第3話 パーティは屋敷を出発する

次の日の朝、パンと卵とコーヒーという簡単だがうれしい朝食をとった後、グレイとウェドとピートが部屋に入ってきた。


「準備は出来ているようだな。」


グレイが元気よく声を出す。


「君たちはこれからピートと一緒に領境へ向かってくれ。


そこで父の姿を見ることが出来よう。


私は今からウェドと一緒にここを発つ。ジーランド連合軍の戦勝5周年を祝う会議に出席せねばならぬからな。


貢物を持って城へ行き、国王に頭を下げるだけのつまらぬ仕事だ。」




グレイは懐に手を入れると、何やら取り出した。


「ジェイコブ、これは父から受け継いだ十字架のペンダントだ。


太陽十字と言って、古来我が一族が受け継いでいる。


父にこれを見せてくれ。そうすれば私の使いだということがわかる。」


正円の中に正十字がおさまった形の、銀で出来たペンダントをジェイコブは受け取った。


「それから、望遠鏡はピートに渡してある。


皆しっかりと父の姿を目に焼き付けておいてくれ。


わたしは3日後に、ここへ戻って来る予定だ。


任務が終われば、ピートとマリーがこの屋敷にいるから、私が帰るまでここで待機してくれ。」


グレイはそう言い残すと部屋を出て行った。


「それでは3日後に、また皆さんの元気な姿が見られることを祈ってますよ。」ウェドもそう言うと、グレイに続いた。


ピートは、威勢よく声を上げる。


「グレイ様は、側近の者たちが屋敷に到着し次第、一緒に下山される。


われわれは今から領境に行き、お父上ワーリヒト様の姿と、その現れる場所を確認に行く。さあ出発しよう!」






来た時と同じように山道を進む一行だが、任務の内容もお互いの名も知ったせいか、幾分心も口も軽くなっているようだ。


「なあピートさん。」早速、口を開いたのはマットだ。


「屋敷のマリーって娘、顔はかわいいのに、随分と不愛想じゃないか。あれは、グレイさんの愛人なのか?」


「あほなことを言うな。グレイ様には婚約者がおる。マリーはここにいる間、グレイ様の身辺警護と、屋敷の雑用をしておる。


ああ見えて強いぞ。ハハハ。」


「強いのか?身体も腕もほっそりして、まあ、女らしく出るべきところは出ていたが、筋肉はついてなかったぞ。」


「何より美人なのが最高の武器だな。それに観察力も優れている。いち早く危険を察知して、笑顔を見せながら相手に近づく。


ちなみにマリーが笑顔になるのはこのときだけだぞ。


美人の笑顔にきょとんとした相手のノドを、隠していたナイフで躊躇せずに切り裂き、呼吸が出来ぬようにする。


そしてアキレス健も両手の健も切り断ち、もがきながら苦しみ死ぬのを最後まで見届ける。」


「うへぇほんとかよ!?ゾクゾクするねえ。俺はそういうサディスティックな女の子、嫌いじゃないぜ。」


「まあ、それでもよければ、声をかけてみるんだな。しかし笑顔には用心するこった、ハハハ。」




マットは、この他にも鉱山のことなどをピートから聞きながら、道のりを進んでいった。


「鉱山といっても、場所によってはこのように木々の生えているところもある。


しかし、この土の下には堅い岩があるんだ。だからといって、適当に岩を掘っても銀は出てこないぜ。銀脈というものがあって、それに沿って銀を採掘していくのさ。」


ピートのこのような話を聞きながら、一同はついに領境へと着いた。


「ここから先は、相手側からの視界に入る。


といっても、断崖絶壁が自然の防壁となり、国王側は、警戒していないどころか、見張りの者も配置していない。


しかし念を入れよう。腰を屈めて、茂みに沿って歩くぞ。」


ピートを先頭に、あとの者が続く。


「すぐそこだが、茂みが浅くなる。ここからは這って行こう。」


巨体のロイも、精一杯身体を地面に押しつけながら進む。


「よし、このあたりの茂みの隙間から、国王保有地が見える。


皆、まず自らの眼で見てくれ。」


一同は腹を地面に付けたままの姿勢で、各々慎重に茂みを手でかき分ける。


目の前に現れた景色は、空であった。


あるはずの地が切り取られ、はるか向こうに崖がそびえ立つ。


その崖の上に、深々と限りなく森が広がっている。森の上には白い霧が座り、まるで森を守っているかのようだ。


時が止まる。いや、沈黙の時が流れる。


神聖な沈黙を破ったのは、ユキであった。


「何かが森の中を移動してるわ。」


「まさか。朝は化け物たちも静かなはずだが。」


そう言いながら、ピートは長い筒のようなものを取り出す。望遠鏡だ。


「なんだこれは!いつもは決まった時間に決まった行動をする化け物たちが、好き勝手に動いておるぞ!」


ピートが望遠鏡を覗きながら、驚きを隠しきれない声を発する。


「俺たちが原因なのか?」ジェイコブが問う。


「それはないだろう・・・われわれは慎重に来たはずだ。見てくれ。」


そう言って、ピートは隣にいるジェイコブに望遠鏡を手渡す。


ジェイコブは生まれて初めて、望遠鏡を覗き込んだ。


木々の隙間を通して、森の奥の生き物たちが騒がしそうにしているのが見えたが、その姿は良く見えず、木々や葉が揺れるばかりだ。


「つまり・・・」


ジェイコブは望遠鏡を隣のロイに手渡し、冷静に言葉を続ける。


「俺たち以外の原因を考えなくちゃならんということだな。」


「それならば・・・坑道が貫通したということが原因なのだろうか・・・?いや、あれは、うまくカモフラージュしてあって、そう簡単に見つかるはずはない・・・しかし・・・もしもということも・・」


もはやピートは動揺を隠せない。


「動物というものは、鼻がいいからな。あれが動物かどうか怪しいが、人間の匂いなど、あまり嗅いだことなどないのだろう。かすかな匂いに反応したのかもしれんな。」動揺するピートの代わりに、ジェイコブが坦々と分析する。


「あの化け物たちは、今まで閉じこめられていた森から、未知の世界に抜け出せる道を発見して喜んでいるのかもな。」さらに容赦なくジェイコブが続ける。


そんなことを言っている間に、望遠鏡は素早く回され、最後のユキも森での騒がしさを確認することができた。


「この中で一番足の速いのは私ね。」唐突にユキが言う。


「ああ。」ジェイコブが応える。


「今から屋敷に戻って、見たことをグレイに伝えるわ。ジェイコブの推測も。グレイが山を下りていたら追いかける。」


「たのんだぞ。その前に・・・」ジェイコブはピートに質問する。


「こちら側の坑道の出口はいくつある。」


「一つだ。大きな坑道の門、一つだけだ。」ピートは顔をこわばらせて答える。


「ユキ、俺たちはその出口を守る。グレイにそう伝えてくれ。」


ユキは黙って頷くと、茂みに身を隠しながらも、風のような速さで来た道を戻っていった。


「やばいことになったな。これじゃお父さんの亡霊を拝見するどころじゃなくなったな。」そう言ったのはマットだ。


「ピート、望遠鏡では向こう側の出口は確認出来ないのか?」


「ああ、森のずっと奥の方にあるので、無理だ。」


ジェイコブがピートの肩に手を乗せて、励ますように号令をかける。


「よし、俺たちも急ごう。化け物たちがこの地を踏みしめる前に!」


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