第14話 退院からの……!?

 俺は病室で荷造りをしている。

 入院して四日。とうとう主治医のM医師から退院の許可が降りた。

 本来なら前日に退院出来るはずだったのだが、M医師が退院許可を出すのを忘れていたらしく、「今日も泊まっていきなよ!」ともう一日入院するはめになった。


 俺は電話で義理の父を呼び出し、四日ぶりの我が家に帰ることに。

 だがゆっくりもしていられなかった。

 俺は退院したその日に職場復帰を果たす。

 今思うと無茶苦茶である。

 踵骨骨折で全治三ヶ月の重傷を負っているのに、職場に行こうとしているのだ。

 

 家に着いた俺は、スーツに着替え……

 

 グッ グイィッ


 スーツのズボンが履けない……

 やはりギプスをしているのにスーツは無理なのか?


 いやそんなことは無い!

 俺は娘の裁縫道具を取り出す!


 チョキチョキッ

 チクチクッ


 はい、完成!

 膝下までズボンを切り裂き、見てくれが良くなるように縫っておく。

 洋服の○山で買った安いズボンだ。

 多少の犠牲は仕方ないだろう。


「骨折君、本当に行くだかいね? 送って行こうか」

 

 と、遠州弁で義理の父は心配そうに問いかける。


 彼に甘えるわけにはいかん。

 俺はいい大人だ。

 いくら怪我をしていようとも、これから向こう三ヶ月を毎日送り迎えしてもらおうとなど考えられない。


「大丈夫です! 電車で行きますから! 帰りはタクシーで帰ります!」


 幸いこれから向かうH営業所は駅からも近く、タクシーを拾うことは簡単に出来る。

 

 交通費は終電が無い時間に帰る場合はタクシー代が出るのだ。

 うちの会社、本当にホワイトになったな。十年前は「タクシーで帰る? アホか! 始発まで待つんだよ!」みたいな社風だったのに。


 世の流れに感謝しつつ、俺は準備を終え、松葉杖をつきつつ家を出る!


 カッ!


 うぅ、日差しが痛いぜ。

 もうすぐ九月になろうとしているが、猛暑の真っ只中。

 しかも駅までおよそ1キロ。

 その距離を松葉杖で移動しなければ……


 カッ カッ カッ カッ

 ジワッ……


 歩く度に汗が吹き出る。

 

「はぁはぁ……」


 や、やばいぞ!? 

 甘く見てた!

 俺は松葉杖があれば、簡単に駅まで行けると思っていた。

 だがゆっくりしか歩けないうえに、日傘など直射日光を遮ることも出来ない。


 し、死ぬ……

 今から家に帰ってお義父さんに送ってもらおうかな……?


 俺は先程までの決意をあっさり捨てようとしていた……


 いや駄目だ! 

 今日一日だけ頑張ってみよう! 

 ほら、松葉杖で通勤することに馴れたら、この程度の距離なら何とかなるかもしれないじゃない!?


 俺は汗だくだくになりながら、何とか駅に到着。

 普通なら十五分で着くところを、一時間かけてしまう。


 やっぱり駄目なんじゃないか?

 こりゃ、通勤方法を見直す必要があるな……

 毎日命をかけて通勤するわけにもゆくまい。


 電車に乗ってH営業所に。

 席を譲ってくれる人、本当にありがとうございます( ノД`)…

 人間っていいね!


 バイクなら二十分で着くところを、歩きと電車で一時間半かかってしまった。


 そして事務所に入ると……


「骨折さん! 大丈夫なんですか!?」

 

 と、H営業所の肝っ玉お母さんことAさんが出迎えてくれた。


「大丈夫です! これから責任者待機しますから!」

「いや、大丈夫じゃないでしょ! 何とか休めないの!?」


 彼女の思っていることは、ごもっともである。

 だが、休めないからこそ俺はここに来ている。

 足一本使えないだけでも、やれることはあるはずだ。

 

 俺は勤務終了時間を終えたAさんを帰す。

 そして、入れ替わりに他の従業員も出勤してきた。


 俺の仕事は詳しくは言えないが、責任者の指示があれば上手く稼働する。

 逆に組織が整ってない営業所では責任者が不在だと、一気に烏合の衆と化し、営業所はパニックに陥ることになる。


 俺は松葉杖をつきつつ、現場に出て指示を飛ばす。


 よし、みんないい動きだ。

 これなら何とか営業出来そうだな。


 営業所が落ち着いてきて、俺は管理業務に入る。

 

 トトンティントトンティントトンティン♪


 おや、着信だ。

 電話に出ると……


『骨折さん、大丈夫ですか!?』


 Bさんからだ。

 どうしたのだろうか?


「大丈夫ですよー。何とか落ち着いてきたところ」

『そうですか…… 本当に無理を言って申し訳ありません……』


 と、Bさんは謝るのだが。

 いや、この人手不足は彼のせいではない。

 誰のせいと言えば、問題を起こした…… いや、止めておこう。

 苦境に立たされた時は、誰か、何かのせいにしたくなる。

 だがそれでは何の解決にもならないのだ。

 なら手持ちの手段の中から最善を選ぶ。

 骨折出勤が最善とは言えないのかもしれんがね。


「まぁ、俺がいたら何とか営業は出来ますから。ここはご心配なく」

『ありがとうございます…… それと悪いニュースがありまして……』


 今まで以上に悪いことなんてあるの? 

 だがBさんの声は暗い。

 これはただ事ではないぞ?


『来週の日曜日の予定表を見てください……』

「来週の? どれどれ? って、あかんやん……」


 あかんやんである。

 関東の人なのに思わずあかんやんが出てしまった。


 欠員が出てしまったのである。

 しかも二名……


「支援は?」

『今のところ誰も見つかってません……』


 マジでヤバイ。

 これは営業どころの騒ぎではない。

 もし俺の足が問題なければ二人くらいの欠員は俺一人でカバー出来る。

 だが足が使えなくて、指示しか出せない役立たずの俺が出来ることは……


「何とかします。Bさん、引き続き支援要請をしておいて下さい」


 と、俺は電話を切る。

 

 さて、どうするかな。

 普通なら絶望を感じる程の人手不足。

 しかも俺は動けない。

 

 むふふ。燃えてきた。

 俺は仕事に関してはどMだ。

 割りと苦境を楽しむ。

 部下にはさせるつもりはないけどね。


 この最悪の状況を覆すには……

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