第28話 王の森をあとに

妖精の導きに従い、草木の密集地帯をかき分けて、4人は穴のある場所に戻ってきた。


そこには、狐たちはいなかった。


しかし、ユキは遠くから草むらに隠れて狐たちが見ていることに気が付いた。


「ミント草を持っているから、近づけないのかもしれないわ。」


我らのパーティは、ミント草を穴の周りに植える作業をした。


地味だが、今後のために一番重要な仕事だ。


ジェイコブは仲間と共同で行う、こんな単純な労働も悪くないと感じる。


穴を塞ぐ板のフタの上にも、土をかぶせてミントを植え、ほとんどの作業を終えた。


その間、樹の妖精は仲間を呼びに飛んで行ってしまった。


ロイは、始めに目を付けていた大岩で塞ぐ気でいた。


「あそこに岩があるだ。わしが最後に、あの岩で穴を塞ぐだ。」


その提案にシカルが疑問を持った。


「でも、岩で塞いだらロイが帰れなくなるじゃないか。」


「わしが、岩をかついだまま、この穴に入るだよ。」


「ちょっと待って。だったら、このフタは誰が閉めるんだよ。」


「シカルにやってもらいたいだ。


あの岩は、この穴より少し小さいだよ。だから隙間が出来るだ。


フタを閉めた後に、その隙間を通って来ればいいだ。」


「こらロイ!その隙間が小さすぎたら、僕はこの森に取り残されちゃうんだぞ!」


「大丈夫だろう。」ジェイコブが言葉を挟んだ。


「ロイの言うように、この穴よりも岩の方が小さい。


十分な隙間があるはずさ。」


さすがにジェイコブには言い返せず、シカルは観念した。




ロイが岩を運んでくるまで、ジェイコブは草むらに隠れている狐たちのところへ行く。


若い少女と少年の狐は、人の姿に変身して迎える。


「妖精がしゃべったか。ハハハ。悪く思うな。これも生きていく知恵じゃで。」大狐が言う。


「ああ、むしろ感謝しているよ。特にその娘さんは、疲れた俺たちに休みを与えてくれたからな。


ところで、あの穴に誰も近寄らないよう、気をつけてくれるとありがたいのだけどな。」


「そのつもりじゃよ。安心せえ。」


「そうか、ありがとよ。じゃあな。」そう言うと、呆気なくジェイコブは狐たちに背中を向けた。


「どんなに強情を張ろうとも、お前はもう酒には勝てぬぞ。酒の方が、お前を離してくれまい。」


大狐の最後の言葉には、返事をしない。


「待っていますよ、ジェイコブ。」


少女のささやくような声に、ジェイコブは後ろ向きに手を振って、仲間の元に戻って行った。




ジェイコブが戻ると、樹の妖精たちが集まっていた。


「お詫びを言わなければなりません。」


初めに会った妖精とは違う、薄紫色の羽根をした妖精がジェイコブに言った。


「この穴が空けられ、森の生き物たちが入っていくのを知りながら、放置しておりました。


まさか、崖の向こう側につながっているとは、思ってもみませんでした。


迷惑をかけてしまい、申し訳ございません。」


丁寧に謝罪され、困惑するジェイコブ。


「元はといえば、こちらに全ての責任があることだ。謝る必要はないさ。」


白い羽根の妖精は、ユキと分かれるのが悲しそうだ。


「ユキさん、ぜひこれを受け取って下さい。」


野葡萄を4粒ユキに渡した。


「とても少ないですが、この野葡萄は1粒でも心を浄化してくれます。


帰り道に何かあったら、分けて食べて下さいね。」


「ありがとう。本当になんてお礼を言ったらいいか、わからないわ。」


あまり感情を表情に出さないユキだが、明らかに白い妖精との別れを惜しんでいる。




太陽が沈み、闇が森を支配しようとしている。


ロイがミント草を踏まぬようつま先歩きで、大岩を肩に担いでやって来た。


「確かに穴の方が大きいや。」シカルは一安心する。


ジェイコブが妖精に、別れの挨拶を言う。


「じゃあな。あとは頼む。また来ることがあったら、よろしくな。」


そう言って、一番に穴へと飛び込んだ。


ユキは、草むらからこちらを見ている大狐と金髪の兄妹を一瞥し、そして白い羽根の妖精に声をかける。


「ありがとう。恩は決して忘れないわ。」


白い羽根の妖精の目には涙が浮かんでいた。


短い間でも、女同士の友情を築いたようである。


ユキは後ろを振り返らず、穴に飛び込んでいった。


「本当にいろいろと感謝するだよ。小さな妖精さんたち。それでは。」


ロイが大岩を肩にかついだまま、すべるように穴へ降りていった。


穴の中で、大岩を肩から下ろし地面に叩きつけけると、小さなすき間だけが空いた。


「うわぁ、本当にぎりぎりだ。」シカルは冷や汗をかく。


穴を塞ぐ板の上は、すでに土とミント草でカモフラージュされてある。


シカルは、それをヨイショとかつぐ。


あまりの重さにシカルの足が震えたが、なんとか穴に板をかぶせることに成功した。


岩に腰掛け、シカルが穴から頭を出して最後の挨拶をする。


「妖精さんたち、それじゃ後はお願いするよ。じゃあ元気でね。」


そして、ついにフタを閉じて、王の森ともお別れになった。




「さぁ、このすき間から通れなかったら、僕は妖精さんに再会の挨拶をしなくちゃならないぞ・・・」


フタに鍵をかけ終え、シカルは足先からすき間に入って、体をグニャグニャとねじり曲げながら自らを隙間に押し込んでいく。


両脚は何とか通過させたのだが、お尻のところで一旦引っかかる。


強引に押し込むと、お尻の肉がフニャリとつぶれて、突破する。


続いての難関は胸であった。


しかし、シカルが考えていたよりもはるかに楽に突破した。


最後の難関は、何と言っても頭だ。


アゴが引っかかり、こればかりはどうしようもない。


ロイが近寄ってきて、壁の部分の硬い土を剣で少し崩してくれた。


その間、首から下は無防備にさらされていたので、妙に恥ずかしい思いをしたシカルであった。


こうやって、4人のパーティが再び洞窟に降り立った。


ジェイコブとユキは、ミント草を坑道の地面に植えていた。


「ここにもミントを植えてるんだね。」


「ああ、太陽の光は届かないが、この固い土に水は染み込んでいる。


すぐ枯れるかもしれないが、念のためさ。よし、いこうか。」


ジェイコブの言葉で、我らのパーティの帰り旅がはじまった。


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