第18話 地下8階 料理人ジェイコブ
マットを見捨てる決断をしたことによって、ジェイコブの心に影が落ちた。
見捨てるということは、限りなくマットの死を意味するものである。
しかし、任務を遂行しなければならない。
シカルとロイも、それを十分に理解しているのでジェイコブを非難する気持ちはない。
ロイが再び鞄を背負ったのを合図に、3人になったパーティは、地下8階へとつながる階段を探した。
先頭はシカル。
頭をキョロキョロと動かせて、床、壁、天井に魔法陣がないかを確かめて進む。
次にジェイコブ。
ただボーッと先を見ている。
最後尾にはロイ。
剣を構え、半ば後ろを向きの姿勢で進む。
すぐに十字路に出るが、そのまま慎重に直進する。
そして、また部屋の扉を通過した。
「気をつけて。」
シカルは指さした先の壁には、マットを捕らえたのと同じ魔法陣があった。
ロイはまたしても苦労したが、無事に通りぬけた。
そして、突き当りには扉があって、その手前に大きな魔法陣とオークの首があった。
桶が置いてあったので、シカルは塩水をまくと、煙をたてて魔法陣が消えた。
突き当たりの場所に出ると、左右に緩やかに曲がった通路が延びている。
この円錐の形をした城の構造から想像すると、それぞれのフロアは円形になっているであろう。
実際に、突き当りの廊下を横に見渡すと、曲がっているのがわかる。
十字に交差した廊下もそうであった。
つまり、この階は廊下で二重丸を描いたようになっており、その二重丸を4等分するように、4本の直線廊下があるという構造である。
ジェイコブが突き当たりの扉を開けると、下りの階段が現れた。
ジェイコブ、シカル、ロイの3人は、扉の奥に入る。
「俺が様子を見てくるから、お前たちがここで待機しておいてくれ。すぐに戻ってくる。」
ジェイコブはそう言い残すと、スススッと階段を降りていった。
本当にすぐ戻ってきた。
「行くぞ。」
ジェイコブが言うと、シカルとロイは急いで階段を駆け降りた。
――地下8階――
扉を開けると、廊下があった。
なにやら、料理の香りが漂う。
広い廊下には椅子とテーブルがあり、くつろげる場所になっている。
そこでシカルとロイは、床に横たわったオーク4匹の死体を目にした。
首にはナイフが刺さり、今も血がドクドクと流れ出ている。
テーブルの上には酒とカードと金がある。賭博をやっていたようだ。
「ロイ、すまんがこの死体を片づけてくれないか。」
ナイフを回収しながら、ジェイコブが言う。
ロイは言われた通り、オークの死体を片手で持ち上げると、階段に繋がる扉の奥へと、ヒョイヒョイと投げ入れた。
シカルは、テーブルクロスで床の血を簡単に拭った。
ジェイコブは見通しのよいところへ出て、辺りを調べる。
ジェイコブの策は、森の奇妙な生き物たちとの遭遇を出来るだけ避けるために、昇降機のある中心部ではなく、外側に向かうというものだ。
城が円錐の形をしているので、一つの階を降りるごとに、外側が広くなっていく。
廊下の突き当りには大きな扉が見える。
「下への階段があるとすれば、あの扉の奥だろう。この匂いからすると、おそらく奥には厨房があるな。」
廊下の両側には、一つずつ部屋の扉があった。
ジェイコブは、そのうちの一つの部屋の扉を少し開けて、中を覗き込む。
「こちらの部屋も調べておこう。」
扉を開けて、3人が部屋の中に素早く入る。
ズラリと棚が並んでいる、大きな部屋だ。
棚に並ぶのは、食器類である。
皿や調理器具、大型の鍋など、昔は大人数の胃袋を満たすために活躍したであろう、食器の数々が並んでいる。
ジェイコブは、部屋をグルリと見回して、厨房方向に通じる扉を確認した。
その後、何百人分ものシチューを作れそうな大型鍋と、それを運ぶための台車、そして棚にある厨房用品の数々を眺めている。
「ロイ。この鍋を、台車に乗せてくれ。」
力持ちのロイは、難なく大型鍋を運んだ。
「シカル。これを着てくれ。」
ジェイコブは棚からコックの服を出して、シカルに投げる。
シカルはキョトンとする。
ジェイコブは、全身を覆うシワひとつない白衣にスッポリと手を通し、マスクをかけ、白手袋をし、白帽子を深くかぶった。
それを真似て、シカルもあわててコックになる。
大部分の肌を隠すことが出来たので、オークだと見間違えてくれれば儲けものである。
ロイも、自分でも着れそうなサイズを探そうとしたが、ジェイコブが止めた。
「残念だが、ロイに合うサイズはなさそうだ。それに、その巨体は目立ちすぎる。だから、すまんがその中に入ってくれ。」
その中とは、どの中だろうか?
ロイは一瞬考えるが、やがて、台車の上に乗っている大きな鍋のことだと理解した。
しかし理解はしたが、それが可能なのかどうかは、また別である。
「その大きな剣は、布に包んで鍋の横に置いて運ぼう。ロイ、何かあったらすぐフタをとるからな。」
冗談で言っているのではなさそうなので、ロイはあきらめて料理鍋のフタを取り、足をくねらせ、背中を曲げ、首を引っ込め、悪戦苦闘の末、なんとか収まった。
「シカルも何か起こったら、すぐ戦えるようにしていてくれ。よし、厨房の中に飛び込むぞ。」
ジェイコブはそう言うと、料理鍋のフタを閉め、台車をフン!と押した。
ゴゴゴと鍋を乗せた台車が、厨房用具置き場を進む。
勢い良くスタートしたものの、ふとジェイコブの目に止まるものがあった。
棚に積まれてあった、何の変哲もない木の箱である。
しかし、今のジェイコブは、するどい嗅覚を持っていた。
瓶の中に密閉されたものであるから、匂いなどしないはずである。
神様か、或いは悪魔がその存在に気付かせたと、言うべきであろうか。
台車を一旦止め、木の箱を開けると、やはり予想していたものがあった。
ウイスキーだ。1ダースのウイスキーが、中身はそのままで、保管されてあったのだ。
ジェイコブは、鍋のフタの上に、そのウイスキーが入った木箱を乗せた。
シカルは、棚にある無数の用具の中から、よく一発で見つけたものだと関心している。
しかし、このウイスキーをどう使うのだろうか?
ジェイコブが再び台車を走らせたので、シカルは先回りして次の部屋の扉を少し開けて確認した。
そこは食料庫であった。
誰もいないようだ。
扉を大きく開けると、台車がゴゴゴと部屋に突入した。
数日前までは、死刑囚らの胃袋を満たすための食材が保管されていたのであるが、今や化け物らに荒らされている。
空になったウイスキーの瓶も、あちらこちらに散らばっている。
この様子から見ると、この部屋にはもう酒は残っていないだろう。
ということは、ジェイコブが見つけたのは、貴重な酒である。
オークどもが、ノドから手がでるほど欲しがっているはずであり、目に付くところに1ダースも置いていていいのだろうかと、シカルは心配になった。
シカルは、さらに奥の扉を確認した。
扉に近づくだけで、にぎやかな声が聞こえてきたではないか。
オークどもの声だ。
ジェイコブがコクリと頷いたので、シカルはどうにでもなれとばかり、思いきって扉を開けた!
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