第24話 王の森にはキツネがいる

久しぶりに浴びる太陽の光。


人間には太陽が必要だと、実感する。


それは、人の労苦を吸い上げてくれる。


それは、新たなエネルギーを与えてくれる。


古の時代、太陽を神として崇めたのも納得できる。


太陽がなければ、穀物だけでなく人間も育たない。


進むべき道を照らす、希望の光だ。


ジェイコブは、太陽の光を久しぶりに浴びてそう思った。




地上へと出たジェイコブとユキは、あたりを見回す。


ここは草が生い茂り、多くの木々に囲まれている、目立たない場所だ。


入り口のフタの役目をしていた木の板が、横に投げ出されていた。


中から鍵をかけていたようだが、怪力で鍵を壊されていた。


土の付いた草が散らばっているのを見ると、カモフラージュでフタの上に土や草をかぶせていたようだ。


普通の森ならば、このようなカモフラージュで問題はなかったのだろうが、なにせここは普通の森ではないのだ。


そのフタを見つめて、ジェイコブは言う。


「大きな岩で塞ぎたいところだが・・・向こうは力持ちが多そうだから、どうすればいいのか・・・」


思案するジェイコブに、ユキが声をかける。


「あのキツネ。」


ユキの指さす方向を見ると、草陰からキツネが1匹こちらを見ている。


「あいつなのか。洞窟にいたのは。」


王の神聖な森に侵入したとことを見られてしまったが、動物ならば許してやろうとジェイコブは考える。


その考えが伝わったのか、キツネの方もどこかへ去って行った。




「ここにも、普通の動物がいるんだな。さて、これをどうするか。」


ジェイコブが、つぶやく。


「いい案が思い浮かばないわね。」


「ああ。予感していたことだったが、ここを塞ぐのは不可能かもしれんぞ。」


そこへ遅れてロイとシカルが、木漏れ日の下に顔を出した。


「うわぁ。空気がおいしいね。」


シカルの顔に生気がよみがえった。


風にのって新鮮な空気が森を駆け巡り、シカルは大きく息を吸った。


「それで、どうやってここを塞ぐの?」


首を横に振り、ジェイコブは黙ったまま空を見上げた。






「いい案が浮かぶまで、あのお婆さんが渡してくれた地図の宝物を探してみるのはどう?」ユキの提案に、ジェイコブは賛成する。


「そうだな。とりあえず、崖まで行ってみよう。何か名案も浮かんでくるかもしれん。」




木のフタで穴を塞ぎ、その上に土と草をばらまき、一時的にカモフラージュをした状態で、4人のパーティは崖を目指すことにした。


ジェイコブが、太陽の位置から崖のある方向を見極める。


わずか数歩進むと、さきほどのキツネが再びこちらを見ていることに気付いた。


しかし今度はもう1匹連れている。


2匹の茶色の毛並みが、太陽の光に生える。


狐たちはそろりと歩み、堂々とパーティの前方に立ちはだかった。


緊張がパーティに走る。


すると、最初に会った方のキツネが、一瞬にして若い人間の男に変身したではないか!


当然驚いたのは、我らのパーティの面々だ。


端正な顔立ちに、金色の髪の毛。


シワひとつない白いシャツに、スラリと長い脚の黒ズボン。


これは幻術か。どういう仕掛けで、このような幻を見せているのか。


驚くと同時に、どこかで見た顔だとジェイコブは感じる。


その答えは数秒後にわかった。


もう1匹のキツネもヒュンと変身した。若い女である。


我らのパーティはこの女に会ったことがある。


そう、レストランでバイオリンを弾いていた少女だ。


その顔立ちから、この二人が兄妹だと想像できる。


「驚かせてごめんなさい。あなたたちが困っているようなので、僕たちが力になれればと思いまして。」


もはや、さほど驚くべきことではないかもしれぬが、キツネだった若い男は言葉をしゃべった。


何も答えぬ4人に対して、若い男は笑顔で続ける。


「妹から話は聞いています。あなたたちが、悪い人ではなさそうですので、お手伝いをしたいのです。」


少しの沈黙の後、やっとジェイコブが口を開いた。


「俺たちの力になってくれるのはありがたいが、会ったばかりの者に、俺たちが何をしにここに来たかのかを話すわけにもいかないぞ。」


これまで黙っていたバイオリンの少女が、ここで初めて言葉を発する。


「わたくしはあなた達の目的を存じております。」




表情を変えずに話す少女を、ジェイコブは疑り深く見る。


「あなた達が寝ている間に、バイオリンの音色で脳の記憶を覗かせてもらいました。でも大丈夫です。他の者には言いません。」


無表情に話す少女の横で、対照的に兄らしき若者はニコニコと笑顔を見せている。


「僕たちを信じて下さい。」


その言葉のあと、ジェイコブとユキは草むらの奥に気配を感じ、身構える。


「ハハハ、さすがじゃのう。」


草むらから、大きな白い毛のキツネが出てきた。






「安心せい。わしは、その兄妹の祖父じゃ。」


そう言って、ジェイコブたちの前に姿をさらす。


「どうやらお前たちは、あの穴を塞ぎたいようじゃのう。そして、二度と誰もあの穴の底に入れぬようにしたい。そうじゃろう?」


言葉をしゃべる大狐の問いに、ジェイコブは小声で答える。


「・・・そうだ。」


その答えに満足し、大狐が頷く。


「もうあの穴の底には救うべき者がおらん。心清き者は、孫娘のミリィが全て連れ戻した。あとは、この森に帰らぬ方がよい者ばかりじゃ。


だから力を貸してやろうというのじゃよ。


しかし、お前たちが考えている方法ではうまくいかんぞ。」


大狐の目は威厳に満ちており、ロイとシカルは、まともに相手を見ることが出来ないほどである。


「大きい者よ。お前の力を使い、岩で塞ごうとしても無駄じゃぞ。


なぜなら、お前以上の力を持った者は、この森にはいくらでもおる。


小さい者よ。魔法陣を描いて穴への進入を防ごうと考えておるな。


そもそも、魔法陣は人間が描けるものではないぞ。」


魔法陣の考えを読まれていたことに、シカルはおそれをなす。


「川底に穴を空けて、洞窟を水で満たそうとする考えも、逆に森の穴を目立たせるだけじゃ。あっという間に大騒ぎになり、お前たちの手に負えぬものとなろう。」


ジェイコブは確かに、そのようなことを考えていた。


「何かいい方法があるか?」


ジェイコブの質問に大狐は笑って答える。


「完璧な方法があるぞ。ハハハ、しかし只では教えられぬぞ。


教えてやるからには、見返りを要求してもよかろう。」


「なるほど、見返りか。本当に完璧な方法ならば、それに見合ったお礼はしなくちゃならないな。」


「ハハハ、話のわかる男だ。ますます気に入ったぞ。気に入ったついでに、その方法を少しだけ今教えてやろう。


封印だ。われら森の生き物が近づけぬ封印をし、あとはめったに森の中に入らぬ森林兵士に見つからないように、土の中に埋めておけばよい。


ここまでは、只で教えてやったぞ。だが、後はお前たち次第じゃ。


これ以上知りたければ、わしは契約を求める。」


「契約だと?」


「ハハハ、封印の方法を教えてやる代わりに、契約を結びたいのでな。見合った取引だと思うぞ。」


「どんな契約だ?」


ジェイコブはニヤリとしながら、大狐に尋ねた。


「お前か、或いはその黒髪の女。仮にどちらかが1年以内に死んだならば、死後わしの孫の奴隷となれ。


お前か黒髪の女、どちらか一人の契約でいいぞ。


黒髪の女ならば孫息子の奴隷に、お前ならば孫娘の奴隷にする。契約期間は、お前のたちの仕える孫が死ぬまでじゃ。」


沈黙が流れ、森の風がジェイコブとユキの髪を揺らす。


「死後ってどういうことだ。俺が死んだら、この森で復活でもするのか。」


「ハハハ、その通りだ。契約したならば、死後は狐としてここで蘇る。悪くはなかろう。


お前と黒髪の女は腕が立つ。あの世に行ってしまうには、少し惜しいからのう。」


「1年以内に私たちが死ななかったならどうなの?」


我慢出来ずにユキが質問する。


「この契約は、1年を過ぎても生きていれば無効になる。生涯奴隷契約じゃから、せいぜい1年が限度じゃ。ハハハ。」


「奴隷とは、どういうことをするの・・・?」


ユキは若い男の方を見る。


「ハハハ、奴隷は主人の命じることに従うだけじゃ。それに逆らうことは出来ぬ。」大狐が答える。


若い男は、紳士的にニコニコと笑顔を崩さずにいる。


「ちょっと考えさせてくれ。今すぐ返答しなくてもいいだろ?」


大狐はジェイコブに向かって頷く。


「たっぷりと考えるがよい。じゃが、その間にも穴に入る者たちがおらぬとも限らぬぞ。」大狐が視線を動かす。


ジェイコブが後ろを振り返ると、3人の死者が穴の付近でウロウロとしていた。


ミリィと呼ばれた少女がパーティの横を駆け抜け、いつの間にかバイオリンを手に取ると、死者の周りで耳障りな音楽を奏でた。


すると、死者は逃げるように森の奥へと帰って行った。


「ハハハ、ミリィはやさしい子じゃ。


そもそも、あの娘がお前を欲しがったのが、この話の発端じゃ。


あの娘ならば、お前を悪いようにはせんじゃろ。」


ジェイコブは大狐に尋ねる。


「ならば、なぜ契約を俺だけにしなかった。その方が望みに叶うだろう。」


「ハハハ、それはな。お前が一番よく知っておるだろう。


お前はほぼ確実に1年以内に死ぬ。


今でこそ我慢しとるが酒がやめれぬのだ。


次に飲めば、それこそ酒から手が離せぬようになるじゃろう。そして今でさえ壊れている内蔵をさらに壊して死ぬる。


だから公平に、もう一つの選択肢を用意してやったのじゃ。


のう、ユキという女よ。お主ならば、よほどのことがない限り1年を過ぎても生き延びよう。


だから、この奴隷契約が成り立つ。まさに公平というもんじゃよ。


男が来た方が孫娘は喜ぶが、確率の低い女でも良い。


選ぶ権利は、お主たちにあるぞ。」


ユキ、シカル、ロイはジェイコブを見る。


ジェイコブはひどく汗をかいて、顔を歪ませ、ヘラヘラと笑っている。


「わかったわ。私が契約する。」


それを見たユキは、大狐の元に進み出た。


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