第25話 奴隷契約を結ぶ

「待ってくれ。」


ジェイコブはユキを止める。


「これは俺自身が招いた問題だ。俺に責任を取らせてくれ。」


「でも・・・」ユキが何か言いたそうにしているのを、遮る。


「今まで酒のことを隠して悪かったな。隊長としての命令だ。俺が契約する。いいな。」


ジェイコブは、間髪入れずに大狐に向かって言う。


「聞いての通りだ。俺が契約する。」


「よし、受け入れよう。」


大狐も即座に返答し、ユキに発言の余地を与えない。


「ミリィ、こっちへ来なさい。この男が契約をするそうだ。」


ミリィと呼ばれたバイオリンの少女は、初めて感情のかけらを表に出し、大狐に歩み寄って来る。


金髪を風に揺らして、少し恥ずかしげに顔をうつむかせて歩く姿は、気品のある女性そのものであり、正体が狐とはとても思えぬ。


「ジェイコブよ。ミリィにひざまずき頭を垂れよ。」


ジェイコブは少女ミリィの顔をチラリと見て、将来の主人になるかもしれぬ目を確かめる。


そして、言われた通りにミリィの前に進み出て、片膝を地に着けて頭を垂れた。


その様子を、ユキ、シカル、ロイは戸惑いながら見ている。


少女ミリィが、ジェイコブの後頭部に手を置き、口を開いた。


「そなたが1年以内に死んだならば、われの奴隷として、われが死ぬまでわれに仕えることを誓うか。」


ほんの短い沈黙の後、やさしい声でジェイコブが応える。


「ああ、誓うよ。お嬢さん。」


少女の顔が、微かに赤らむ。


「よし、顔を上げなさい。」


後頭部に置いていた手をのけると、ジェイコブの顔に日が射す。


すると、ミリィは腰を屈めて、ジェイコブの唇に、自分の唇を合わせた。


ジェイコブはもちろん、ユキ、シカル、ロイもその行動に驚く。


やがてミリィは唇をはなして、ジェイコブに言う。


「これで契約は結ばれた。」


ミリィは顔を上げると、冷たい表情のウラに、圧倒的な満足感が垣間見られた。






「この森は、それ自体が封印されておる。」


ミリィとジェイコブの奴隷契約が結ばれた後、大狐が封印の方法を明かした。


「この森の死者や、化け物が外へ出て行かぬよう、森の端には必ず死者除けの草が植えられておる。


その草を、根っこから土ごと拝借して、それをあの穴付近に植えればよいのじゃ。


決して枯れることはないし、動物にあらされることもない。


ここから一番近いのは、崖じゃ。あそこにいくらでもある。


特別な草じゃ。行けば、どの草かすぐわかるじゃろうて。


お主たちが戻って来るまで、この穴は誰も通さぬように、見張っておいてやるぞ。


ハハハ、さぁ、はやく行ってこい。」






狐たちが何か企んでいるかもしれないと思ったが、今更疑ってもあの大狐相手ではどうすることも出来なそうだ。


敗北感にも似た感情で、我らのパーティは崖に向かって森の中を進んで行った。


皆、無言のまま足を運ぶ。


ジェイコブが酒にやられていること、そしてキツネと契約したことを他の3人は心配する。


ユキは、ジェイコブの背中を見る。重たいが、どこか気楽なところも感じさせてくれる背中だ。


この任務では、現実離れしたことばかり見てきたが、そもそも死後の話など、どうやって信じろというのだろう。


これが夢かうつつかは、どちらでもいい。


今は、目の前の目的をひとつずつ達成していくことだけを考えれば良いのだ。




任務遂行者たちは、肌に当たる風の感じから、崖が近いとわかった。


木々が少なくなり、見上げれば昼の太陽が、青空の中をゆったりと泳いでいる。


グレイの屋敷を出発して丸1日以上が経ったのだ。


重い気持ちが溶けて、足どりも軽くなったところで、前方に広大な空が現れた。


パーティは崖に到着したのだ。


大狐の言うように、草はすぐわかった。


辺りに香りを漂わせ、森を囲むようにはるか遠くまで生い茂っていた。


「どうやら死者避け草の正体は、ミントのようね。」


ユキがため息をつく。


「ああ。動物が嫌う草だ。


それに、これだけ森を囲んでいれば・・・仮に狐に会わずここに来ていたとしても、俺たちだけでいい考えが浮かんだかもな。」


ジェイコブは、さも楽しそうに笑顔を見せているが、ユキはとてもその笑顔を受け入れる気にはなれない。


「いっぱい食わされたわ。」


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