第17話 地下7階 魔法陣を突破しろ
――地下7階――
地下6階の2つの扉から漂う殺気も薄れ、一安心したところが、地下7階であった。
螺旋階段であるから、そのまま地下8階へと進みたかったが、問題があった。
地下8階には、見慣れぬ生き物たちが大勢いたのだ。
螺旋階段の手すりから斜め下から見える範囲でも、30名以上は確認出来た。
ある者はテーブルに着き、ある者は床に寝ころび、ある者はせわしく歩きながら酒を飲み料理を楽しんでいる。
マットたちの耳にも、さすがに彼らの騒ぐ声が響いてくる。
見つからぬようシカルが顔を出すと、オーク、クモ女、亡霊、ピョンピョン跳ねる配膳女の他にも、初めて見る黒騎士の姿が確認出来た。
(あの黒騎士はちょっと強そうだぞ。鎧の中には、何も入っていないって本当だろうか?)
「この階段を降りれば地下8階だが、見ての通りの賑わいだ。声からすれば、ここから見える数の数倍もいるだろう。だからこの階段は避けたい。」
ジェイコブが真顔で説明する。
「他にも降りる道があるの?」
シカルの問いに、ジェイコブはうなずく。
「それはわからんが・・・。この階は案外広くてな、ほら、あそこに廊下があるだろ。」
ジェイコブがあごで指した先には、薄紅色の明かりに照らされた、細い通路がある。
マットたちもそれには気が付いていたようだ。
そもそも、この地下7階は奇妙である。
地下6階とは違い、この螺旋階段の周りから見渡せるところには、ひとつも扉がない。
あるのは薄く灯る明かりと、裸の女が描かれた壁の彫刻と、細い廊下が4つあるだけである。
「あの廊下の奥には、それぞれ下につながる階段がある・・・かもしれん。」
「そうだね。この下の階はさらに広そうだから、可能性はあるよね。」シカルは同意する。
「しかしな。」ジェイコブは、その廊下の前に立った。
「おかしなものがあって、入れないんだ。」
「おかしなもの?」マットとシカルが声を合わせて驚く。
近寄って見ると、地面には血のようなもので、円と、その中に複雑な模様が描かれている。
そしてよく見ると、廊下の奥には不気味にも、オークの首が10首ほど、積み重なっている。
「う・・・!」マットは言葉につまる。
「ユキと話し合った推測だが、この奇妙な図形は、この先へ入って行く者たちの、首から下を消してしまうものかもしれぬと。」
「魔法陣が、現実にあるなんて・・・」シカルは、あっけにとられている。
「ん?これは魔法陣というのか?」
「うん。話では聞いたことがあったけど、まさか現実にあるものだとは、思っても見なかったよ。」
「これと同じものが、それぞれの廊下に描かれてある。要するに俺たちは、この奇妙な図形を突破するか、それともあの螺旋階段のところから行くか、どっちかだ。」
「おい、ちょっとまってくれ。ユキはどうなったんだ?先に進んだんじゃなかったのか?」混乱するマット。
「ああ、ユキはこの魔法陣とやらを越えて行った。あの小さな配膳おんなたちが、これを越えて料理を奥に運ぶのを見てな。
ユキの勘だと、この魔法陣は男から身を守る罠であって、女は大丈夫じゃないかと言うんだ。」
「それで・・・ユキは進んだのか?」
「そうさ。俺の見ている前で、この魔法陣を踏みしめて行った。実際何ともなかったよ。」
「女ってやつは・・・なんとも度胸がいいじゃねぇか。」マットは言う。
「オークにだけ効き目のある魔法陣じゃないの?」
ユキの推測は何ら根拠があるものではなく、シカルの問いはもっともである。
「見てみな。」
そういうと、ジェイコブは魔法陣に向かってツバを吐いた。
ツバが魔法陣の上空内に侵入すると、ほんのかすかに魔法陣が緑にひかり、ツバは跡形もなく消え去った。
「ユキが吐いたツバは消えなかったんだ。」ジェイコブが言う。
「うわっ。これじゃ、飛び越えることも出来ないな・・・」
手で顔を覆うマット。
「要するに、色欲にとらわれたオークどもから身を守るために、おんな等がこの魔法陣を描いたのだな。」
「とすると、この奥にはおんながいるのかな?」
シカルは、なやましい明かりに浮かび出された道を眺める。
「道の両側には、部屋の扉がいくつかある。ユキの勘では、すべて女の部屋だ。」
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」マットがジェイコブにたずねる。
「まったく・・・策が何も思い浮かばんよ。」
ジェイコブは、ニヤリとする。
「ここは、昔もそうだったけど、今でも売春部屋じゃないのかな。お金や酒をくれる男は、招き入れるはずだよ。」
シカルが言う。
「だから、一時的に効果を解除するする方法はあると思うよ。実際、僕が本の中で知った魔法陣には、すべて解除法がある。」
「ほんとか、でかしたぞシカル!」
マットの表情が一瞬で明るくなった。
「魔法陣には決まりがあるんだよ。魔力が強力な魔法陣ならば、それに比例して、解除方法も簡単でなければならないんだ。」
「かなり強力な魔法陣だぞ、これは。人を消してしまうかもしれないから・・・。ということは、俺たちでも簡単に解除出来るんだな?」マットが問う。
「でもね。それには道具が必要なんだ。もしかして、あれがそうかもしれないよ。」
シカルが指さした先、オークの首が重なるその向こうに、桶がある。
「あの桶の中には、なにかの液体が入っているはずだよ。それをこの魔法陣に軽く撒けば、一時的に解除されるか、あるいは魔法陣そのものを消してしまうことも可能だと思う。」
しかし、大きな問題があるのは、誰の目にも明らかであった。
「おいおい、あの桶って、この魔法陣を越さなきゃいけねぇじゃねぇかよ・・・」マットの頭がガクリと下がる。
「強力な魔法陣だから、あのように近くに解除道具が置いてあるんだよ。でも、置く場所はこっち側だろが、向こう側だろうが、関係ないからね。むしろ、解除するのが部屋のおんな達なのだから、向こう側にあるのが当然だよ。」
「クソッ!目の前に見えてるのになぁ。上空に侵入しただけでダメなら、ムチもつかえねぇじゃないか。」
「しまったなぁ。ユキを先に行かせるべきではなかったか。」
ジェイコブは、それでも仕方ないという素振りを見せた。
「あの桶の中身が、ただの水ならば、僕たちの持っている水でもいいんだけど・・・」
シカルの言葉で、ロイは水筒を取り出して中の水を魔法陣に軽くまいた。
しかし、それは魔法陣の域内に入るやいなや、空中で消滅してしまった。
「うーん、桶の中はただの水じゃないようだね。こうなったら・・・」
シカルは何を思ったか、魔法陣のすぐそばまで歩み寄った。
「お、おい。アブねぇぞ。」
マットの言葉にも耳を貸さず、シカルはゆっくりと杖を魔法陣の域内にかざす。
驚いたことに、杖は消滅しないではないか。
続いてシカルは、自信のつま先を魔法陣におそるおそる忍び込ませる。
息を止めて見つめるマット。
シカルのつま先が、さらに魔法陣の中に侵入し、ついには、片足がすっぽりと域内に入ってしまった。
それでも何も変化もない。
ついにシカルは意を決して、スクッともう一歩を踏み出し、体ごと魔法陣に入り込み、そのまま、何事もなかったかのように、向こう側に歩き出た。
「お、お、お、おいおい!どうなってんだよ!大丈夫なのか?平気なのか?」マットは早口でまくし立てた。
「君たちは真似しちゃダメだよ。ちょっと待っててね。」
シカルはそう言って、オークの頭が積み重なったところにある桶を手に取った。
