第9話 入院一日目の夜から二日目にかけて

 ズキズキッ

 ジンジンッ


「うぐぅ……!? うぅぅ……」


 俺は病室で一人、枕に顔を埋めて呻いていた。

 麻酔が切れ、下半身に感覚が戻ってきた途端、激しい痛みに襲われている。


 痛いのだ。

 痛くて、呻くことしか出来ない。

 眠ることなど到底不可能。


 気を紛らわせるため、スマホの電源を入れる。

 小説でも読むか……


 ズキンッ


 あはぁん!?

 い、痛い! それどころではない!


 俺はスマホの電源を切る。

 もう寝るのは諦めよう。

 

 テレビをつけると、オハヨンが始まっている。

 もう四時か……


 嫁さんが帰ってから六時間が経つ。

 その間俺は痛みと戦っていた。

 で、でも、もう限界……

 誰か、助けて……


 今考えると、そりゃ痛いのは当たり前なのだ。

 踵の骨が真っ二つに折れた。

 それを切開してくっつけ、さらに針金状の金属を二本骨に埋め込んで固定しているのだから。


 俺は痛みで気が狂いそうだった。

 ここで死んでしまうのだろうか……?

 娘よ、お前を置いて逝く悪い父を許しておくれ……


 と、死ぬわけもないのに、無駄に死を覚悟する。

 そして、ふと横を見ると……


 あれ? 壁にかかってるボタンって……


 そうだ! これはナースコール!(呼び方合ってるかな?)


 深夜の四時、いやもう朝だな。

 ともかく、こんな非常識な時間に呼び出される看護師さんもたまったものではないだろう。 

 

 だが俺は自分のことしか考えられなかった。


 看護師さん、助けて!

 俺はスイッチを押す!


 カチッ……


 そして数分後……


 ガラガラッ


「骨折さーん、どうしましたー?」


 と、年配の女性看護師さんがやって来てくれた。

 て、天使や。この人は俺を救ってくれるはずだ。


「す、すいません…… 足が痛くて……」

「そうだったんだねー。それじゃちょっと見てみようか」


 と、俺の折れた足をチェックしようとした時……


「あれ? 点滴が空だね。これじゃ痛いわけだよ」


 点滴が空? 俺は腕に刺さる点滴の管を目で追う。

 確かにビニールに包まれた点滴の液はほぼ空に近い状態だった。


 詳しいことは知らんが、痛み止め的な薬剤も入っているのだろうか? 

 ここら辺は記憶が曖昧なので、間違ったことを書いているかもしれない。

 

 ともかく、看護師さんは点滴を交換してくれた。


「これで少しは楽になるよ。何かあったらまた呼んで下さいね」


 と言って、看護師さんは病室を出ていった。

 そして数分もすると、確かに痛みが少し柔いできた……気がした。

 

 時計を見ると、五時を回っており、外はすっかり明るくなっている。

 

 テレビからは相変わらず、煽り運転の衝撃的な映像と、【ガラケー女】という不思議ワードが流れている。


 俺の嫁さんもスマホ嫌いで、未だにガラケー使ってるんだよな。

 彼女もガラケー女に分類されるのだろうか? なんて益体も無いことを考えていた。


 こんなことを考えられるくらいだから、少しは余裕が出てきたのだろうか?


 だが痛みが引いたその後、俺は違う苦しみを味わう。


 渇きだ。水が飲みたい。

 水分は点滴から補給されている。

 体内には充分な水分が行き渡っているはずだ。


 だが喉が渇いてしょうがなかった。

 そういえば、もう24時間以上何も食べていない。

 お腹も空いた。


 多少痛みは引いた。

 だが空腹と喉の渇きで、結局一睡も出来ず、朝を迎えることになった。


 朝食は朝七時(八時だったかな?)

 それまで待てば、空腹と渇きは癒せる。


 後二時間。俺はボンヤリとテレビを見ながら、時が過ぎるのを待っていた。

 

 あ、そうだ。次の小説を書こう。


 何故かふと思い付いてしまった。

 俺がまともに動けるようになるまで、三ヶ月はかかる。

 それまでに、完結作を書くか。

 せっかくカクヨム垢を作ったんだから、【娘と一緒に異世界転移!?】も書き直そう。

 

 まずは新作からだな。

 頭の中でプロットを練る。

 主人公はまたおっさんでいいか。

 あーでこーで、こーしてあーして、エンディングはこれだな。

 よし、完成。


 なんとなーく、物語の全体像が完成した時……


 ガラガラッ


 おぉ! 待ちに待った朝食……?


 いや、違った。

 入ってきたのは人の良さそうなおじいちゃん。

 白衣を着ていたので、お医者さんかな?


「おはようございます。院長のRです」


 おぉ、リアル白い巨塔だ。

 取り巻きはいないけど。


 院長は軽く問診をした後、病室を出ていく。

 おじいちゃんの登場に少々驚いたが、その十分後……


 ガラガラッ


「朝食でーす」


 待ってました!!!!


 移動式のテーブルがベッドの横に配置され、朝食が並べられる。


 うーん、質素。

 ごはんにお味噌汁。簡単なオカズにパックの牛乳。


 だがご馳走だ。

 早く食べたい!

 俺は配膳してくれた係の人が出ていくのを待たずに食べ始めた。


 まずは喉の渇きを癒したい。

 お茶を飲み、牛乳を飲んだ……


 ジワッ……


 喉にしみる……

 涙が出るほど美味かった。

 

 でも量が少ないんだよなぁ。

 あっという間に完食だった。

 

 俺は再び横になる。

 すると、ふいに眠気が襲ってくる。

 この病院に入院して、初めて眠れた。

 もうすっかり朝だったけどね。

 

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