第21話 レストランとバイオリン少女
ジェイコブとロイは、走るというわけではないが、早足で地下9階の大通りを進んでいく。
森の亡霊が多くいるが、彼らはジェイコブたちを見ても、不思議と何も興味をしめさなかった。
しかし、ついにオーク1匹とすれ違う。
オークは振り返って2人を見る。
何食わぬ顔をして突き進むジェイコブとロイ。
「人間だ!人間だぞ!」
オークは大声を出すが、幸運にも仲間は近くにいなかった。
森の亡霊たちも、オークの大声には目をしかめるだけで、2人には無関心だ。
そのため、人数的に不利と考えて、遠く離れて仲間が来るまで2人をつけるだけで襲っては来なかった。
ジェイコブは、オーク1匹ならばすぐに殺せるが、森の亡霊たちが動揺すると面倒なので、そのまま無視することにした。
すると、そのオークよりもさらに後方から、別のオークの大きな声が響きわたった。
「黒騎士の旦那が誰かに殺されたぞ!不審者が紛れ込んでるぞ、気を付けろ!」
「ここだぁ!ここに、その不審者がおるぞ!人間だ!」
すれ違ったオークが、仲間に向けて大声で叫ぶ。
オークたちの声を聞きつけ、コック姿のシカルが大通りに駆け寄ると、ちょうどジェイコブとロイが走っているところだった。
そのはるか後ろからは、オークが10匹ほど追って来ている。
「ジェイコブ!こっちだよ!」シカルが十字路を右に曲がるよう合図する。
ジェイコブはシカルの姿に気付き、右の通りに曲がった。
曲がってすぐのところで、シカルは分厚い扉を開いて、ジェイコブとロイを招き入れる。
2人が入ると、すぐ扉を閉めた。
ジェイコブとロイが招き入れられた場所は、奥に舞台がある演劇場であった。
今はまさに上演の真っ最中であり、舞台に明かりが灯され、客席には大勢の死の住人たちがいた。
舞台では、東洋風の着物を着た老人が、座布団の上に正座をしていた。
その後ろには、これも東洋風の着物を着た女が、猫の皮を使った楽器、三味線をジャンジャンと引いている。
老人はしゃがれ声で、死に行く運命の兵士の物語を唄う。
聴衆は皆、静かにその物語に聴き入っている。
シカルは立見席の後ろを静かに進み、ホールの端を目指す。
ジェイコブと、目立たぬよう中腰で歩いているロイは、シカルの背中を見失わないよう付いていく。
音が反響するように彫刻された端の石壁には、ひとつの木の扉があった。
シカルは、そうっと扉を開け、3人は奇妙な上演に耳を傾けることもなく、扉の奥へと入って行った。
ロイの両肩が触れるほどの、石壁に挟まれた通路を10歩ほど歩き、奥の扉を開ける。誰もいない休憩所に出た。
ソファが並び、絵や彫刻が飾ってある。
奥にはトイレもあるようだ。
まさに、演劇場のロビーだ。
昔はここで、掘削労働者たちが、演劇の感想を話し合ったのだろう。
「ほんと、ここには何でもあるな。まるで街だ。」ジェイコブは感心する。
「この階の大部分は、労働者たちが寝泊まりする場所だったみたい。
4人部屋が限りないくらいあるよ。そして、たまにこんなホールや、買い物をする場所があるんだ。」
シカルはなお続ける。
「これだけ広いと、下への階段はいくつもあるだろうね。でも、見つけたのは一つだけど。この先にあるよ。」
「よし。そこへ急ごうか・・・といいたいところだが、俺たちも休もう。何か食わなきゃ力も入らんぞ。」
しかし、事態は休ませてはくれないようだ。
ホールが騒がしくなったのだ。
「ロイ。」
ジェイコブが言葉を発すると同時に、ロイはテーブルとソファを持ち上げて、扉を固める。
これで、少しくらいは時間が稼げるかもしれない。
再びシカルを先頭に、ジェイコブ、ロイが走る。
ジェイコブは、頭の中の地図を整理する。
場所的にここは、円を描く大通りから、ひとつ外側に入った道であろう。
シカルを先頭にパーティが十字路を右に曲がると、街の通りのように、洒落た看板を出した店が数件見えた。
ここが、鉱山の中だというのを、忘れるような光景だ。
そしてその先には、手すりで囲まれた下への階段らしきものが見える。
しかし階段のまわりには、オークの姿が見えるので、強行突破しようとすれば、後ろから来るオーク共々、相手にしなければならないであろう。
見えている人数だけならば、さほど手こずらない、とジェイコブは考えるが、見えないところにどれほどの数がいることか・・・。
騒ぎを起こさないことに、こしたことはないのだが、どうやら他に方法はなさそうである。
ジェイコブがそのようなことを考えていると、視界に気になるものが映った。
軒を連ねる店の、ひとつの看板である。
落ち着きのあるレストランの看板に、細い黒ヒモが巻き付いている。
なぜ、このようなものが気になったのか。
ジェイコブは考えをめぐらせる。
どこにでもありそうな、黒いヒモだ。
なぜ気になったのか・・・?