慎重に桶の液体に手を入れる。
普通の水のようだ。
そして、手にくみ取ったその水を魔法陣に撒いた。
すると、かすかな煙をたてて魔法陣が消えていくではないか。
「もう大丈夫だよ。」
そう言われても、マットは不安そうにムチをかざし、足をおそるおそる、這うように進ませる。
「た、確かに大丈夫そうだな。」
そして、飛び越えるようにしてシカルの横にたどり着く。
「ヒエェ。ちょっと寿命が縮んだぜ。」
それを見て、ジェイコブとロイがゆっくりと突破した。
「しばらくすれば、また復活するかもね。そして、この水は塩水だね。」
手のひらを舐めてシカルが笑みを見せる。
「それより、どうしてお前は大丈夫なんだ。」マットが問いつめる。
「さ、さあね。アハハ。魔法陣のことには詳しいからね。まぁちょっとしたコツもあると思うよ。へへへ。」
不信の眼差しで見るマットを無視し、シカルは先へ進もうとする。
「おいちょっと待てよ、シカル。何か俺たちに隠してるだろう。」
無視して進むシカルを追うマットだが、
「うわっ!!!」
急に大声を出したかと思うと、なんと、横壁の中に吸い込まれて行くではないか!
「マット!」
ジェイコブが手を差し伸べるが、それも間に合わず、マットが壁の中へと消えてしまった。
「しまった!」真っ青になるシカル。
「ここの壁に小さな魔法陣が描いてある。くそ、全く気付かなかった・・・僕が気付かなきゃいけないのに・・・」
「マットはどうなったんだ?」ジェイコブが聞く。
「この大きさからすると、そんなに強力な魔法陣じゃないと思う。たぶん、この壁の奥にある部屋へ引き込まれただけじゃないのかな。そうであって欲しいけど。」
「あそこが部屋の扉だな。」
ジェイコブは道の右側の奥にある扉を確認する。
「この壁の魔法陣は壁に描いてあるから、しゃがむか、飛び越えるかして、延長領域内に入らなければいいんだよな?」
「うん。だけどちょっと待って。他にも描いてないか確認するから。」
シカルは素早く壁や地面を調べる。
「大丈夫、いいよ。」
その言葉が言い終わらぬ内に、ジェイコブはヒュンと、自分の腰ほどの高さにある、見えない棒を飛び越える。
ロイはというと、まず背中の鞄を向こう側に投げて、地面に仰向けになり、腹をへこませて手足で床を這わせて進んだ。
当然、そんなロイの奮闘を見守る余裕などなく、他の二人は先に進む。
「この扉だな。」
「ちょっと待って。」シカルが扉を調べる。
シカルは入り口の床を指さす。
「そこにもか・・・」
「うん。目立たないように薄い色で描かれてるね。半円しか見えてないけど、そこそこ大きな魔法陣だよ。解除道具は当然扉の向こうだろうね。」
「シカル。お前は扉の向こうに行けるんだな?」
「うん、これが同じ種類の魔法陣だったらね。だけど、解除法をすぐ見つけられるかどうか・・・」
「ここから部屋の中にナイフを投げても、この魔法陣の上を通過させることは出来ないのか?」
「たぶんね。男の手から投げたものだから、魔法陣の上でなくなっちゃうと思うよ。」
「・・・仕方ない。マットを見捨てて行こう。」
不気味な笑みを浮かべ、ジェイコブはそう決断した。
ジェイコブの決断を、他の二人はどう思ったかはわからぬが、とにかくその一言がこのパーティの運命を決めたと言ってよいであろう。
仮にシカルが扉を開けたとしても、部屋の主の許しがなければ、扉を開けた者は、その魔法陣からは出られなかったのだ。
さらに、部屋の主である彼女の魔法の力の前では、今のパーティの力では、太刀打ちできなかったであろう。
ジェイコブの非情な決断は、わが使命あるパーティを救ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます