第12話 欲望のままに
「まず、お前に聞きたい。藍君にメールしたってどういうことだ?」
先生っぽい言い方に、心臓が跳ね上がった。かっこいい。
「いやあ、だってびっくりじゃん? いきなり椅子から倒れるんだもん。びっくりと言えば、藍ちゃんが藍君だったことも驚きたんだけど」
「話を逸らすな。お前はどれだけ彼に迷惑をかければ気が済むんだ」
「すみません、勘違いしてるだろうなとは思ってたんですが、まあいいかなって」
「わあお」
「相澤さん、本当に大丈夫ですか? ここにいることもストレスなんじゃ……」
「点滴打ってもらったら良くなったよ、大丈夫。俺のストレスの原因は遠山だから」
「ふたりしてひどいっ」
「お前が資料を全部削除したのがいけないんだろうが。俺の仕事を増やして……まったく」
「忙しそうだったのはそういうことだったんですね」
カラオケ店でスイーツを食べていたなんて、言いづらくなってしまった。
「あんまり遅くならないようにしましょう。相澤さんは少しジャンクフードを控えて下さい」
「そうだな……帰りはコンビニで簡単に食べられそうなもの買っていくよ。明日は仕事は休みだし」
「結局のところ、ふたりはどんな関係なの?」
相澤さんが破ってくれた沈黙は、再び訪れた。
どんな関係。一番困る質問だ。なのに相澤さんは僕をじっと見て、答えを委ねている。悪い大人だ。
「…………友人です」
「へえ?」
「友人……」
相澤さんは両手で顔を隠し、盛大なため息をついた。相澤さんの望む答えは出せなかったようだ。
「えーと……遊びに行ったりする仲です」
「まさかとは思うけど、付き合ってるとかじゃないよね? 男同士で」
「遠山」
相澤さんが低めの声色で強硬に言い張った。がつんとくる一発だが、僕はもう慣れっこになってしまっている。母や蓮の言葉が一番狂気じみているから。
「……僕はゲイなんで、男性としか付き合えません」
乾いた笑いで微笑むと、遠山さんは案の定、顔を強ばらせた。相澤さんは気にした様子を見せずにコーヒーをすする。
「ごめん、別に偏見とかないから!」
「はい、分かっています」
偏見があろうがなかろうが、正直どうでも良かった。遠山さんを利用して、相澤さんの反応を見たかっただけだ。最低なことをしてしまった。すでに知っている相澤さんは、横にあるメニュー表を見ている。ショートケーキが美味しそうだ。
「相澤先輩も……?」
「いや、別にそういうわけじゃない」
店員がお代わりを聞いてきたが、相澤さんは断った。時間はとっくに電車がない。タクシーで帰るか、どこかで時間を潰すしかない。
微妙な空気になってしまい、当たり障りのない会話をした後、僕たちは店を出た。
「相澤先輩、健康には気をつけて下さいね」
「遠山も俺の仕事を増やさないように」
レストランの前で、遠山さんと別れた。彼なりの気遣いかもしれないし、別れ際の素っ気なさはゲイという名の異物に対しての表れに見えた。
相澤さんを見上げると、彼も僕を見下ろしている。
なぜ、そんな辛そうな顔をするのだろう。
「藍君、あー…………」
「はい」
「良ければ、家に来ない?」
悲痛に歪めていると思ったら、今度は笑う。今日の相澤さんはいろんな表情を披露する。
「じゃあ……お邪魔します」
「タクシーで帰ろうか」
お持ち帰りなどとは思ってはいけない。電車がなくなる僕への配慮をしてくれただけだ。
相澤さんによると、近所に遅くまで空いているスーパーがあるらしく、そこで買い物を済ませることにした。
「明日の朝ご飯は、僕が作ってもいいですか?」
「作ってくれるの? 嬉しすぎる。先生にはちゃんと野菜も食べろって怒られた」
「相澤さんによると、ポテトは野菜ですもんね」
「あ、そうやっていじめる? でも野菜だよ」
「まあ、間違ってはいないですけど……」
野菜をカゴに入れていき、半額だった魚も入れた。
ここからはタクシーは使わず、相澤さんの案内だ。マンションが近づくにつれ、口数も少なくなってくる。
「部屋汚いんだけどいい? 直前で言うことでもないんだけどさ」
「大丈夫です。そう言う人って、だいたい綺麗ですよね」
「いや、リアルにひどいから」
相澤さんは真顔で言い、鍵を差し込んだ。
「無事に帰って来られたことに感謝。ようこそ、我が家へ」
「お邪魔します……」
まずはリビングに案内された。ビールの空き缶や食べかけのつまみが置いてあったり、普段の私生活がいかに不摂生か垣間見えた。
「藍君、そんな目で見ないで……」
「まずは一緒に片づけませんか?」
「だね」
リビングの掃除と、溜まった洗濯物を片づけ、ようやくソファーに腰を下ろした。相澤さんが入れてくれたお茶を飲むと、ほっとひと息つけた気がする。
「眠いよね?」
「うん……少し……」
「ベッド使って」
「相澤さんは……?」
「洗濯を片づけたら寝るよ」
「ん…………」
相澤さんが笑っている。優しい笑顔に、胸が締め付けられた。気持ちを吐露したら、どんなに楽だろう。爆弾を口から吐き出し、木っ端微塵に爆発してしまえば、すっきりして何も残らず忘れられるかもしれない。
なぜ相澤さんは誘ってくれたのだろうか。自問自答しても、返ってくる答えは「終電がないから」だ。ホテルでは駄目だった理由は、妙に艶めかしいし、僕がゲイだと彼は知っているから。一番無難な家を選んでくれただけだ。
シャワーを借りて途中で購入してきた寝間着に着替え、ベッドに横になった。相澤さんの匂いが一番強く、枕に顔をうずめた。汗の匂いも安心できる匂いだ。
「う…………」
このまま寝てしまえば、余計なことは考えなくて済む。
うとうとし始めた頃、相澤さんの足音が聞こえた。
眠ったふりは突き通せるわけでもなく、ゆっくりと目を開く。
なんて顔だ。きっと、彼とおんなじ顔をしている。
「藍君…………」
頬に当たる手が震え、大丈夫だと告げるように重ねた。
覆い被さる彼の背中に手を回し、胸に顔をうずめた。
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