その店の横を駆け抜けるとき、店内は薄暗くて良く見えなかったが、バイオリンの音色が微かに聞こえ、コーヒーの香りが漂った。
ジェイコブは振り返り、もう一度看板の黒いヒモを見て確認すると、急に声を出した。
「止まれ。ここに入るぞ。」
ジェイコブはレストランのドアを開けて、中に入った。
シカルとロイもすぐに続く。
ちょうど、このレストランに入るところは、誰にも見られなかった。
店内では、バイオリンの音が優雅な音楽を奏でていた。
あたりを見回す。
落ち着いた明かりの店内は、30人程度が座れそうな広さがあり、さびれた感じの何もないシンプルなレストランである。
バイオリンを奏でているのは、ブロンド髪の少女だ。
店内の奥にある壁際の椅子に座り、バイオリンを肩にのせて演奏している。
ジェイコブたちをチラッと目で確認したが、特に反応を見せてはおらず、演奏に没頭している。
人間ではない、とジェイコブは理解した。
なぜなら少女の長い髪から出る耳は、人間のものではなく、狐のようではないか。
端正な顔立ちからは、どこか冷徹な感じが漂って来る。
どうしてこんな所に居るのだろうか?オークを恐れていないのだろうか?
少女は、バイオリンを弾いているのを邪魔されたくないようなオーラを醸し出しており、ジェイコブは話しかけるのを躊躇して、代わりに目的のものを探しにカウンターの方へと向かった。
すると、古ぼけたツイタテに遮られそれまで見えなかったが、レストランの中央部が円形に凹んだ作りになっているのがわかった。
薄汚れた白い皮製のソファが円形に組んであり、今まで気が付かなかったが、そこに背広を着た者が7人座っていたのだ。
さらに、ジェイコブたちを血の気が引くほど驚かせたのが、彼らの顔である。
そこにいた者たちには、なんと・・・顔がなかった。
白い肌の上には、髪の毛、目、鼻、口・・・あるべきものがないのだ。
もはやそれを顔と呼ぶにはふさわしくないだろう。
顔を形作る部品がことごとく遺伝子から忘れ去られて、唯一、耳だけが残っている。
ノッペラボウの7人は輪のように両手を繋いで、おそらく・・・バイオリンの奏でる音楽を聞いているのであろう。
耳があるならば、ジェイコブたちが入ってきたことにも気が付いているかもしれないが、少なくとも、彼らの表情(もちろん表情などないのは承知だが)からは、何も読みとれない。
あまりにも奇妙な光景を見てしまったため、我らのパーティは固まったようになってしまった。
しかし落ち着きを取り戻すと、ジェイコブは相手に敵意がなさそうだと感じ、警戒しながらもカウンターへと静かに足を進めた。
すると、カウンターの奥の厨房から人影が現れた。
「良かった。気付いてくれたのね。」
髪をほどいた、ユキであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます