第16話 地下5階 パーティは城に入る

――地下5階――




橋を渡った先は、城の屋根であり、城の入り口でもある。


円錐形の城の頂上にあたる部分であり、構造上それほど広くはないと予想出来る。


ジェイコブに続いてマット、シカル、ロイの3人が城へと入る。


すぐに、大きな昇降機が目に付いた。


今まで見てきたものよりも一回り大きく、作りも頑丈なのがわかる。


昇降機の周りには、横幅の広い階段が螺旋状に下に延びている。


この部屋には、トロッコがいくつか積んであった。


いってみれば、倉庫のような部屋であった。


そして、奥には柵があって、立ち入り出来ないよう柵の扉には鎖が巻いてある。


この柵の向こうには、岩を掘って作られた、大きな貯水タンクがあった。


貯水タンクのはるか真上には、天井があるのだが、つららのように岩を彫って、それを伝った水滴が、この貯水タンクに落ちるように作られている。


その水はどこから来るのかというと、天井のさらに上、青空の下の崖の近く、ちょうど今朝マットが立ち小便をした辺りに水脈があって、その水脈が岩にしみ込んで、チョロチョロと貯水タンクに溜まる仕組みになっているのだ。




「あの奥で・・・」


ジェイコブはあごで、整理されたトロッコの方を指す。


「カエルがおびえてるぜ。」


よく見ると、巨大ガエルの尻が見えるではないか。


「オークの野郎に追いかけられていた仲間か。」マットはカエルの丸焼きの光景を思い出す。


「おい、カエルは縛られてるぜ。」


マットの言うように、近付いてよく見ると、鎖で手足もろとも全身グルグル巻かれている。


「俺とユキがここに居た時には、自由だったけどな。さきほどのオークの連中が、後で食おうとして縛ったんだろう。」カエルの目の前に立つジェイコブ。


巨大ガエルは身動きできず、大きな目をギョロギョロさせている。


「俺たちが食う・・・わけにもいかないか?」ジェイコブは真剣な顔で皆の顔を見る。


ジェイコブが真剣な顔をしている時は、頭の中では真剣ではないのかもしれないな・・・とマットは思う。


「食べたくなんかないよ。しかしそのカエルは逆に僕たちを食べるかもしれないよ。」シカルが螺旋階段の下を気にしながら言う。


「階段は気を付けて覗いた方がいい。下には化け物が多くいるぞ。」


「ひぇっ!」シカルは頭を引っ込める。


「このカエルさんを、逃がしてやるのも面白いかもしれないな。階段を降りたらちょっとした騒ぎになって、俺たちが進めるスキが生まれるかもしれないぞ。」ジェイコブはそう言うが早いか、カエルを縛っている鎖を難なくほどいた。


マット、シカル、ロイの3人は後ずさりする。


「ほら。自由に好きなところ行っていいぞ。出来れば階段を降りてくれ。」


巨大ガエルはノソノソと這ってジェイコブから離れると、ピョンと跳んで橋の方へと行った。


階段には見向きもせず、むしろ逃げるように去って行った。


「やれやれ。殺気に気づいたか。」


「殺気ってなんだ?」マットがたずねる。


「感じないか?この下にすごい殺気を持ったやつがいるぞ・・・」


マットらは息を呑む。


「どんな奴なの?」シカルはおそるおそる階段から離れる。


「さあな。部屋の中に居るから、姿は見えない。」


ジェイコブはそう言って、螺旋階段から、少し顔を覗かせる。


はるか下の方からは、かすかに賑やかな声が聞こえてくる。


マット、ロイ、シカルも慎重に階段の下を覗いた。


大きな昇降機の周りに、グルリとら何重にも螺旋状の階段が幾何学的な模様を描き、はるか下へと渦を巻いている。


「誰か上がってくるぞ。」ジェイコブが言う。


皆が後ずさりをしたが、ジェイコブだけは階段の手すりに顔を隠して様子をうかがう。


間もなく、異常に背の低いおんな達がお盆を頭にのせて、ヒョコヒョコと階段を跳ねて上がってきた。


3人のおんなは、我らのパーティがいるひとつ下の階で跳ねるのをやめ、扉をトントンと叩いた。


「おりょうりおさけを持ってまいりました~」


間の抜けたような声が響き、まもなく扉が開いた。


「あら、どうもありがとうよ。」


若いおんなの声がする。


部屋の奥から、声の高い男一人の笑い声も聞こえてくる。


色におぼれた情けない老人のような声だ。


着物をまとった女が料理を受け取ると、白い脚が一瞬あらわになった。


廊下に出て料理を受け取り、扉を閉めようとする時、女はふいに上を見た。


陰から覗いていたジェイコブと目が合った―――


ジェイコブとしては、不用意過ぎた。


しかし、女は何事もなかったかのように扉を閉めたのだ。


ジェイコブは激しい緊張の中、長い間ヒョコヒョコと階段を降りていく背の低い配膳おんな達を見送った。




「あの扉はかなり厚いようだな。それに立て付けもいい。音を全く漏らさない。」


ジェイコブは、自分でもどうしてか分からないが、着物の女と目が合ったことを伏せておいた。


そして、もう警戒する必要はないとばかり大胆に顔を出し、下の階を調べる。


「立て付けも何も、基本的にここは岩の塊の城だろ。しかし、色っぽい声だったなぁ。」マットも顔を出して扉を凝視している。


「もしかして、あの部屋はあれじゃないの?グレイが言ってた、死刑囚たちが女の人を・・・。」シカルも興味深そうに下の階を見る。


「そうだろうな。坑道を掘削する死刑囚が女を抱くときに使われた・・・つまり、数日前まで、目も見えず言葉も知らない女が住んでいたのだろう。」


ジェイコブはさらに続ける。


「銀の採掘が盛んな頃には、売春婦たちが居て、最も値の張る女たちがこのすぐ下の階の、立派な部屋に住んでいたということだ。たぶんな。」


「じゃ、安く買える女もいたってこと?」シカルが聞き返す。


「ああ。まず俺たちが見ているあの部屋の階、つまり地下6階ということになるかな、そこにはさっきのような部屋がもうひとつある。


ここからは見えないが、扉がもうひとつあるんだ。俺たちの足の真下に。この2部屋が最高級の美女が居た部屋だろう。


そしてもうひとつ下の階、つまり地下7階だな。結構広い場所なんだが、そこにはいくつもの部屋がある。フロアの豪華さは少し劣るが、装飾してある壁、色付きのランプ。たぶん売春部屋だろう。」


「なぁんだ、地下7階まで降りたんだ?」


シカルの問いにジェイコブは答える。


「ああ。しかし行き詰まったんでな。俺は引き返してユキが一人で先に行ったよ。」


「行き詰まった?」扉から目を離さず、マットが問う。


「まあ、行けばわかる。もう一つの部屋に料理が運ばれないうちに、急ごう。」




我らの4人パーティは、慎重に足を踏み出した。


この螺旋階段は、手すりはもちろん、踊り場も木で組み立てられたものである。


しかしかなり丈夫であり、作られてから長い年月が経つであろうが、きしむ音すらしない。


ロイの巨体の重みにも、全く動じないのである。


仮にきしむ音が鳴ったところで、あの遮音性に優れた扉に跳ね返されてしまうであろうが、とにかく心強い階段であるのだ。


この岩の城の特徴は、階と階の間が長いということである。


そのことは、パーティの面々も目で見て感じたことであるが、歩いてみると思ったよりも長い。


決して緩やかな勾配とは言えない螺旋階段の、丸々3周分が階と階の間を結ぶのに要する距離である。


中央には、巨大な昇降機が行き来するための骨組みがある。


これもほとんどが木製であり、見る限りでは傷みなどなく、頑丈そうな作りである。




螺旋階段を半周すると、ジェイコブの言うように、もう一つの部屋の扉が見える。


中では何が行われているのだろうか?


マットがジェイコブの顔を覗き見ると、ニヤついている。


つまり、今扉が開くとヤバい状況になるということだろう。


こっちの扉の奥にいる奴の方が、やばいのだ。


右手に大きな空間を見ながら、慎重かつ大胆に、パーティは足を進めた。


そして、螺旋階段の下りを3周終えて、地下6階へと降り立ったのである。




――地下6階――




しかし、パーティは地下7階への階段をすぐに踏み出す。


マットの額には汗がにじみ、ジェイコブの顔はオーク戦で見せた表情よりも、さらにヘラヘラと崩れている。


ロイはその巨体をなるべく縮ませようと、頭を低く構える。


マットとロイにも、扉の奥にいる者の殺気が伝わってきたのだ。


しかしシカルだけは別であった。


どうやら、殺気という目に見えないものは、何ら感じない体質のようで、いつもの表情で、後方を警戒しているマイペースっぷりだ。


なんとも頼もしいではないか。


そんなシカルの無感覚力に気付く余裕もなく、ジェイコブらは扉も見ることも出来ず、逃げるように地下7階へと早足で急ぐ。


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