第27話 果実の甘い誘惑
「みなさん、お腹が空いていませんか?」
宝箱についてのジェイコブの説明が終わったあと、妖精が精一杯の声を出した。
「近くに果物の木があります。今はちょうど甘い実がなっていますので、よろしければ食べて行ってください。」
はるか昔からの言い伝えによると、悪魔の使いであるヘビが、とある女に果物を与えたことが原因で、人間は罪を負うようになったという。
どうしたものかとジェイコブは悩んだが、ユキの一言が決め手となった。
「気分転換にも良さそうね。帰りに備えて体力も必要だわ。」
「それでは案内します。」
妖精の後を着いて行くと、間もなく甘い香りが漂うよう場所に出た。
とろけるような甘い香りに、より疑り深くなっていったのがジェイコブだ。
鼻から吸った煙で魔法にかかったばかりであるから、当然とも言えよう。
しかし、ユキを見ると気楽なようで、何も危険はないという目をしている。
崖にしがみついて、妖精と共に薬草採りの作業をしたことで、ユキは妖精に信頼を感じているのだろう。
「はい、ここです。みなさん、お好きなだけ食べて下さいな。」
目の前には熟れたての桃が、誘惑するかのように、美しく枝にぶら下がっている。
そのような桃の木が、あたり一面に広がっているではないか。
簡単に誘いには乗らぬとばかり、ジェイコブは妖精をもう一度観察する。
ところがそんなジェイコブを横目に、ユキは桃をもぎとって、早くもかじり付いたのである。
甘さと酸っぱさで、ユキの頬は落ちそうだ。
「おいしい。」
簡単で明瞭なその言葉は、シカルの舌を唾液まみれにさせた。
たまらずシカルは、近くの桃をもぎとると、やはり皮ごとかじりつく。
やわらかな果肉は口の中で溶けて、喉の奥へと流れ込んで行く。
大量のしずくが、手からこぼれ落ちるのもそのままに、シカルは無言のまま1玉を食べつくした。
「とってもおいしいよ!」
シカルの言葉に、今度はロイの胃袋が反応した。
男らしい大きなごつい手の平に、繊細な桃の実を包み込み、唾液のたまった口の中へと運んで行った。
舌で果肉を転がし、やわらかな食感を味わう。
何も言わぬロイだが、その顔を見るだけで、満足の頂点に達しているのは一目瞭然であろう。
古来、東洋の大国では、桃が不老長寿の果実と呼ばれていたのも納得の、体全体が喜ぶおいしさである。
3人が桃を思う存分に頬張る姿を、ジェイコブは何もせずに眺めていた。
ユキがジェイコブに、「大丈夫だから食べてみれば?」と目で言っている。
首を横に振るジェイコブ。
ヘビの誘いに乗った女は果実を食べ、次に果実を男に勧める古き言い伝えを、ジェイコブが知っているのかどうかはわからぬが、その男の二の舞を演じるつもりはないらしい。
「妖精さん、悪く思わないでくれ。用心するのも仕事だからな。」
ジェイコブの気遣いの言葉に、妖精も申し訳なさそうに答える。
「わたしの方こそ、とんだ寄り道をさせてしまってごめんなさい。
あなたが用心深いお方だと存じておりましたが、何かおもてなしにと思いまして。」
「謝ることなんてないさ。あんたのおかげで随分と助かったんだからな。本当にありがとよ。」
ユキとシカルが桃に満足し、ロイだけがまだ頬張っているとき、ユキが妖精にたずねた。
「この桃の実は、持って帰ってもいいの?」
その問いにしばらく妖精は考える。
「はい、いいですよ。ただし、一つだけです。」
ユキは妖精に礼を言う。
心の悩みを忘れさせるほどの、甘酸っぱくておいしい桃だったので、ジェイコブにも食べてもらいたいと思ったのだ。
妖精もそれを知っているのかもしれない。
ユキは大きな桃をひとつもぎとると、薬草を入れていた木編み袋の中に入れた。
この桃が、後々大きな役割を果たすのであるが、それは今語るべきではないだろう。
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