第23話 地下10階 最深部から地上へ

遠くから―――はるか遠くから聞こえてくる音にユキは気づいた。


そして、自分がいつの間にか寝てしまったことに驚いた。


少女はいなかった。ノッペラボウも。


ジェイコブとロイは、ソファで寝ている。


厨房の奥では、シカルも寝ている。


何時間たったのだろうか?


胃の消化具合の感じからすれば、4時間くらいだとユキは判断する。


これだけ寝れば、彼らも大丈夫だ。


ユキは、ガラス越しに通りを見て、誰もいないのを確認すると扉を開けた。


音の方向からすると、階段を下りた先、地下10階からだろう。何か戦いが起きているようだ。


看板に巻き付けていた黒いヒモを外し、それで自分の後ろ髪をまとめる。


ジェイコブがこっちを見ていた。


「起こしてしまったようね。でも、そろそろ出かけましょう。下で何か騒ぎが起こっているようだわ。」


ロイとシカルも起こされて、身支度をする。




このレストランの素晴らしいことは、トイレがあることだ。


水洗のトイレで、レバーをひねると、上からパイプを伝わって水が流れ、汚物を流してくれる。


そしてその汚れた水は、別の下水パイプを通って下の階へと流れていく。


実に清潔であり、パーティの面々がその仕組みに感心していたときに、突然、ボッ!と爆音が響いた。


ジェイコブとユキは顔を見合わせる。


その音はトイレの方向からであったが、音の正体がロイの屁であるとわかるまで、しばし時間がかかった。


原因がわかると、ジェイコブとユキは何事もなかったかのように、無言で準備を続けた。


ロイがトイレから出て荷物を背負うと、4人の地下冒険者は、憩いをもたらしてくれた砂漠の中のオアシスのようなレストランを後にした。




――地下10階――




地下10階への階段があるところは、にぎやかだった数時間前とは違って今は誰もいない。


パーティの隊形は、ジェイコブとユキが前を行き、ロイが真ん中、シカルが一番後ろにいて背後を警戒する。




勇敢な我らのパーティは階段を降りた。


一直線に伸びる広くて長い階段である。階段を降りた先に、人影は見えない。


そうとあれば、ジェイコブとユキの2人が風のように駆け降りる。


一足早くユキが地下10階の地を踏む。


ここの床はデコボコに荒れている。床だけではない。壁もゴツゴツと荒削りだ。


照明も華やかさかない。城に入る前と同じ簡素なランプである。


つまりは、ただの鉱山の坑道に戻ってしまったのだ。


道は三手に分かれている。


真っ直ぐに進む道と、斜め右、斜め左に進む道だ。


中心部への道はない。


それもそうだ。この重い城を支えるのだから、むやみに掘削して、城が崩れてしまっては大事である。


3つの道すべてから、戦いの音は聞こえてくる。


ロイとシカルが階段を降りるのを待って、パーティは真ん中の道を進む。


戦いの声は次第に大きくなる。


そして洞窟を抜け、開けた場所にでた。


見上げると天井は、はるか高く限りない。


その下に城の外観がそびえ立っているのだ。


城の最上階につながる橋の構造は、橋の真下がアーチ型に大きく、くり抜いてあるのがわかる。


ロイは、あそこの橋を通って来たのが、はるか昔の出来事のように感じていた。


「様子を見てくるわ。待ってて。」


ユキが、戦闘の声が聞こえる左の方へと走って行った。




ユキが目にしたものは、巨人とオークの戦いであった。


読者諸君。この巨人は「トロル」と言う一つ目の化け物である。


たった1匹のトロルに、オークの大群が剣と槍、弓で戦いを挑んでいる。


城に入ろうとするトロルを、オーク兵隊がくい止めているのだ。


数で圧倒するオークだが、積み重なった死体が苦戦を物語っている。


トロルは次々にオークを掴んでは、頭から首を噛み切っており、目を覆いたくなるほどの残酷な光景である。


戦いは、城の正門で繰り広げられている。そこからは、いくつものレールが闇の中へと伸びている。


城の入り口には、裸の女神が2つの柱に彫刻され、戦闘にふけるオークとトロルをやさしく見守っていた。


状況を理解すると、ユキはすぐさま引き返し、ジェイコブたちに説明した。


「化け物同士が戦ってくれるのはありがたい。今の内に森に続く道を探そう。」




