子いぬのなきごえ

卯之はな

子いぬのなきごえ


「あなたはだれ?」


子犬は問いかけます。

森の中で、おおかみと子犬はふしぎな出会いをしました。


からだはざっくばらんにのびた毛、とんがった歯のおおかみ。

からだはどうぶつなのに人間のような服をきている子犬。


おおかみは、似ているけれどおおかみじゃないどうぶつを

あやしげに見つめます。

子犬は、まだ幼いのか興味津々といったようすで

おおかみに話しかけます。


「わたしとあなたは似ているけれど、なんだか…その…

 飼い犬じゃないみたいね」


「はっ! 飼い犬だって? 

 ひとに生き方をしばられるなんてごめんだね。

 おれはここをなわばりとしている、群れのボスさ」


「森を!? すごいのね」


ひとに飼われていることをばかにしたつもりが、

子犬がきらきらした目でみつめてくるので、

反応に困ってしまいました。


「ごめんね。 わたしは飼い犬なんだ。

 でもご主人さまはやさしいし、ごはんもくれるし、

 あそんでくれるよ」


「じゃあ、なんでやさしいご主人さまと一緒じゃないんだ?」


子犬は、おしゃべりに夢中でじぶんのおかれている状況を忘れていました。

おおかみに言われた瞬間 しゅんとちいさくなります。


消えそうな声でこたえました。


「迷子になっちゃったんだ…」


ぷるぷると震えて、なみだを流します。


「ご主人さまといっしょに森をお散歩していて、

 めずらしいきのこや はじめてみる花 きみょうな虫…

 たくさん見てまわってた。

 そしたら、ちょっと足をすべらせたご主人さまは転んじゃったの。

 それだけならよかったんだけど…」


思い出したらかなしくなり、くんくんと鳴きます。

しゃべれなくなるほど泣かれるまえに、おおかみが聞きました。


「で、どうしたんだよ?」


「草むらの向こうがガケになっていて、落ちちゃったの。

 姿もみえないし、鳴いてもこたえてくれないし…。

 だからわたしは、ご主人さまを探す迷子犬なんだ」


「へぇ。 こんなおびえていると、くまやおれたちおおかみに

 食べられちまうぞ」


おおかみはちょっとしたいたずらで、子犬を怖がらせようとしました。

だけど脅しにたいして子犬は、


「それはご主人さまもいっしょだよ」


けがをしているかもしれないご主人さまのことを思うと、

弱虫のじぶんがしぜんと消えていくのでした。


おおかみは、たいしておなかもすいていなかったので、

そうかよ とつっけんどんに言いはなつと

子犬を置きざりにして歩きはじめました。




のしのし とおおかみが歩くと、

とことこ と子犬が距離をあけてついてきます。


ぴたり とおおかみが止まると、

からだをびくっとさせて、子犬がおおかみのようすをうかがいます。


しびれをきらしたおおかみが責めたてるように言いました。


「おい! ついてきたりして、どういうつもりだよ!」


「ごめんなさい。 あなたなら、森にくわしいし 

 それに強そうだから」


「そりゃそうさ!」


おおかみは子犬に自慢の牙と爪をみせびらかしました。


「犬とはちがうからな!」


そのときです。

草むらから、二匹よりおおきなからだをした くまがあらわれました。

そのくまが言います。


「きょうのごはんは肉だな!」


くまはおおかみにのしかかろうとしました。

くまの足元にいた子犬は、

からだのちいさなじぶんに気づいていないのをいいことに


がぶり


と、かみついてやりました。


「いてて!」


ひるんだすきをみて、おおかみは子犬をくわえ、

その場から全速力でにげました。




安全なところまで走ったあと、くわえていた子犬をおろします。

まだすこし震えているようですが、おおかみにお礼をいいました。


「ありがとう、おおかみさん。 わたしひとりだと食べられちゃってたわ」

 

たすけられたのは、おれなんだけどなぁ…


すなおにお礼を言える子犬に、ばつがわるくなったおおかみは

はなしをかえました。


「身体能力がそもそもちがうんだよ」


「しんたいのうりょく?」


「おまえより強いってこと」


さすがのおおかみもさっきのくまとのそうぐうにおどろいたのか、

からだの力を抜いて草のうえに座ります。

子犬も座って、二匹は生き残れたことにほっと一息つきました。




「森のなかには、あんな怖いどうぶつがたくさんいるんだろうね。

 おおかみさん、なにもおかえしができないかもしれないけれど…


 ご主人さまを探すのを手伝ってくれないかな」


いままでのおおかみの態度から、手をかしてくれるとは思いません。

それでも、すがれるものがあるのなら子犬はあきらめないのでした。


おおかみは、そんな子犬のすがたをみて


恩があるから、ちょうどいいか…


「いいぜ」


「え?」


思ってもいない返事がかえってきたので、子犬はおどろきました。


「さっさと見つけて終わらせよう。 子犬の子守なんかしていたら、

 ほかのおおかみどもにばかにされちまう」


「ありがとう! おおかみさん」


そうしておおかみは子犬のご主人さまを探すことになりました。




二匹は並んで森をあるきます。


「でもどこで落ちたかもわからないのに探すって、むずかしいだろ。

 それに家にもうかえってるかもしれないぜ?」


「そんなことしないよ! 

