第3話 いとこの女の子

 帰りはみんなでコンビニに立ち寄りました。

 神社の初詣の帰りのためか、観光地のコンビニのようにいつもより客入りが多かったです。

 お兄ちゃんやハヤシちゃんやモリちゃんはチョコレート菓子やスナック菓子を買っていました。

 ぼくはカシューナッツ、ヘーゼルナッツ、マカダミアナッツを買いました。



 家に着いたら三人がリビングでテレビゲームを始めたのでぼくは部屋へ戻りました。テレビゲームを始めたからか、さすがにお父さんはここにいなさいとは言いませんでした。

 窓辺にエゾリスの訪問があったので買ったばかりのマカダミアナッツとヘーゼルナッツをあげました。ナッツをむしゃむしゃほおばる姿はおいしいが如何の斯うのという以前に、むしろ冬の厳しさを思わせました。

 ぼくは黒電話を手に取りました。霊界につなぎます。

「…もしもし? あの時のリスはいますか? ああ、いますか。では、お願いします。え? ぼく? …はい、ぼくは昨年の十二月、あのエゾリスが雪の下に埋めた木の実を掘り返すのをじっと見ていました。ぼくは、やったんです。エゾリスがいなくなった時を見計らって雪と土を掘り返して埋まっていた残りの木の実全部を盗んじゃったんです。すみません。あの後戻ってきたエゾリスが不思議そうにきょろきょろしている姿を遠目から眺めていました。ホント悪趣味です。サイテーなヤツです。その一ヶ月後かな。あのエゾリスの死骸が木の下にありました。剥製のようにカチカチに凍っていました。ぼくが殺してしまったようなものです。悪かったです。何度謝っても謝りきれないほどの罪を犯しました。え? わかりませんけど確信犯だと思います。死ぬということは予測できましたけど、それがどういうことなのかちゃんとこの目で見てみたかったんですよ。今は後悔してます。なんて。と思ってます」

 部屋のノックが聞こえました。

「はい」と返事をしても応答がありません。

 受話器を置いてドアを開けに行きました。モリちゃんこと宮木未来でした。彼女はなぜかニヤけていました。

「シローいま独りごと言ってたろ?」

「友達に電話してたんだよ。てか聞き耳立てるな」

「うっそーそんなカンジじゃなかったぞー」

「そんなカンジだよ」

「…ぼくが殺してしまったようなものですとか物騒なこと言ってたじゃん。マジ?」

「妙な誤解するなよ。人は殺してないよ」

「じゃあなに殺した?」

「エゾリスだよ」

 昨年の十二月にエゾリスを餓死させたことを打ち明けました。あまり打ち明けたい話ではありませんけど、他に言い訳が思いつかなかったからです。

 エゾリスを餓死させたからといってどうってことないだろ、と言われると思いました。そのための答えも用意してありました。

 ところがモリちゃんの口から出たのは共感でした。

「わかる。わかるよシローわたしもトンボを殺したりバッタの足をもいだりチョウの翅をむしったりカエルつぶしたこと後悔してるもん。あれダメだよねー」

「ぼくたち地獄に落ちるな」

「でもたぶんさー地獄の方が人口密度高いよな〜きっと」

「地獄は大都市で天国は過疎地なんだろうね」

「そういうとこはさー群れるのが好きなヤツらが行ったらいいんだよ。その方が地獄を楽しめるかもな〜」

「かもしれないね」

「ていうかシローなんか変だけど面白いよね。前から思ってんだけど」

「べつに面白くないよ。人見知りだし」

「あー人見知りはあるねーたしかに。でもそれとこれとは別問題だよ」

「この黒電話は霊界につながっているんだ。この前はおじいちゃんに電話した。モリちゃんもトンボやバッタやチョウに電話してみるかい?」

「あ、いいの? してみるしてみる」

 意外にもモリちゃんは乗り気になって黒電話を手に取りました。

「で? これからどうするの?」

 ぼくは数字の書かれたダイヤルを最後まで回すことを教えました。

「お、すごい。最新式じゃん」

「なわけないでしょ」

「あとは相手が出るまで待てばいいんだな?」

「話中だったら出られないけどね」

「…もしもし。閻魔大王様ですか? あ、違います? それじゃ極楽浄土の仏様はいらっしゃいますか? わかりました。ではお願い致します」

「オペレーターは誰だった?」

「うーん、なんか難しかったけどじいちゃんだったような気がする」

「じいちゃんは戦時中、通信兵だったいうからなぁそうかもしれないね」

「そういうノリでやるの?」

「ノリじゃない。本当にやるんだよ。ほら、電話に集中して」

「もしもし」モリちゃんはふたたび受話器に口を近づけました。「あ、いえいえこちらこそわざわざお電話いたしまして申し訳なく思っています。…初めましてわたし宮木未来と言います。みなさんそこにお集まりですか? わたしに謝罪させて下さい。あの時は出来心とはいえ申し訳ないことをしました。この場を借りてあらためて謝罪いたします。子供だからって言い訳はしません。ゴメンなさい。

命に小さいも大きいもありませんもんね。昆虫にひどいことをしたわたしはアナタたちに同じことをされても文句は言えません。いえ、たぶん文句は言うだろうと思いますけど気にしないで下さい。本当に申し訳ございませんでした」

 受話器ごしにモリちゃんは直角九十度のお辞儀をした。

「へえなかなか面白い遊びねこれ。ちょっと暗いけど」

「遊びじゃないよ。マジだよ。マジでやるんだよ」

「シローホントに暗いわねーゴッちゃんと兄弟とは思えないなあ」

「ぼくも思えないよ。お兄ちゃんは社交的なのにぼくは内向的だからね」

「でもわたしはシローの方が好きよ。普段のわたしは仮面をかぶっているからさーだからどちらかというとわたしはシロー推しかな?」

 なにが起こったのか、モリちゃんはぼくの肩に両腕を回すとぴたっとくっついてきました。

「ちょ、なななにやってんだよ」

「シローが好きなんだよ。シロー部屋にこもってばかりで全然話してくれないじゃんかー」

 モリちゃんの息がほとんどぼくの耳にかかっていました。

「くっつくなよー誰か来たらどうするんだ」

「知ってる? いとこ同士って結婚できるんだよ?」

 その話は聞いたことがありませんでした。だからといって現実味のある話とも思えませんでしたし、抵抗感もあります。ぼくにはクラスにまともに話すことのできる女子は一人もいませんので、いとこのモリちゃんは唯一まともに話すことのできる女子といってもいいくらいです。しかも、モリちゃんには子供とは思えないほどの大人びた異様な可愛さがありました。地方出身のためかというかオープンなところがあることは否定できません。お父さんもモリちゃんのことは子供なのに色気があるというようなことを言っていたのを前に小耳にはさんだことがあります。

 ぼくの周りではいきなりハグしてくる小学生低学年の子なんてたぶんいないでと思います。同学年だっていないでしょう。女子同士ではたまに見かけますけど、あれはぼくには理解できない行動です。かわいいーとか言い合う行為もよくわかりません。

「わたし、シローとだったら結婚してもいーよ」

 この言葉でぼくは我に返りました。

「からかうなよ。そういうのつまんないから。オマエはゴッちゃん推しだろ」

「えーからかってなんかないよーゴッちゃんはゴッちゃん。シローはシローだよ。わたしキスってまだしたことないんだけど、してもいい? ファーストキスだよ。わたしとしたいと思わないの?」

 答えに窮しているうちにモリちゃんはぼくを押し倒してきてマウンティングポジションを取ると有無を言わさず唇を押しつけてきました。ぼくは本当にこの瞬間に誰か来たらどうしようかと心臓がバクバクしました。そればっかり考えていましけど、思いのほかモリちゃんの唇が柔らかくて全ての感覚が唇に集まってとろんとほうけてしまったのでなにも言えなくなりました。

 今までに感じたことのあるどの感触にも似たもののない罪悪感にも似た感覚でした。こんなことをしていていいのか、というモリちゃんに対してではなくて自分自身に対する嫌悪みたいなものもありました。

 唇と唇が合わさっている間にまた奇妙な感触に襲われました。

 モリちゃんは舌を入れてきたのです。

 それは罪悪感ではなくてただ身の毛のよだつような生々しいだけのものでした。

「やめろ」

 さすがにぼくはモリちゃんを突き飛ばしました。彼女はおどろきに目を見開いていましたけど、これだけはゆずれません。

「あー白けた」と言いながらモリちゃんは部屋を出て行きました。お兄ちゃんにも同じことをやっているのでしょうか。そう考えるとメラメラとジェラシーが燃え上がりました。

 ぼくは手持ち無沙汰になってエゾリスがやってくるのを待ちました。恐竜図鑑に目を落としながらちらちら窓を気にしていると来てくれました。

 机の引き出しに柿ピーの小袋があったので、それをぜんぶ屋根の上にばらまきました。あいかわらずの食欲でエゾリスが次々手にとってむしゃぶりついています。

 その時カラスがやってきてガーガー鳴いてエゾリスを追い払いました。ぼくはカッとなりハサミを手に取ると振り回しました。本当ならエアガンを撃ってやりたいところでしたけど、野生動物にそれをやるのは禁じられていますから。

 ハサミは成功してカラスは逃げていきました。

 しばらくしたらエゾリスが戻ってきました。

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