ねこ

猫に見られている。

私は常に、猫に見られている。

気のせいや幻覚などではなく、妄想の類でもない。

行く先々で視界の端に猫、猫、猫。都心の社ビルの28階にも猫。品種も柄もまちまちで、共通点はおそらくない。


平日の昼下がり、公園のベンチ。今もまた見られている。サバトラというやつだろうか。私の座る真正面から、ガン見である。目が合ってしまった。


いつからこうなったのかは定かではない。いつの間にか、私の日常は猫という超常に汚染されていた。

特別、猫が好きなわけではない。可愛いとは思うが、それだけだ。猫に限らず、愛玩動物全般に言えることでもあるが。


しかしこうもジッと見つめられると、どうにも居心地が悪く感じる。ここは2年前に見つけた私だけのサボりスポットなのに。猫如きに邪魔されるなどあってはならない。

どっか行け、という気持ちを込めて睨み付ける。あの野郎、毛繕いだと。野郎かどうかは知らないが。

猫供は見てくるだけで特に実害があるわけでもない。視界に入るとなんとなく気が散る事と、見られている感覚が続いている事くらいだ。実害しかなかった。


そういえば。

奴等を邪険にしたことはあれど、歩み寄った事はなかったなとふと思う。

歩み寄り、猫と和解せよ。猫との和解には何が必要だろうか。猫缶か、ちゅうるとやらか。食べ物よりもブラシだろうか。


そんな事を考えていると猫が居なくなっていた。出たり消えたりとお忙しいことだ。それでいて熱視線を送ることはやめないというのだから、勤勉さに頭が下がる限りである。


夜道。手に提げたビニール袋には、いつものつまみといつもの酒。いつもと違うのは、少し豪華な『まぐろ』の文字踊る缶詰だけ。

視線を感じて振り返れば白猫。いや、手足の先だけが黒い。一瞬、脚がないかと思った。

まだ居る。塀の上に。電柱の横に。私の家の玄関前に。


立ち止まり、しばし見つめ合う。

昼見る時よりも、少し開いた瞳孔はギラリと街灯を反射している。

私を見ていない。

見ているのは、ビニール袋のようだ。

ほう、判るのか、貴様らには。


視線を無視し、一度家に入る。

手頃な浅い皿を探す。百均のこれが良さそうだ。

缶を開け、丁寧に中身を皿に出す。

意外に見た目は美味そうだ。これでよし。


玄関を開けると、猫が居た。

見覚えのない猫だ。全身の美しい黒。烏かと。

そっと皿を置く。

皿を見つめていた猫が、こちらの顔を見る。


「食べな」


んなぅ、と一鳴き。

それに満足した私は、食べ始めすらも見届けず、家へ戻る。

そして、いつものように晩酌をし、風呂に入り、寝た。


次の朝。

皿は、元から何も乗っていなかったように綺麗になっていた。


そして、私はもう、猫に見られていない。

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思い立ったが短編 元直毛 @origin_straight

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