第26話 樹の妖精の親切
我らのパーティはそれぞれ、ナイフや剣を使い、ミントを根ごと掘って集めた。
限りなく続くミント草の囲いから、1ヵ所に集中することなく採取することが出来た。
ユキが細く柔らかい木の枝を繋ぎ合わせて、木編み袋を4つ編むと、4人それぞれがミントを包んで、それを抱えた。
向こう岸の鉱山を見納め、4人はその場を去ろうとした時に、どこからか声のようなものが聞こえてきた。
「もし。ちょっとお話よろしいでしょうか?」
蚊の鳴くような声とは、まさにこのことだ。
微かに聞こえる声の主を探して、4人はキョロキョロと首を動かす。
「ここです。ここに居ります。樹の上ですよ。」
見上げると、樹の枝に、葉っぱほどの大きさの生き物が腰をかけている。
白い羽根が、蝶のように美しい。
「さきほどから、ここであなた方のことを観察しておりました。」
間違いなさそうだ。声の主はその小さな生き物だ。
「失礼と承知ですが、人間には聞こえない高い声を使って心も読ませて頂きました。悪いことを企んでいるのではなさそうなので、安心しております。」
羽根が広がると、幾何学的な縞模様が現れ出る。
パーティのすぐ近くの低い枝まで、羽根をバタつかせながら下りてきた。
「私は、この森の秩序を守っている者の一人です。樹の妖精と呼ばれています。」
広げた羽根は大きいが、体は人間の指2本分ほどの大きさしかない。
「あの狐たちに騙されたのですね。狐を無視してここに来ていれば、わたしがあなたたちの望むことを、教えてあげることが出来たでしょう。
しかし残念ですが、契約してしまったのでは、今更どうしようもありません。」
小さすぎて分かりにくいが、美しい妖精の表情に同情の色が浮かぶ。
「あの狐たちは、騙すのが好きなのです。信用は出来ませんが、かといって悪い種族ではないのですよ。」
「ねぇ。」
シカルが妖精に声をかけた。
「僕らの心を読んだって言ったけど、どのくらいまで知ってるの?」
妖精は笑って応えてくれた。
「あなた方の心は、不安や心配で一杯でしたから、あまり読めていません。
狐に騙されたこと、契約をしてしまったこと、崖の向こうとつながっているこの森の穴を封印すること。
それと、ジェイコブさんの(樹の妖精は名前を言って、ジェイコブの方を見る)―――お体が、お酒でボロボロになっていること。
これくらいですよ。」
「結構読まれているんだね。それで穴を封印する方法は、これでいいの?」
「ええ。一番いい方法です。あなたたちがここを去った後、わたしたち妖精も、あそこの穴を注意して監視しましょう。
わたしたちの役目は、まさにこの森から、死者や生き物を外に出さないことですから。
むしろ、今まで放って置いたことは、わたしたち妖精の責任でもあるのです。」
「それはありがたい。感謝する。」ジェイコブが礼を言った。
「ところで、あなたに聞いて欲しいことがあるのですよ。この崖を少しだけ下りたところに、黄色い花のついた草が岩肌に少し生えています。
この草を煎じて飲み続ければ、お酒でボロボロになった肝臓が、再び健康になるのです。
ただし、今後お酒を我慢出来れば、なのですけど。」
その言葉を聞くと、しばらく目をつむるジェイコブ。
「酒はなぁ、もう我慢出来そうにない。せいぜいもってあと1日だ。」
頼りない笑顔で妖精に話した。
「とりあえず、その場所へは行けるの?」
ユキは妖精に尋ねる。
「わたしなら行けます。しかしこのように小さな体ですから、持ち運べる量も少ないのです。
離れたところにも仲間がいますから、呼び集めて来ましょう。」
飛び立とうとする妖精を、ユキは制止した。
「待って。わたしが採って来るわ。こういうことは、慣れているから。」
ジェイコブはユキに、無駄だからやめておけと言うも、3対1でジェイコブの意見は却下された。
妖精の説明を受けて、大体の場所がわかると、ユキは小さな木編み袋を作り、それを懐に入れて下りて行った。
ジェイコブも崖下を覗いて見たが、薬草のありそうな場所までは、それほど垂直な勾配ではないので安心した。
ユキは言葉の通り、慣れたもので岩を掴みながら順調に崖を下に進む。
樹の妖精も、羽根を羽ばたかせてユキの後をついて行った。
崖の上にはジェイコブ、シカル、ロイの3人が残され、1日前とは反対に、向こう岸のグレイの鉱山を眺めていた。
「そういえば宝物の地図って、この辺じゃないだか?」
無口なロイが、いきなり口を開いた。
ジェイコブとシカルは、地図のことをすっかり忘れていた。
「おい、ロイ。何も宝物と決まったわけじゃないぞ。
魔術師のような老婆が、見ず知らずの俺たちに、大切な宝をくれるとはとても思えない。
むしろ、何かのワナと考えた方が良さそうだ。」
「そうだよロイ。
欲にかられる人間の弱みをついた、魔女のいたずらだよ。」
「そうだか。
しかしあの老婆の目には、まだ少し神様の恵みがあるように感じただよ。
それに、ジェイコブに渡されたグレイの太陽十字と、同じようなペンダントを首にかけていただ。
おらの思い違いだったかもしれねえが。」
ジェイコブは、首にかけている太陽十字のペンダントを取り出す。
「そういえば、俺の胸元あたりに視線を感じたな。
といっても、俺はこれを服の内側にいれておいたぞ。それに、あの時は真っ暗闇だった。」
手に取った太陽十字のペンダントを見つめ、あきらめたように、言葉を発した。
「老婆が何者かはわからないが、最初だけでも信じなければいけないかもしれんな。もちろん、用心しなきゃならないがな。」
そしてジェイコブは上着の内ポケットから地図を取り出し、地面に広げた。
何度みても、簡素な地図である。
「これだけでは、さっぱりわからないね。
昔ながらの秘密の地図では、火であぶったり、水に濡らしたりすると、肝心なところが浮き出てくるんだ。
この地図が焼けてもいいのなら、やってみる価値はあるかもしれないよ。」
シカルの案に、ジェイコブとロイも賛成した。
最初は太陽にかざしてみたが、何の効果もない。
次に、水筒に入れておいた城の水を火で温め、蒸気を当てたが、特に変化はなかった。
そしてとうとう火で直接あぶることにした。
シカルは杖の先に火を灯すと、慎重に羊皮紙の下から熱した。
羊皮紙は確かに燃えにくいものの、それはあくまで現代の紙と比べた場合である。
焼けもすれば、破れもするのだ。
シカルは火が燃え移らないようにあぶり、ロイが木の枝を使って羊皮紙の両端を持ち、ジェイコブが上から地図を凝視している。
「ダメだな。何も浮き出てこない。」ジェイコブはあっさりと見切る。
「じゃあ、本当に最後の手段しかないね。完全に燃やすよ。
秘密を守るために、燃やすことでしか浮き出ないようにする方法もあるんだ。
それじゃあ行くよ。1回しかないから、見逃さないでね!」
シカルは火力を上げると、今まで十分に熱せられ乾ききった羊皮紙が、瞬く間に炎に包まれて燃え上がった。
あとは灰だけが残り、それさえも弱い風でポロポロと塵へと崩れ散った。
そして炎の熱に耐えながら、いっときも瞼を閉じなかったジェイコブが、ニヤリと二人を見た。
「何も見えなかったぞ。しかし―――」
言葉の続きを、シカルとロイが息を呑んで待つ。
「煙を吸ったおかげか知らんが、宝の場所がわかった。
何かの魔法だろう。本当に、俺たちの常識では起こり得ないことばかりだな。」
「場所は、この近くだか?」
「ああ、すぐそこだ。ロイ。俺に付いて来てくれ。
シカルはここにいて、ユキを待ってくれ。何かあったら声を出す。」
少しキョトンとしているシカルを残し、ジェイコブとロイは森へと入って行った。
ジェイコブは生い茂る草木をかき分けて、迷うことなく目的の場所に到着した。
「ここだ。この下に箱が埋まっている。」
落ち葉と枯れ草に覆われた地面の手前に立つ。
「あとは、任せてくろ。」
ロイは左手の前腕部に装着していた盾を取り外すと、それをシャベルのように使って土を掘り始めた。
魔女がよからぬことを企んでいるのかもしれぬと、ジェイコブはあたりを見回す。
すると密集する木々の隙間から、森の外が見えることに気付いた。
1ヶ所だけ、風景を細長く切り取ったかのように、川を挟んだ向こうの崖と、鉱山が望めるのだ。
「この場所は、もしかしたら・・・」
コツン!と、ロイが何か掘り当てた音が響いた。
「宝箱だ!魔女の宝箱だ!」
驚きとうれしさと恐れが、同時にロイの頭を駆け巡る。
盾を置き、今度は素手でまわりの土を取り除く。
「大きさは子供くらいだ。」ロイが言う。
ジェイコブは少し驚いた。自分の思っていたものと、違ったからだ。
ロイは「宝箱」を取り出せるくらいに土を除くと、ヨイショと持ち運んで、ジェイコブの足元へと置いた。ズシリと重い。
「宝が出るか悪魔が出るか、おらはちっともわかんねえだ。」
「そうだな。でもあの婆さんは、いたずら好きの魔女ではなさそうだ。
何か意味のある物が入っているのだろう。」
木の箱は腐りもせず、綺麗な黄褐色を保っている。
フタと箱本体のつなぎ目に、計4ヶ所の封印札が貼られている。
丸の中に正十字の入った、太陽十字だ。
「ロイ、これを老婆のところまで持っていこう。
俺たちが開けようとしたら、それこそ悪魔が出てくるかもしれんからな。」
「賛成だ。この太陽十字は何か意味があるだよ。
おらが責任持って担いでいくだ。」
ロイは鞄から取り出した縄で「宝箱」を縛り、それを自分の背中に固定した。
結構な重さはあるが、ロイにとっては赤子のように軽い。
その「宝箱」を覆うように、さらに鞄を重ねて背負い、盾も左腕に固定し直して大剣を腰に携えた。
一体、どれほどの重量を支えているのかわからぬが、とにもかくにも並外れた力持ちである。
掘った穴も埋めなおして、ジェイコブとロイが崖に戻った時には、ユキも薬草を集め終わって彼らの帰りを待っていた。
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