第6話 女中マリーの心境
屋敷にはいつもマリーがおり、食事を作ったり、洗濯や掃除といった雑用をしていた。
だがこの緊急事態で、マリーの心は戦いに飢えていた。
ピートからも事情を聞いていたので、万一の時には化け物たちと戦って殺される覚悟もしていた。
殺される前に化け物たちを一匹でも多く殺したかった。
そのために、使い慣れたナイフを時折握りしめては感覚を確かめた。
しかしマリーが一番恐れていたことは意外なことであった。
仮に鉄格子と頑丈な岩山が化け物たちに打ち破られたなら、見張りの1人がここに駆けつけることになっている。
そして誰かが下山して、城へと知らせに行かねばならない。
マリーは、その役目だけは担いたくなかったのだ。
この屋敷に来てからというもの、食事を作ったり掃除をしたりと、まるでどこかのメイドのような雑用係りに甘んじている。
口には出さなかったが、正直、任務の一員に加わりたかった。
それも叶わず、そしてこのような緊急の事態にもかかわらず、自分が屋敷で留守番をしていることに我慢ならなかった。
だからせめて、岩山が打ち砕かれた時には、自分も戦いに加わりたかった。
とは言っても、グレイ様の従者から下山命令が出たら、行かざるを得ないだろう。
グレイ様も同じように、自らの計画の甘さを償うべく戦いたいのを抑えて、王の城へと赴いたのだ。
残念だけど、自分も結局はそうしなければならないだろう。
腹立たしいことに、女というだけで、危険から遠ざけさせられる。
グレイ様がわたしを、あの仲間に加えて下さらなかったのも、きっとわたしが女だからだろう。
でも、わたしと同様に女の、あの東洋の娘はなぜ選ばれたのだろう?
「マリーは忍者といった者のことは聞いたことがあるか?」
以前、グレイ様がこんなことを私に聞いてきた。
その言葉はわたしには初耳だった。
そうすると、グレイ様が説明してくれた。
遙か東の島国に、影のように身を潜め、風のように駆け抜け、石のように口の堅い者たちがいるらしいと。
あの東洋の女、たしかユキと言ったかしら、彼女が忍者?
私よりも能力が優れているのだろうか。
身を隠したり、走ることに関しては彼女の方が上かもしれないけど、殺すことにかけては、私の方が上のはず。
むしろ、殺しに慣れた自分こそが、坑道へ入るべきだったのだ。
彼らの中で殺しに慣れている顔は、ジェイコブという男だけだ。
他の者は、殺しには向いていない。私にはわかる。
ユキという女は、ジェイコブに近いタイプだと自ら言っていたが、彼女の顔は殺しに慣れた顔ではない。
意志の強さは瞳に出ているが、殺しには何かが足りない。
私のような喜びが、殺すことへの喜びが、全く足りていない・・・
あの朝、ユキという女が屋敷へ戻って来たときは、ちょうどグレイ様の従者が到着された時だった。
私は別の部屋にいたけど、話は全て聞こえた。
グレイ様は話を聞き終わると、武器を携え坑道の入口へとお急ぎになられたが、その時に言うべきだった。
「もし、化け物と戦うことが必要なら、ぜひ私を連れていってください。私こそが適任です。」・・・と。
実はグレイ様を見送りながら、この言葉が喉元まで出かかったのだ。
しかし、何かがそう言うのを止めてしまった。
結局誰かが屋敷に居ることが必要だ。
その役目を思い出したのか、或いは、女中業をやっているうちに、心まで女のように臆病になってしまったのだろうか・・・
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