我らのパーティは、余計な戦いに首を突っ込まず、まず城から離れる。


離れてから見上げる城は、美しく照らされており幻想的だ。


改めてまわりを見渡すと、ランプの明かりが、ひとつの方向から城に続いているのがわかる。


おそらく、老婆が灯したのであろう。


「あのランプを辿って行くと、森へと行けそうだな。」


薄暗い中、パーティは明かりの方へ進む。




「こんなところに・・・池があるわ。」


ユキの言うように、柵に囲まれた大きな人工の池がある。しかし、そこからは汚水の匂いが漂っている。


その池に、城から延びたパイプから、水が流れ出ている。


「岩をくりぬいて、下水溜めを作ったんだね。でも、よくあふれないもんだ。」シカルが言う。


下水の池は左右に大きく広がり、城の正門の方まで伸びている。


我らのパーティは下水池に架けられた橋を渡り、下水池の淵に沿って進んで行く。


地面が徐々に下っているのがわかった。


ジェイコブを先頭に、城と森を結ぶランプの道のところに近づく。


ランプの先は、洞窟へと続いていた。


レールも敷いてあり、ここが森へとつながる道であるのは、間違いなさそうである。


とりあえず一安心だが、森からの新参者が現れるかもしれぬ。


冒険者たちは気を引き締めて、洞窟へと入った。






洞窟に入ると、下り坂の勾配が強くなる。


道の真ん中にはレールが敷いてあるが、両壁は荒削りの坑道だ。


そして道の脇には溝が掘ってあり、そこを下水が流れている。


あふれた下水池の水が通っているのだ。


天井の高さは、ロイの身長の2倍といったところだ。


巨人トロルは腰をかがめながら、この坑道を通って来たに違いない。


我らのパーティが進む道は、グイグイと下る。


坑道の壁は湿っぽくなり、天井からはポタリポタリと水滴が落ちるようになった。


次第に坑道の横幅が広がって、ついにはレールが途切れた。


そこには、大きな池が広がっていた。


「ここが最深部だろう。」


ジェイコブは辺りを見回した。


池が大きく広がって、二つの人工島を中継に、3つの石橋が跨っている。


城の下水は、管を通って下水池へと流れ、さらに下水池の水は溝を通って最深部の池へと流れ込む。


「ここの水はどこへ行くんだろう?」


シカルはもっともな疑問を口にする。


なんといっても、川は我らのパーティの真上を流れているのだ。


「おそらく、地下水脈に流れているのだろう。」


ジェイコブは、適当な推測を返した。




パーティは3つの石橋を渡り、向こう岸に到着すると、さらに小さい洞窟が現れた。


ロイの頭ほどの高さしかない。


巨人トロルは、四つん這いになって来たのだろうか。


我らのパーティは1列になる。


先頭からジェイコブ、ユキ、ロイ、シカルの順だ。


案の定、坑道は登り坂になる。正しい道を進んでいる証拠だ。


もはやレールもない。


この洞窟を掘削した死刑囚たちは、手押し車で石を運び出したのだ。


坑道の湿りはなくなり、進むごとに急勾配になる。


ユキは、はるか道の先にポツリと影が浮かび上がっているのに気付いた。


パーティは歩みを止めて、じっと待つ。


すると影は先に進んで、見えなくなった。


「4本足の生き物だったわ。」ユキが言った。




不気味な生き物が気になるものの、なおも進むと、階段のような道になり、壁には土の成分が含まれるようになった。


さらに進むと、天井が崩れないよう、丸太と板で天井を支える造りに変わった。


死刑囚さんたちも、丁寧によく掘ったもんだ・・・とジェイコブは感心する。


一直線に上り階段は進む。


川の底から、崖の上の森まで登るのだから楽ではない。


ロイはハアハアと息を切らせているが、ジェイコブはあの4本足の動物が気になり足の速さを緩めない。


当然ロイも、自分のペースに合わせてもらうことを望んでいない。


そのようなわけで、ジェイコブに難なく付いていくユキと、遅れをとるロイとそれを見守るシカルの間は少しずつ開いていったのだが、その間に化け物が侵入する余地はない。


だから我々も安心して、我らのパーティが地上へと出るのを待とうではないか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る