悪役令嬢はタバコが吸いたい ~追放はむしろご褒美でした~

ハナミツキ

タバコは悪役令嬢になってから

 今日も私はイライラしていた。


「すまないがラピス、君との婚約を白紙に戻させてもらう」


 それは目の前で高らかに婚約破棄宣言をした元婚約者に対してでもなければ、


「……あぅ」


 その背に隠れておどおどとこちらの様子をうかがう赤い瞳の少女に対してでもない。


「そして……ジェムニア王国第五王女、ルビーとの婚約を宣言する!」


 元婚約者、プロセンス王国第一王子が追撃とばかりに発した言葉で、パーティに集まっていた貴族達がざわめき始めた。

 大広間を包む誰の声かも分からない声が、私の頭にガンガンと響いてくる。


「ニゲル、飴」

「はい、お嬢様」


 私は斜め後ろに立つ執事のニゲルに声を掛け、渡された包みを乱暴に開けると中身を口へ放り込んだ。

 そんな私の姿を受けて、貴族達の陰口がより一層強まる。


 気に食わない出来事に癇癪を起こし飴玉を舐める王女。


「なんという傲慢な態度だ」

「これは天誅ですわ」


 などとこちらに聞こえる声でのたまっている奴らにはそう見えているのだろう。


 まぁ別段否定する気もないし、そんな事私には関係ない。


(……あぁ、タバコ吸いたい)


 事の起こりはつい先月、私が十八歳になる誕生日会での事。

 火の不始末によって調理場で起きた火災。

 幸い死傷者こそ出なかったものの、私の頭には大きな変化が起きてしまった。


(この世界、ゲームの内容と同じじゃないか……?)


 職場の後輩が無理やり貸してきた、タイトルも思い出せないような乙女ゲーム。

 そんなゲームの内容を覚えていた理由は、やらずに突き返すのも忍びないと一夜漬けでクリアしようとプレイしていたからだ。


 適当なエンディングを見て、そのまま電源をオフ。

 そしていつも通り眠りについたところまでがいわゆる前世の記憶。

 セーブすらしてもらえなかったゲームソフトの怨念、とでもいうのだろうか。

 私はそんなくだらなくも確かな現実に、思わず小さく笑みを漏らす。


「……何かおかしいかね、ラピス。君のしてきた罪の数々を聞いて」


 王子がキツイ口調と共にこちらを睨み付けてくる。

 上の空で聞いていなかったが、多分私が今までルビーにしてきた悪行の数々が読み上げられていたのだろう。


 第一王女ラピス。それがこの世界での私だ。


 海よりも青い瞳に、煌めく白銀の髪。

 美貌と地位を傘に着て、気に入らないルビーをいびり倒すいわゆる悪役キャラ。

 しかし当然というかなんというか、婚約者である王子はルビーの方を好きになり、ルビーの暗殺計画まで企てていたことが明るみになったラピスは城を追われることになる。

 プレイヤーとしてはめでたしめでたし、という流れなわけだ。


(まぁ、今の私はプレイヤー側じゃないわけだけど)


 もちろん、この結末も知っていた。

 知った上で記憶が戻ってからの一か月、何もしなかった。

 婚約破棄され、身内の命まで狙った悪女でも腐っても王族。

 死刑にされることはなく、地位を剥奪された上で辺境の地へと追放されるだけなのだ。


(この世界の人間にとってはかなり重い罪なんだろうけど)


