たぶん11月
「あー、美少女になりてぇ」
ヘッドホンから失笑が聞こえる。
「何度目よ、それ」
「いや、なりたいでしょ?」
「そうでもないよ」
こいつはダメだな、と思う。
美少女だぞ?美しい女の子だぞ?
この世に蔓延る有象無象共が羨みながらも決して手の届かない存在だ。なってみたいと思う方が正常と言える。
「正気じゃねぇな」
「どちらかと言えばそっちが正気じゃないと思う」
「解ってねぇな、こっちが多数派よ」
「どこ情報なの?」
インターネットを揺蕩うオタクの総意である。老若男女問わず、美少女にはなりたい。これぞ真理。
「そんなことよりさぁ」
「大事なことだろ!」
「そんなことよりさぁ、卒論終わったわけ?」
卒論。聞いたことのある単語ではあるが、いまいち記憶と結びついてくれない。まるで嫌な記憶から目を背けているようだ。
「そつろん、って何ですか」
「すっとぼけないでよ。はー、その夏休みの宿題を最後の日に全部やるみたいなの、いつ改善するの?」
「多分天性のものだからこのままだよ」
「後悔してばっかなのに反省しないね君は」
そう言われても、後悔するのが目に見えていても後回しにしてしまうのが俺という男なのだ。
変われないものは変われない。俺は美少女にはなれないのと同じことだ。
「さっさと終わらせてくれないと遊べないじゃん」
「遊んでるよ」
「ネットの話じゃなくて。行ってみたいとこあんのよ」
「南刈沼にできたゲーセン?」
「そこ!なんかVRとかあるらしいからさ」
「そうなん?てか一人で行けばいいのでは」
「わざわざ誘ってあげてるのにそういう事を言うんですかあなたは」
「すみません」
頼んでもいないのに誘ってあげてるとは上から目線もいいところだが、それで助かっているのも事実なので素直に謝っておく。こいつが居なければ出不精の俺は何日家に籠っているかわかったものじゃない。
「てかVRに興味あったん?」
「んー、まぁ機会があればーとは思ってたから」
「今のご時世、スマホという便利なものがございましてね?」
「スマホVRはなんか違うっていうか……専用の箱買うのももったいないしなって。どうせ一回使ったら終わりだと思とね」
「飽き性だからね」
「あと実際に動いてやってみたい」
「それはちょっとわかる」
「でしょ?だからさっさと卒論片付けて」
うぅん、と唸る。そうしたいのは山々だが、何を書いてもしっくりこない。世界情勢や環境問題という題材で書こうにも、微塵も興味のないものを長々と書くのはなんだか違う気がするし、だからといって他に題材が思いつかない。袋小路のようだ。
「そんなもんゼミの内容と掠っていれば、適当にでっち上げちゃえばいいんだよ」
「しっくりこないんだよなぁ」
「そういう変なところで生真面目なのやめな?」
「美少女についてなら書ける気がする」
「二次元ならいいけど三次元だと完全にヤバい奴だから」
「失敬な。どっちもだよ」
「アウトでしょ……」
こうして目的のない通話を続けていると時間は消えていく。飲みかけのココアも冷めていた。
沈殿したココアをかき回しながら呟く。
「もう今年も終わりかー」
「まだもうちょっとあるよ」
「こないだ年明けたばっかなのに」
「年々早くなってる気はする。歳かなぁ」
「これから加速度的に一年が短くなるって思うとホラーだな」
「嫌だなぁ」
AM1:34。手付かずの論文と冷めたココアが一層肌寒さを誘っている気がした。
「え、もう一時半か。寝よっかな」
「おー寝ろ寝ろ」
「今年中には行きたいんだから、ほんと早く片付けてよね」
「明確なご褒美があればなー」
「は?私とのデートじゃ不満か?」
「でででででーとぉ?飴ちゃんのがマシだな」
「クソがよ!」
ぽひょん、という音と共に通話が終わる。
そうか、意識したこともなかったが、確かに世間一般的にはデートと呼べる行為だ。
一度そう考えてしまうと、過去のあれこれを思い出して無駄に意識してしまいそうになる。
しかし、デートと考えるのであれば、それは確かにご褒美と呼べるものであるかもしれない。
「クソがよ……」
独り言ちて座り直す。肌寒さはもう無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます