第13話 老婆との会話

坑道の両壁のランプを灯す人影の正体は、やはり老婆であった。


そして必然的に老婆は、我らのパーティが進むでもなく戻るでもなく、ただ腰を屈めてじっとしている場所のすぐそばまで近づいたのである。


「おやまぁ。そこに誰かいるようだねぇ。」


年老いた女性の声にも警戒を緩めず、マット、シカル、ロイの3人は何も答えない。


「人間だね。ついさっきも人間を見たよ。しばらく人間とは会ってないんで、心が喜ぶよ。」


この言葉にやっとマットが口を開く。


「人間を見たのか。それはどこで見たのか教えて欲しい。」


3人は立ち上がり、ゆっくりと前へ進みランプの明かりに顔をさらした。


「おや、あの人たちの仲間かね?仲間は大事にしなきゃあねぇ。わたしのように、ひとりぼっちで年を重ねていくもんじゃないよ。


あの人たちは、この先の突き当たりですれ違ったよ。わたしが階段をえっこらせっと上ったところで、もの悲しそうな男と東洋の女が待っていたよ。真っ暗闇の中、お互い目が合ったねぇ。


なんたって人間なんて久しぶりに会ったからさ。うれしさで、わたしは泣きそうになったんだよ。


それに少し懐かしさを、あの物悲しそうな男に感じたんだよ。あの男は信用出来るだろ?」


老婆は、多くのシワが刻まれた顔に不気味な笑みを浮かべる。


「ああ。信用出来る男だ。」マットは素直に答える。


「そして、再び戻って来るんだろう?あんた達が来た地上に。」


「ああ、もちろんだ。」


「そうだろうねぇ。だから、託してみたのさ。」


「託した?」マットは聞き返す。


「そうさ、わたしのか弱い力では無理だからねぇ。少なくても、地上への出口がわからないうちは、持って来るわけにはいかなかったんだよ。」


「何を持って来るんだ?」


「宝じゃよ。大切に運んで来てくだされよ。わたしは出口で待っているからねぇ。お礼はいくらでもするからねぇ。フェッフェッフェッ。」


うれしそうに笑う老婆の唇に、泡が浮かぶ。


「そうか・・・。ところで、婆さんはここで何をしてるんだ?」


マットは、老婆の言っていることが理解出来ないものも、危害を加えるような感じはないので、少し安心している。


それを補うかのように、シカルは緊張感を保ったまま、杖を握りしめている。


「わたしはこうやってランプに火を灯しているだけだよ。下には乱痴気騒ぎの連中がいるからねぇ。


あいつらが楽しむことが出来るよう、ここを明るくしてるだけだねぇ。それより、ここは上っても上っても地下のままで、いつになったら地上に出られるんだい?」


マットは老婆の質問には答えず、逆に質問をする。


「下の連中って何だ?オークなのか?」


シワにまみれた老婆の顔から、眼光がマットを見据える。


少しの間を置いて、老婆は答える。


「そうだよ。あいつらが安心して楽しめるように、こうやって明かりまでつけているんだよ。わたしの暇つぶしの仕事じゃよ。」


「そうか。貴重な情報ありがとうな。じゃあ俺たちは先を急ぐから、婆さんも達者でな。」


マットは気味が悪いと感じながら、感謝のしるしに手を上げ、3人は逃げるように老婆から去っていった。


シカルが振り返ると、老婆はランプに火を灯す作業を続けていた。


よく見ると、杖からではなく指の先から火を出しているのが見えた。


(まさか、あれが魔女か・・・)


シカルは今見たことを胸の内に仕舞い込み、ランプで明るく照らされた坑道を、今度は前の二人に遅れずに早足で付いて行くのであった。






煌々と輝くランプのおかげで見通しが良く、闇の中の化け物を警戒する必要がないので3人は走った。


分かれ道はなく、すぐに地下4階へとつながる昇降機にたどり着いた。


「ジェイコブとユキが、あの婆さんとすれ違った場所は、ここだな。」


マットが下を覗き見る。


「やはり下も明かりがあるようだ。闇に隠れることは、もう不可能かもしれないな。オークと戦うことも覚悟しておこうぜ。これ、ありがとよ。」


マットはそう言うと、火の消えた松明をシカルに返す。


3人分の松明を鞄に収めると、シカルは杖に何やら細工をする。


杖の手持ちの部分をカチャリと開けると、油のようなものを流し込んでいる。


クモ女を派手に焼き殺した、あの油を補充しているのであろうか。


マットは背中からもう一つのムチを取り出した。


何やら金属的な輝きがあるそのムチを左手に持ち、右手には今まで使用してきたムチを握っている。


ロイは左腕に装着した盾を、しっかり固定している。


手で支えるタイプの盾には及ばないが、これで相手の剣を受け止めることが出来よう。


しかしロイがずっと持っている大剣こそが、何よりも注目すべきものであろう。


グレイの屋敷に隠されていた武器部屋の中から、飛び抜けて一番大きな剣を選んだロイは、難なくそれを持ち上げて見せた。


その大きさや重量のみならず、刃の肉厚さは「斬る」というよりも「叩き潰す」という表現の方が正しいのかもしれない。


各自装備を整えたところで、いよいよ地下4階へと続く階段を降りるのであった。






――地下4階――




坑道はランプで照らされ、もはや暗闇に隠れるということが不可能であるとわかる。


見つかれば、多数のオークを相手にしなければならないであろう。


それは死につながるかもしれぬ。


しかし、今更引けぬ。3人は命を捨てる覚悟で、地下4階の地を踏みしめた。




オークはいなかった。


しかし、遠くから声が聞こえてきた。


何を言っているのか聞き取れないが、オーク数名が大声で騒いでいるようだ。


その声から推測すると、数は少なくとも10匹以上だろうか。


3人しかいないパーティにとって、彼らに見つかってはならないのは明らかだ。


オークらの声の他に、もう一つの悩みがあった。


レールは一つの方向へ伸びていたが、レールのすぐ先には、いきなり十字路があるのだ。


レールは十字に交わり、交差の部分が回転式になっている。


にぎやかな声が聞こえるのは、左の道の方だ。


「さて、どの道を行くべきか。」


言葉を発したマットも、オークの声が聞こえる左の道へは行くつもりがない。


「金貨も落ちてねえだな。」


じっくりと調べたわけではないが、おそらくロイの言葉は正しいだろう。


これまでの経緯からすると、直進の場合は金貨を置いていなかったので、ジェイコブはここでも金貨を置かず直進したのかもしれない。


人生と同じで、まっすぐ進むときには、無意味に時間を使い他の道を調べたりすべきではないのだ。


マットは十字路におそるおそる近づくと、ムチの握り手の部分から、ナイフの刃を引き出した。


シカルは前方の道を、ロイは後方の道と降りてきた階段を警戒する。


マットはナイフの刃を十字路の壁から忍び出させ、反射させることによって、オークの声がする左坑道の様子を探ろうとしているのだ。


光あるところでは、光のありたがみを享受するべきである。


そして、その場で同じように右坑道の奥の様子も探る。


大丈夫だと思ったのか、今度は直接頭を出して左坑道を覗き見る。


「何をやっているのかはわからんが、オーク10匹くらいが酒を飲んでいるようにも見える。声が反響しているだけで、実際やつらはかなり遠くにいるぞ。」


シカルもゆっくりと顔の一部を出して、右坑道を確認する。


「こっちは何もいないようだよ。


グニャグニャ道の地下2階のせいで、もう方向感覚はわからなくなっちゃったけど、この十字路を真っ直ぐに進むと、あの崖の方角だと思うんだ。


ここも、とことん直進が正解じゃないのかな。」


「そうだな。俺たちは今朝見たあの崖へと近づいているのだろう。


何より、化け物がいるのがその証拠だ。


方向は間違ってなさそうだ。真っ直ぐ行こう。


酒で騒いでいる今なら大丈夫そうだ。


腰をかがめて、今だ、さあ渡るぞ!」


一瞬の速さで3人は交差を渡りきった。


見つかる危険性があるとすれば、ロイの大柄な体だが、注意してこちらを観察していない限り、大丈夫であろう。


渡り終えた後、念のためにマットは頭を出して確認したが、にぎやかな酒盛りの声が響くだけである。


「よし、見つかってない。」


パーティはマットを先頭に、シカル、ロイの順に並び、小走りで直進を再開する。


そして予想はしていたが、またしても交差が出現する。


当然のようにレールも交差するが、もはや初志貫徹で直進しかない。


交差坑道では大胆に頭を出し左右を確認して、またすばやく渡る。


「あの婆さん、この迷路のような広大なところに、1人で全部のランプを付けたのかよ。」あきれたようにマットが言う。


確かに、3人の視野に入るところだけでも、気の遠くなるような広さだ。


しかし、進むに連れて壁のランプの間隔は遠くなり、坑道自体の造りも雑になっていった。


「進むべき道を間違えたのか。」


それでも足を緩めず走る。ゴツゴツとした天井と壁は、段々と狭くなっていく。


それまで整った坑道を通ってきただけに、ここにレールがあるのが不思議に思えるほどの、小坑道になってしまった。


「明かりが見えるな。」


壁のランプの間隔が離れているため、所々薄暗くなってしまった小坑道の先に、マットの言うように煌々と輝く光が見える。


「突き当たりで大きな坑道に合流するね。」安心するシカル。


大坑道が直角に横切り、この頼りない坑道はそこで終わるようだ。


右に行くか左に行くかを選ばねばならない・・・そう考えていた時、威勢のいいオークたちの声が聞こえてきた。

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