 中世だかファンタジーだかよくわからない世界だが、地位だ金だ権力だとうるさい事だけはこの一か月でよく分かった。


「最後に何か申し開きはあるか、ラピス」


 厳しくも優しい別の声が私に尋ねてくる。

 ジェムニア王国国王、つまりは私の血縁上の父。

 これまでの記憶はほとんど薄れてしまっているが、娘の身を案じる気持ちだけは言葉から伝わってきた。


「父上、お達者で」


 最後くらいはと、最大限取り繕ったお辞儀を返す。

 城を出たくて何もしなかったのだから、国王が気に病むことは無いのだが。


「なぜこのような馬鹿な事を……」


 とまで言われると、知っていて変えようとしなかったことが少し申し訳ないように思えて、


「わたくしが一番でないなんて、認められませんもの」


 などど、ゲーム通りの憎まれ口でも叩いてわざと嫌われる努力をしてみる。


「……連れていけ」


 甲冑に身を包んだ衛兵が二人、私の隣に並び立つ。

 鎖で繋いだりしないのは、国王の最後の情だろうか。

 私はそのまま衛兵に連れられ、大広間を後にした。



 私を乗せた馬が、街道を走る。


「お疲れではありませんか? 姫様」

「んーん、平気」


 正確には私とニゲルを乗せた馬。


「私は姫様と共に参ります」


 私が城を追放されたあの日、ニゲルがそう言い出した時は最初聞き間違いかと思った。

 専属の付き人のようになっていたが、本来ニゲルは王室の執事長なのだ。

 そんな立場の人間が、追放された身である私に着いてくるだなんて。

 私といた時間が長かったせいで疑われてしまったのか、と聞いてみても


「懐に飴を忍ばせているような執事は私くらいしかおりませんので、仕方なく」


 と軽くかわされてしまった。

 一応は実行犯の自分が言うのもなんだが、あれだけの悪事を働いた者と行動を共にしたいと思うとは。


(ま、監視役として来たってのもあるんだろうけど)


「さぁ、着きました」

「ん」


 ニゲルの言葉と同時に馬はゆっくりと速度を落とし、やたらと年季の入った建物の前で止まった。


「お手をどうぞ、姫様」


 先に馬を降りたニゲルが私をエスコートするために手を伸ばしてきた。


「なぁニゲル、もう私は王女じゃないんだ。姫様はやめないか?」


 私は差し伸べられた手に導かれながら、ニゲルにそう伝える。

 様付けで呼ばれるというのは、どうも慣れない。

 今後も一緒というならば、まずはそこから直してもらわなければ。


「ではそうですね……今後はラピス様、と」


 いたずらっぽく目を細めてそんな言葉を返してくるニゲル。


「どうしても様付けは必要?」


 などと不満を返してみても、


「どうしてもと命令されるのであれば、従いますが」


 なんて返答が返ってきた。

 それからしばし、見上げ見下ろされる形で見つめ合う事数秒。


「……分かった。もうそれでいいわ」

「お心遣い痛み入ります、ラピス様」


 私のほうが折れることで決着がついた。


(ゲームで設定されたNPCの挙動を無理に変えようとしても無意味か)


 どうやら私がこの辺は私が慣れるしかないらしい。


「ニゲル、飴」

「はい、ラピス様」


 ここで姫様とでも呼ぼうものならせっついてやろうかと思ったが、嫌みなほどスマートな奴だ。

 私は何味とも形容しがたい飴を口へ運びながら腕を組む。


「ではラピス様、お掛けになってしばしお待ちを」


 少し背丈のある平たい石に敷かれたハンカチ。

 そこへ促されるままに座ってみる。

 簡易的な椅子としては十分で、ひんやりとした感触が長く馬に乗って疲れた脚に心地よい。


「ねぇニゲル、この建物はもともと何のために建てられたものなの?」


 重厚な石造りの壁に、ガラスも嵌められていない無骨な物見窓。

 少なくとも貴族の別荘ではなさそうだ。


「元々は監視所として使われていたものですね」


 重い物を移動しているような作業音の間からニゲルの声が聞こえてくる。


「この場所は昔、ジェムニアとプロセンスが友好国ではなかった頃に防衛線だった場所なのです」


 今度ははっきりと聞こえてきたニゲルの声。

 畳んだ燕尾服を片手に、ウィングカラーシャツ姿のニゲルがいつの間にか目の前に立っていた。


「……随分と荒れた土地ね」


 ここへ来るまでに通ってきた道を遠目に見つめ、それから眼前に広がる荒れ地へと視線を戻しながら呟く。


「両国が友好条約を結んだ後、居住地計画や農地への転用も考えられたようですが……場所が場所なだけに、上手くいかなかったと聞いております」


 私の隣に立ち、私と同じように視線を動かしながら教えてくれるニゲル。

 追放程度と軽く考えていたが、なるほど確かにこれは重い罰だ。

 ニゲルが付き添ってくれていなければどうなっていただろうか。


「ありがとう、ニゲル」


 そんな風に思っていたら口から自然と感謝の言葉が出ていた。


「知っている事をお伝えしただけですよ。礼を言われるほどのことでは……」


 大袈裟な身振り手振りで見当違いな返答をするニゲル。


「付いてきてくれてありがとうって言ってるのっ」


 ふくらはぎの辺りを軽く蹴りながらわざわざ全部言ってやると、


「申し訳ありません、少し意外で」


 困ったようなはにかみ顔を返された。


「意外ってあなたね……」


 そう言いかけた言葉を途中で止める。

 私自身、元のラピスの性格から大きくかけ離れているのは分かっている。

 この変化を『意外』程度で済ませてくれたのはニゲルだけだ。

 乱心だとか気が触れただとか、そんなことまで言ってきた奴もいたくらいなのだから。


「まぁいいわ」


 ふん、と鼻を一息鳴らしてから視線を荒れ地へと戻す。

 今の態度は悪役キャラっぽかったかもしれない。


(しかし……本当に何もない場所だわ)


 居住地計画が失敗したのは辺境過ぎるせいだとしても、農地への転用がここまで失敗した理由はなんなのだろう。


「……ん」


 元は農耕地だったであろう地面。

 何も生えていないと思っていたそこに、背の低い雑草のようなものが生えている。


「ねぇニゲル、あの草は何?」


 私は簡易椅子から腰を上げるとその雑草の傍へと近づく。


「ラピス様、お召し物が汚れてしまいますよ」


 なんていうニゲルの忠告はとりあえず無視だ。


「あぁもう、歩きにくいっ」


 やたらフリフリの付いた動きにくいドレスの裾を片側だけ引き上げると、固定するために腰の辺りで結ぶ。

 これで多少は動きやすくなるはずだ。


「はしたないですよ、ラピス様」


 なおも忠告を繰り返すニゲルを無視して、雑草を摘み取る。

 何の変哲もない雑草にしか見えないが、何故だか気になって手に取ってしまった。


「ねぇニゲル、この草はなんなの?」


 手に着いた土を払うこともせず振り返ると、小首をかしげるような角度で頭を抱えるニゲルの姿が目に映る。


「それは悪魔の草と呼ばれる植物ですね」

「悪魔の草……?」

「悪魔の草が生える地には他に何も生えることが無いと言われ、農民たちからは忌み嫌われている草です」


 こんなしょぼくれた草がそんな名前で呼ばれているとは。

 そこまで言われると気になってしまうのが人間というもの。

 とはいえいきなり口に入れるのも怖いし、ここは一つ匂いでも嗅いでみようか。


「……くん、くん」

「あっ、ラピス様っ」


 脳の奥を何かが突き抜ける衝撃。

 目の前がちかちかと瞬いて、頭がくらりと揺れる。

 この身体でまだニコチンを摂取したことはなかったせいか。

 しかしこの感覚、脳は覚えている。


「ラピス様っ、ご無事ですかっ!」


 心配の入り混じった大声と、がしっと肩を強く掴まれる感触。

 ふらふらと揺れる視線をゆっくりと上に向けると、ニゲルの焦った表情が映った。


 (なんだ、ちゃんと焦ったりも出来るんじゃないか)


