第15話 パーティは、橋の上でオークと決闘する

身を隠す闇も煙もないので、マット、シカル、ロイの3人は堂々とその門へと進んでいった。


なぜ、地下坑道に門があるのだろうか?


しかし3人の疑問は、次第に門の奥に何があるのかという関心へと変わっていった。


門といっても扉があるわけではない。


半円に大きく切り取られ、その縁には彫刻模様が描かれてあるのだ。


マットを先頭に、横から我らの冒険者が門に到達した。


おそるおそるマットが門の縁から、奥をのぞき込むと・・・


そこには、坑道の中だというのに、信じられないような広大な空間が広がっていたのだ。




どうやって灯したのか、天井に所々点いてあるランプは小さく見え、それが天井の高さを表している。


そして、門から斜め下に向けて、ゆるやかで綺麗な石道がまっすぐ続いている。


だが、この道の両側は深くえぐり取られているのだ。


この光景で一番重要なところは、その道の先にあるものである。


そこにあるものはまさに、城といっていいだろう。


坑道の中に、巨大な空間があり、その空間には城がそびえ立つ。


その城の頂上部分に、マットたちの足下から伸びている長い道が繋がっているのだ。


諸君らは想像出来るであろうか?


闇の中で、ランプのかすかな明かりに浮かび上る不気味な城の姿を!


よく見ると、その城は建てられたものではない。


この巨大な空間は、元々銀を大量に含んだ岩であったのだ。


その岩が大量に削られ、運び出された。


周りから徐々に削り取られ、山のように中央部を残した。


その山に、城のような彫刻を施したのである。


なんという、奇想天外な光景であろう!




マット、シカル、ロイは、しばし無言でこの光景に見入った。


「こんな、馬鹿げたことが・・・」


マットは言葉を発するも、すぐさま言葉を失うのであった。


「待ってたぞ。」


呆然とする3人の前に、音もなく現れたのはジェイコブであった。




マット、シカル、ロイは、安堵の表情を浮かべた。


しかしジェイコブは、久しぶりの再会だというのに、感情がよくわからない表情で城を眺めていた。




「大丈夫だったか?」


ジェイコブは視線を城から動かさずに、尋ねた。


「ああ。なんとかな。」


マットもジェイコブの視線の先に従う。


「ユキは一足先に、あの城へ入った。彼女は隠れるのがうまいぞ。


城の内部は化け物たちが多くてね。見つからない自信があるからと言って、彼女はひとり潜りこんだよ。俺は君たちを待とうと思い、引き返して来たところさ。」


「そうなのか。待たせて悪かった。ところで、オークが3匹ここに来なかったか?」


マットが言っているのは、酒を運んで来るように命令されたオーク2匹と、クモ女を呼んで来るよう命令されたオーク1匹のことだ。


ジェイコブは足を進めながら、その問いに答えた。


「ああ。この下のどこかに・・・」


そう言って、道の端から下をのぞき見る。


「うへぇ。下に小さな明かりが見えるな。あそこまでかなりの距離だぞ。」


「まぁ、ここから落ちたら死ぬのは間違いないな。下に誰かいたのなら、さぞ驚いたろう。」


「やはり、下にも化け物がいるのか?」


「ユキがそう言ってたよ。あいつの目はどうなってんだかなぁ。」 


「あの、ジェイコブ・・・」ロイが手を差し出す。


「ほら、この金貨。ジェイコブのもんだろ。」


ジェイコブは初めて微かな笑みを見せた。


「ああ。欲しかったらやるぞ。」


「いや、いいだよ。おら自分で稼ぐだ。」


「そうだな。それがいい。」


そう言って、ジェイコブは2枚の金貨を受け取ると、それぞれ服の別の場所へと仕舞い込んだ。


なにやら、隠し場所が多い服らしい。




「さてと。あの立派な城へと入ろうじゃないか。」


ジェイコブはゆるやかな下りの橋を、緊張感の欠けらも見せずに進み、一同を先導して行った。




道の半ばほどを歩いていると、城の中からぞろぞろとオークたちが出て来るのが見えた。


10匹だ。


明らかに、我らのパーティに対し敵意をむき出しにしている。


「あいつだ!先頭のあいつが、ギザン隊の3人を奈落の底へと落としやがった!落ちたらグチャグチャになるくらい下によ!!」


「おっと。お仲間を落とすところ見られたようだな。」


ジェイコブは大勢のオークが雄叫びを上げて向かって来るにもかかわらず、ニヤケた顔を見せている。


なんという緊張感のなさであろう。マットは一瞬呆気にとられてしまう。


しかしマットはすぐ両手にムチを構える。


シカルも謎の多い杖を構えた。


ロイはズカズカとジェイコブの前へと歩み出し、まさにオークの標的となるべく、その巨体を立ちはだかせる。


「てめぇらの汚い顔は、おらがグシャグシャにしてやるだ。」


一人だけニヤついたままの顔をしているジェイコブは、頭の後ろで腕を組んだままである。


マットはそんなジェイコブが少し気になるようだ。


オークが、うなるような声を上げて、パーティに襲いかかって来た!


オークの隊形は、三角の形である。


ガタイのいいオークが、先頭で大きな盾を両手でガッシリと支え、その後ろに2匹。


他の者よりも長い剣を両手で握っている。つまり、この2匹は盾を持っていない。その後ろに3匹。


この3匹は、盾と剣をそれぞれの手に持っている。その後ろに4匹。


この4匹は、装備は前の3匹と同じであるが痩せており、少し弱そうに見えなくもない。




一方、我らのパーティの隊形はどうであろうか。


先頭には巨体のロイが立ちはだかっている。


その大きさたるや、オークの一番大きな者よりも頭五つ分高いだけでなく、横幅が太ったオーク2匹分はある。


何より肩幅が大きく、その皮膚の下にうごめく筋肉は、片腕だけで戦士一人分の力を持っていると言ってよいだろう。


武器には、ロイの背丈ほどもある大剣を持っている。


かなりの重量であるのは間違いない。


果たして、こんな大剣を素早く振ることができるのであろうか?


そのロイの右後ろにはマット。


金属のムチを右手に持ち替え、左手には二頭蛇鳥を多く死に至らしめたムチを握る。


一方、ロイの左後ろにはジェイコブ。しかし、ロイから大きく左に離れている。


装備は・・・ない。




早くもオーク10匹が襲って来た!ジェイコブは、この瞬間でさえ何も持っおらず、戦う構えすら見せず、ただ顔にニヤケた表情を浮かべているだけである。


ロイの真後ろにはシカル。


オークの方面からは、ロイの巨体に隠され、完全に死角となっている。


しかし、シカルの注意は、後ろにある。


それというのも、このオーク達の声を聞きつけて、仮に後ろから新たなオークが駆けつけたならば、挟み撃ちにという不利な状況になってしまう。


だから、新たなオークが後ろから来た場合に備え、頻繁に後ろ確認しているのである。


もし、後ろから新たなオークが襲ってくることになれば、自爆も覚悟で、後ろの敵を一人で相手にするつもりであった。




今ここに、両陣営がぶつかり合った!


三角形の頂点、大きな盾の両脇から、2本の長剣がロイに向けて真っ直ぐに伸びて来た!


このままでは、ロイに突き刺さってしまう!そう思われたとき、一つの長剣に、ヒュンと唸ったマットのムチが絡みつく。


コントロールを失った剣は、マットのムチに操られて大きく標的から逸れ、オークの手からもぎ取られた。


その長剣が地に着くよりも早く、カランともう一つの長剣が地に着く音が届いた。


そして、ロイが先頭のオークの盾を足裏で吹き飛ばした。


盾を持ったままのオークは、後ろに続くオークと共に地に背中を付けた。


長剣のオークが素早く起きあがり、ムチに持って行かれた剣を探す素振りを見せるや否や、マットの金属刃のムチが首に巻き付く。


マットがグイと力をいれると、そのムチはナイフのように肉に食い込み、大量の血しぶきがあがった。そして、首がコロリと胴体から転げ落ちた。


もう一匹の長剣オークはといえば、なぜかピクリともうごかず、倒れている。


ロイが、失神している盾のオークの頭を思い切り踏みつけると、頭蓋骨が潰れて脳ミソが散った。


3列目にいた3匹のうち、一匹のオークが手を付いて立ち上がろうとするも、ロイの大剣がうなり、首を体から切り離した。


3列目の他の2匹は倒れたまま、全く動く気配がない。


4列目にいた4匹のオークは腰をついたまま、呆然とこの光景を見ており、1匹は剣と盾を放り出し、城の方へと走った。


と思ったが、力なくそのまま地面にパタンと倒れた。


ロイが残った3匹のところに、殺気をたっぷりにじませ近寄る。


すると、マットが横から声をかけた。


「おい、やつら何か知ってるかもしれないぞ。この城の近道とか、安全な道とか・・・」


そこへジェイコブが口を挟む。


「いや。オークは俺たちが知りたいような情報は、持っていないぞ。道ならオークに訪ねるより、ユキに頼るのが一番安心だ。


オークから得られる情報のたぐいは、先に進めばそのうち俺たちも得られるだろう。」


そう言いながら、ジェイコブは倒れたオークたちの体からナイフを抜いている。


マットはやっと気付いた。


長剣を持ったオーク1匹、3列目のオーク2匹、4列目の走って逃げようとしたオーク1匹。ジェイコブが投げたナイフで死んだのだ。


ジェイコブのナイフを投げるそぶりが、全くマットの目に映らなかった。


ナイフを確認すると、長剣オークの目に深く突き刺さり、脳まで達しているのがわかる。


ジェイコブは相変わらずニヤニヤと緊張感のない表情をしながら、小銭を拾うような感じでナイフを抜いている。


ロイの怪力にも驚いたが、なんともすごい腕だ・・・




「腹一杯食ったり、酒をたらふく飲んだり、女とやったり、罵ったり、そんなことしか頭にないようなやつは、一刻も早く死ぬのがええだ。」


ロイはそう言うと、恐れおののいて何も出来ぬオーク3匹を、一振りで叩き切った。


少し正確に言うと、ロイから向かって右にいたオークの首から大剣が入り、わずかに斜め下に傾きつつ、真ん中のオークの肩に入り、左のオークの脇腹から大剣が抜けるという軌道であった。


「派手に血が飛び散ってしまったなぁ。これじゃ掃除は無理か。他のオークに見つからない内に、早く城の中に入ろう。」


ジェイコブはそう言うと、そそくさと城の方へ向かう。


マットがジェイコブの横顔を見ると、さきほどのニヤニヤした顔ではなく、今まで通りの引き締まった表情があった。


(どうなってんだ・・・。これじゃ、戦う時と、平時の表情が逆じゃねえか・・・)


「ほんと、血がすごいね。こうやって見ると、あいつらにも血が通ってたんだね。」


今回、後ろを警戒していただけのシカルが、あきれたように血で出来た抽象画を眺める。


ロイは、瞳に攻撃性を宿したまま、無言で城の入り口へと向かった。

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