第20話 地下9階 不気味な黒騎士

――地下9階――




黒騎士がウイスキーの瓶を割った時、ジェイコブはもう地下9階の扉を開けていた。


そこは、シャンデリアの照明があり、岩壁には古代の神々が彫ってある。


なんとも豪華なフロアだ。


ジェイコブが出てきた場所は、その豪華で大きな通りから、少しくぼんだ位置にある場所だ。


トイレらしき入り口も見える。


ジェイコブは大通りを観察する。


通路は緩やかな曲線を描いて、左右に美しく延びている。


チラホラと森の亡霊がいるのが見えるが、地下8階ほどの賑やかさはなく、どこか静けさが漂う。


シカルがジェイコブに合流する。


「誰かが追って来てるよ。」


「ああ。たぶん黒騎士だ。シカル。先に行ってくれ。その格好なら大丈夫だ。左の方向がいいだろう。早く10階への階段を見つけてくれよ。はぐれたら、またここで。」


そう言ってジェイコブはまた扉を開けて、降りたばかりの階段を上って行った。


シカルはそれを見送ると、ユタユタと大通りを左に歩いて行った。




ジェイコブはコックの白衣を脱ぎ、それをひねって太い縄のようなものを作りながら、階段を駆け上がる。


そこへ、ロイが重い体を引きずるように降りてきた。


顔には粒のような汗が浮かんでおり、息も苦しそうだ。


「ロイ、剣を構えろ。ここで向かえ打つぞ。」


踊り場の壁を背にし、ロイは大剣を包んでいた布をとり、鞘から出して刃を光らせると、両手で柄をギュッと握り締めて、息を整える。


カシャリ、カシャリと黒騎士の重い鎧の足音が近づいて来る。


ピタリとその足音が止まる。


しかし、またすぐに足音がはじまる。


そして、階段を挟んで、向こうの踊り場に黒騎士が姿を見せた。


無言で向かい合う。


ジェイコブは全身に邪気が忍び込んで来るのを感じ、手の震えを抑えている。


沈黙を破ったのは黒騎士だ。


「人間か。何か企んでいるな。わしらをどうするつもりなのだ。」


「森に戻ってくれれば、俺たちの仕事も楽なんだがな。」


ジェイコブは汗を浮かべて、ニヤニヤとしている。


「森か・・・。あそこは死が支配する場所だ。


わしらも人間のように、生の喜びを享受したい。生に飢えておる。酒を飲み、肉を食い、女を抱きたい。それがいかんか?」


「この場所は、生きている者たちの場所だ。死者には死者にふさわしい場所があるだろう。」


「そう言うお主の体からも、死のにおいがするわい。


酒で内蔵がやられておるのだろう。先は短いぞ。何の使命かは知らぬが、そんなものは放棄して、わしと杯を交えようではないか。


飲みたくてたまらんのだろう。目の奥を覗けばわかるぞ。」


「お誘いありがたいが、仕事中には飲まんよ。


騎士さんこそ、上に戻って飲み直したらどうだ?」


「酒よりも・・・そうだな。お主は強そうだからな。


久しぶりに剣を抜きたくなったのだ。」


「こっちは2人いるが、それでもいいのか?」


「かまわぬ。」


その一言を合図に、黒騎士は剣を抜き、地を蹴ってジェイコブに襲いかかって来た!


黒騎士は階段を降りる勢いのまま、剣先を無防備なジェイコブに向けて突いた。


壁と手すりに挟まれた幅しかない場所である。ジェイコブは最小限の動きで剣先を横に避け、その動作は流れるように黒騎士の膝ウラへの蹴りへとつながる。


バランスを崩した黒騎士の首に、コックの服で作られた縄が一瞬にして巻かれた。


ジェイコブはどこで覚えたのか、東洋の格闘技で使われる技、背負い投げのように、腰の上に黒騎士の体重をのせて、首に巻いた縄を力一杯引っ張った。


クルリと黒騎士の体が宙で反転し、ガシャリと階段に叩きつけられる。


すかさず剣を握っていた黒騎士の手を踏みつぶし、手から放れた剣を蹴り飛ばすジェイコブ。


しかし、うつ伏せに叩きつけられた黒騎士は、残った手でジェイコブの足首をギュンと掴んだ。


そのあまりの力強さに表情をゆがめるジェイコブ。


いや、肉体的な痛さだけではない。これほどにまで接近したせいで、黒騎士の邪気を直接浴びているのだ。


ジェイコブの足は、引き抜かれるかと思うほどの力で引っ張られ、体ごと階段の手すりに叩きつけられた。


木製の手すりは壊れ、ジェイコブの頭からは血がにじむ。


負傷も心配だが、ジェイコブの足はまだ黒騎士の手に握られているのだ。


黒騎士は起きあがろうと、膝をたてたが―――またしても地に倒れた。


ロイの大剣が黒騎士に振り下ろされ、ジェイコブの足を掴んでいた腕が、鎧ごと切り落とされたのだ。


「うおおおおおお!」


ロイは大声を上げて、さらに大剣を振りかざす。


黒騎士はその声で意識を戻し、地からロイを見上げる。


ロイの怒りに燃える目を見たのが最後、甲冑の上に大剣が振り落とされた。


頭蓋骨ごと、甲冑は左右二つに砕き割れた。


割れた頭部から、流れ出る血と脳みそを呆然と見ているロイに、ジェイコブが声をかける。


「ありがとよ、ロイ。」


唇を震わせつつ礼を言うジェイコブだが、黒騎士の腕はまだ足首にしがみついたままで、それを外すのに手こずっている。


すると、シューという音とともに、黒騎士の肉体が煙を上げるではないか。


煙は激しくなり、黒騎士の肉体も、脳みそも、血も蒸発していく。


そして、黒い鎧と剣以外は、跡形もなく消えてしまった。


ジェイコブの足首を掴んでいた腕も、力なく外れて、ただの鎧の腕と篭手になった。


「なんなんだ・・・」


疲労困憊しながらも、呆気にとられるジェイコブ。


ロイも剣を構えたまま、唖然としている。


「大丈夫だとは思うが、また復活するかもしれんな。


なんたって死者の国から来たんだからな、何があっても不思議じゃないさ。とにかく早くここから去ろう。」


ジェイコブの言葉で、2人は疲労を引きずりつつ、階段を降りていった。


地下9階の扉を開けるとき、上からオークらの声が聞こえてきた。


「なんてこった!黒騎士の旦那がやられてるぞ!」


「甲冑が真っ二つになってる!一体何が起きたんだ!」


「隊長に知らせろ。急げ急げ!」


ジェイコブは、遠くからその声を聞きながら、邪気にやられた精神が長く持たないと確信した。


そして、ウイスキーが懐にあるのを思い出し、手で触ると、あの戦いの中でも割れずにいたことに感謝するのであった。

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