んでいたオークの死体をジェイコブに投げつける。
その動きを予想していたジェイコブは、投げつけられたオークの死体を避けながら、素早くナイフを2本、トロルの目に向けて放った!
トロルは、1本目のナイフを手のひらで受けるものの、後で放たれた2本目の方は、自ら投げつけたオークの体が死角となり、見えなかったのだ。
ジェイコブの狙い通りにナイフがトロルの一つ目に突き刺さった。
「ギャァ!」
奇声をあげ、着地と同時に膝をつく。
しかし傷は浅かった。血も出ておらず、失明もしていない。
トロルは指の先でナイフをつまみ、一つ目から引き抜いた。
その矢先、今度はトロルの頭の上にユキが風のように飛び乗り、手に持ったクナイをグサリと深く目に刺し込んだ。
「キィィ!」
すぐさま両手で頭上のユキを掴もうとするが、すでにユキは後ろに飛び去っていた。
トロルの目が乾くが、ユキの刺したクナイが大きすぎて、瞼は閉まらない。
間髪入れず、ジェイコブのナイフが2本、4本、6本と続けざまにトロルの一つ目に突き刺さった。
「ダァァァ!」
形成が不利であると悟ったトロルは、一旦退却しようとして立とうとする・・・が、足が痺れて動かない。
ユキが最初に蒔いた、マキビシの毒がやっと効いてきたのだ。
マキビシは、分厚い足の裏の皮に吸い込まれたが、猛毒が皮膚を溶かして体内に侵入したのだ。
そして、トロルの目にも異常が現れるようになった。
ユキの刺し込んだクナイには、当然、猛毒が塗ってあり、早くもそれが視力を奪ったようだ。
トロルはうつむいて、目からクナイとナイフをつまみ出す。
両膝と両肘を地に着け、非常に無防備な状態であることをトロルも自覚しているが、脳にも毒が回り、体がうまく動かせないのだ。
せめて目に刺さっている残りのナイフだけでも、早く抜かなければならないと、必死になっている。
ジェイコブとユキにとっては、今が攻撃する絶好の機会である。
ユキは大胆にも、痺れて動かないトロルの両足の間から近づき、クナイをトロルの尻の穴に突き刺した。
「ギュオオオオオオオ!!!!」
坑道中に響きわたるような、悲痛の声である。
トロルは悶え苦しむが、広げた両手には、すでに指が一つも残っていない。
いつの間にか、ジェイコブが全ての指を切り落としていたのだ。
ジェイコブはオークの刀を拾い、構えている。
ユキはオークの槍を使い、尻の穴に突き刺したクナイを、さらに奥へとめり込ませる。
「ディアア!!!」
ユキが容赦なく突き刺す度に、耳を覆いたくなるような、トロルの叫びが響き渡る。
猛毒を帯びたクナイは、トロルの体内の奥深くまで刺さり、もう二度と体外には出てこないであろう。
尻からは、大量の血が流れ出ている。
トロルの頭は、クナイに塗ってあった毒が侵入して、黒ずんできている。
かすかに息をしているが、死ぬのは時間の問題だ。
そして体中が毒に支配されて、心臓も呼吸も止まった。
トロルの最後の姿だ。
シカルとロイがやっと近づいて来た。
「ひどい臭いだな、ロイ。」 ジェイコブが声をかける。
「すまねえだ。ミント草、全部台無しにしてしまっただ。」
「気にするな。下水池の浄化に役立つかもしれんぞ。」
ジェイコブはトロルに刺さったナイフを回収し、ユキは目に刺さったクナイだけを回収した。
トロルの体内に入り込んだクナイは、さすがに回収しなかった。
我らのパーティは、正面の門から堂々と城へ入っていくことにした。
オーク兵たちの多くはトロルに殺されて、いたるところで死体が積み重なっている。
わずかに生き残ったオークもどこかへ逃げてしまい、中央昇降機の階段まで、パーティを邪魔するものはいなかった。
門のあたりは血と肉が床に散らばって、ひどく歩きにくい。
残ったマキビシを踏むとも限らないので、ユキが先導した。
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