 わたしを置いてかえるなんて…そんなこと…」


森に置き去りにされたことを考えなかったわけではありませんでした。

ただ、思いたくないだけでおおかみに口にだされていわれると

とても不安になるのでした。


そんな感情がぐるぐるするなか、なんだかなつかしい匂いがします。


「ご主人さまだ!」


もうずっと会っていなかったかのように感じました。

子犬ははしって、それにかけよります。


「おおかみさん! これ、ご主人さまの帽子!

 きっと、ちかくにいるんだ」


うぉーん

うぉーん

子犬はおおきな声で鳴きました。


「この匂いをたどったら、きっと…!」


「おい! 子犬!」


子犬は帽子を口にくわえ、匂いのもとをたどって走りました。




草むらをかきわけたその先には、お花畑がひろがっていました。

あたり一面、黄色い花が咲いているだけでひとの姿はありません。


帽子を落として、うぉーん うぉーん と鳴いてみますが

かぜに花がゆれるだけでした。


「おい、子犬」


「花のかおりだけで、もうご主人さまのにおいがしない…」


子犬がまるでたおれるようにしてお花畑に横になると、

まわりの花がふわっとなびき花びらが舞いました。


花と子犬のにおいがまじります。


「おおかみさんが言ったとおり、森にいないのかも。

 わたしは置いていかれて、おうちに帰っちゃったのかも。

 あたらしいかわりの犬を飼って、もどる場所がないかも…」


花にかおをうずめてそう言いました。


おおかみが、寄りそうようにそっと横になります。


「おれは飼われたことがないからわからないが、

 だれかに捨てられるのはおれも怖いさ。

 

 強くて かっこよくて いつも尊敬されるおおかみじゃないと

 すぐに群れから追いだされる。

 

 ねむっているときが、いちばん気が休まるじかんだよ」


おおかみは花に埋もれながらしずかに目をとじます。

そのかおは、さっきまでのおおかみらしさが消えていました。

子犬はそっと声をかけます。



「いまはお花さんがおおかみさんのことを隠してくれるから、

 だいじょうぶだよ」



おちついた場所についた二匹は一気にどっとつかれがでました。


横になった子犬とおおかみは、

のびのびと育った黄色い花に囲まれてねむりについたのでした。




子犬が目を覚ますと、あたりは真っくらで

もとの花の色もわからないほどでした。


「寝る子はそだつってな」


おおかみは子犬の横にすわって、夜空をみあげていました。

たくさんの星がぴかぴかと光っていて、

まんまるの月が浮かんでいます。


月に照らされるおおかみは、

今やきりっとした表情にもどっていました。


「わたし、そんなに寝ていたの?」


「まぁ、しかたない。 いろいろあったからな。

 それよりも、主人さがしはつづけるのか?」


子犬はご主人さまの帽子を見つめました。


「どうしたらいいかわからない」


それでも、なみだは流しませんでした。

おおかみは、この一日でおとなになった子犬にいいました。



「どうするか決めるまで、おおかみの群れで過ごせばいい」


「え!? でも、わたしは飼い犬で…」


「おれが言いきかせれば平気さ。 

 多少、肩身のせまいことがあるかもしれないが、

 そこはがまんしてくれ」


「ありがとう! おおかみさんってやっぱりやさしい」


「そんなこと、やつらの前で言うなよ」


おおかみは嫌がっているようで、どうじにうれしそうでした。

二匹は、おおかみのすみかに向かうためお花畑をあとにしました。

 



道中、おたがいの生活のことをたくさんおはなししました。

飼い犬はどう過ごしているのか、おおかみの暮らしはどうなのか、

はなしに尽きることはありませんでした。


そんなおしゃべりをしていると、

あっという間に群れの土地にたどりつきました。


「まずはおれが説得してくるから、おまえはここの木陰で待ってろ」


「うん。 おねがい、おおかみさん」


おおかみたちに近づこうとしたときでした。

群れのなかに、あるものがみえました。

足が、まえに進めません。


そんなおおかみを知らずに、群れのおしゃべりが聞こえてきました。


「おそいなぁ」

「せっかく食べもの、とっておいてるのにね」

「でもごちそう見つけられて、運がよかったよな」


「あ! かえってきたんですね!」


一匹のおおかみが気づいてやってきました。



そして、

もう一匹のおおかみが重たそうに引きずってきたものを見た子犬は、


「ご主人さま!」


さけびました。

草かげからとびだし、子犬はたおれているご主人さまにかけよりました。


うぉーん うぉーん と子犬は泣きます。


からだは傷だらけで、息もしていませんでした。


まわりのおおかみたちがざわつきます。


「なんだ、こいつ」

「もしかして、この人間の飼い犬じゃないか?」

「そういえば、何度もなまえを言っていたっけ…」

「もう覚えてないけどな!」


たのしそうなおおかみたちをよそに、

子犬はただただ泣くだけで、おおかみは動けずにいました。


「この犬も食っちまおう!」


「まて」


おおかみは子犬に近づきます。


「人間はくれてやる。 おれはこいつでいい」


くまに襲われたときのように、口でくわえようとします。

そのときに、まわりにきこえない声で子犬にささやきました。


「たすけてやるから、とにかくここをはなれるぞ」


からだを持ち上げようとしたとき、

子犬はご主人さまの服を必死に噛んで言いました。



「わたしは絶対にご主人さまといっしょにいる! たべられても!」



おおかみがたじろぐほど、ちから強い目でうったえました。

なみだには、あきらめとかなしさが入り混じっていました。



やっぱり、ひとに飼われるどうぶつのきもちはわからねぇ…



おおかみはその大きな口で 子犬の小さな体に牙を突き立てました。


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