第7話 八月二十二日 術後

 手術を終え、俺は一人病室でスマホをチェックしている。

 メール、着信、ラインの通知が鬼のように溜まっていたからだ。

 恐る恐るラインから開いてみる。


【もう駄目だ……orz】


 先輩社員のEさんからだ。

 彼の絶望も理解出来る。

 俺が所属している地区というのは8つの営業所で構成されている。

 だが、問題を起こした社員が2名ほどおり、その方々はどこかに飛ばされている状態だ。

 しかも本社から、社員の補充は無しだとさ。

 おいおい……


 つまりハイパーカツカツ状態で営業を行っているのだ。

 奇跡的に法定休日は取れているが、このままでは月間での平均労働時間が300時間を超えるだろう。

 わが社始まって以来の、空前絶後の人手不足なのだ。

 まぁ、残業した分、お金ちゃんは貰えるので俺は働くのは苦ではなかったな。


 そして変態Bさんからのラインを開いてみる。


【終わた\(^o^)/】


 もう投げやりである。完全に匙を投げたな。

 だが俺には考えがあった。

 別に足一本使えなくても責任者がいれば営業が出来るように仕上げた営業所があるのだ。

 

 俺はBさんにラインで伝える。


【大丈夫。退院したら現場に出ますわ。Hっていう営業所の専属になれば休みは回るでしょ】


 H営業所は問題を起こした社員から、半ば丸投げ状態で俺に引き継がれた営業所だ。

 俺が引き継いだ時は、だいぶ酷い状態だった。

 サービス業におけるQSCが全くなっていない。

 お前ら、それでお客さんから金取るの?というヤバさだった。


 俺は2ヶ月かけて、その営業所を立て直した。

 そりゃ、それなりのノウハウはあるからね。

 何とか、自力で営業出来る状態にはなったのだ。

 不足しているのは責任者のみ。

 

【でも、退院はいつになるか分からないんですよね? それに無理して仕事しても……】


 とBさんは言うのだが、俺が現場に出ないことで、リアルに倒れる社員も出てくるだろう。


 これはやってはいけないことだ。だが背に腹は代えられない。

 俺がやろうとしていたのは……


【傷病休暇は取らせてもらう。でも現場にも出る。その労働時間はつけなくていい】


 つまりボランティアだ。

 悲しいことだが、傷病休暇で出る給料は基本給のみ。

 色々差っ引かれると、悲しい額しか貰えない。

 ならそのまま休んだほうがいいのだろう。


 でもそう考えられないのが俺なんだよね……

 別にかっこつけてるわけではない。

 自己犠牲の精神なんて全くない。

 でもさ、俺が現場に出ることで、みんなが救われるならやってやろうじゃないの。


 最後にBさんにラインを送る。


【絶対1週間以内に退院する。その間だけ営業は任せました!】


 という、謎の宣言をしてからラインを閉じる。

 さて、今度はメールと着信チェックだ。

 どれどれ……?


【こら! あんた大丈夫なの!? 明日お見舞いにいくから!】


 おぉう…… お母さんからだった。

 しかもこのメールが届いたのは数時間前。

 実家はメロンの大量生産地であり、全国魅力が無いランキングでいつもトップを取るあそこの県だ。

 都内からだと割と近い。

 久しぶりにママンとの再会だな。

 こんな形での再会になるとは夢にも思わなかったが……


 トントンッ


 おや? 今度は誰だろうか?


「骨折さん、如何ですか?」


 M医師と看護師さんだ。


「大丈夫です。まだ下半身は動きませんけど」

「そうか。手術はね、上手くいったんだよ。早速だけど、明日からリハビリね」


 おぉ! リハビリ! 

 そうだ、俺はさっさと退院して現場に戻らなければならないのだ。

 リハビリ内容を聞くと……


「松葉杖の使い方だね。上手く歩けるようになれば退院出来るよ」

「本当ですか!? やります! やらせてください! それと、最短で何日で退院出来ますか!?」


「んー、人それぞれだから何とも言えないけど、1週間は見ておいたほうがいいね」


 1週間か……

 長いな。数日でも縮める努力をしよう。


 その他、病院内の説明などを受ける。

 そして点滴が交換され……


「骨折さん、今日は食事抜きね。お水も飲んじゃだめだよ」

「水も!?」


 病室はエアコンが効いているが、まだ8月の暑い盛りだ。

 俺、大丈夫かな……


「あぁ、心配無いよ。点滴で水分も補給できるから」


 これで? なるほど、点滴が俺の今日のごはんなわけね。

 一日くらいだ。我慢しよう。


 それと一つ気になることがある。

 俺は今、大人用紙おむつを履いているのだ。

 いくら点滴で栄養補給をしているとはいえ、出る物は出てしまうだろう。


「あの、おしっこがしたくなったら……」

「もうそのまましちゃいなYO!」


 まぁ紙おむつ履いてるくらいだもんね……

 しかし、そこは大人としてのプライドが。

 おむつに世話になるのは、後40年後くらいにしておこう。


「そうか、なら尿瓶があるよ」


 といって看護師さんは尿瓶を用意してくれた。


 良かった……

 これで俺はおむつの中に用を足さずに済みそうだ。


 こうして俺の人生初手術は終わる。

 そして人生初入院が始まるのだ…… 

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