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「ニゲル」

「な、何でございましょう?」

「少しお願い、聞いてくれる?」



 あれから悪魔の草を大量に収穫し、日に干して乾燥すること数週間。

 どこかで聞きかじっただけの知識だったが、なんだかそれっぽくいっている気がする。

 私はぱりぱりに乾いた葉を見ながらほくそ笑む。


「ラピス様、お食事のご用意が出来ました」

「うん、今行く」


 豆のスープに干し肉のステーキ、そこにパンが何切れか。この数週間で見慣れた食事風景だ。

 どうやら保存食の類をニゲルが持ってきてくれたらしく、食には困っていなかった。

 これが王が持たせてくれたものなのか、ニゲルの厚意なのかは定かではないが、とりあえず今は甘えることにしている。


「申し訳ありません、このような食事ばかりで」


 なんてニゲルは言うが、まともな調理器具のないこの場所で頑張ってくれているのだから文句はない。


 普通に美味しいし。


(でも、飽きはどうしても来てるし……今後のことも考えるとこのままじゃいけないな)


「……よし」


 私は勢いよく席を立つと、すぐに外へと出た。

 ニゲルは呼ばなくとも私の隣にぴったりと着いてきている。

 全くできた執事である。


「少し手伝ってくれる?」

「少しと言わず、なんなりと」


 私の問いかけに目線が合うほどに深々と頭を下げるお辞儀で返してくる

 この世界の執事はいちいち動作がわざとらしい。

 いやまぁ元の世界で執事に会った事なんてなかったし、悪い気は別にしないけれど。


「それじゃ、この葉っぱをこんな感じで細かく分けて……」


 何かの興味で調べたタバコの製造工程。

 頭の片隅にあるかすかな記憶だけが今は頼りだ。


『ねぇ、ニゲル。タバコ持ってない?』

『……申し訳ありませんが、タバコとはなんでしょう? お嬢様』


 記憶を取り戻した直後にニゲルとした問答がふと蘇ってくる。

 あの時は全年齢対象ゲームの表現規制を嘆いたものだったが。


「こんな感じでどうでしょうか」

「うんうん、いい感じ」


 ニゲルの手の平に詰まった乾燥葉。

 それを食事に使ったナプキンの切れ端で包んでやれば。


「よし、出来た」


 葉っぱをただ巻いただけの代物ではあるが、素人仕事にしては上出来ではなかろうか。


「ニゲル、火」

「火……?」

「コンロに火付けるときのやつがあるでしょ」

「いえ、そうではなくてですね……」


 困惑顔で返してくるニゲルに、簡易タバコを咥えながら端をとんとんと叩いて合図を送る。

 そんな私の様子を見て、顎に手を当てながら思案していたニゲルがポケットからマッチを取り出した。

 流石敏腕執事は話が分かる。


「どうぞ、ラピス様」


 マッチの火が先端に触れると同時に、ゆっくりと肺の中へ煙が充満していく。


「うっ……げほっ、ごほげほっ!」

「こ、この煙は……!?」


 葉を嗅いだだけの時とは段違いの衝撃が脳を襲う。

 身体が拒否反応を起こしたのか、激しい咳が込み上げてきた。

 目から涙が止まらない。 


(この体に、なってから、初めてだし……しょうがない、か)



 だが、これがいい。こうでなければ。



「ラピス様、やはり悪魔の草は……」

「大丈夫大丈夫、平気平気」


 心配そうに肩を抱くニゲルへひらひらと手の平を振って返すと、もう一度ゆっくりとタバコを吸う。

 体が慣れてくれたのか今度は咳き込むようなことは無く、楽しむ余裕も生まれていた。


(フィルター無しだとここまでクるんだ……)

「あの、ラピス様。これは一体……」


 タバコを吸う私を見て珍しく狼狽えているニゲル。

 その様がなんだかおかしくて、私はタバコを咥えながらニマリと笑う。


「ほら、ニゲルも」

「わ、私もですか?」

「なんなりと、って言ったのは誰よ」

「それは、ですね……」


 半分くらいの長さになったタバコを有無を言わさず押し付ける。


「ゆっくり吸ってみて」

「……ラピス様の頼みでなければ、このようなことは」


 恨み節のようなものを呟きながら、ついに意を決してタバコを吸うニゲル。


「……ぐ、これは人の吸うものなのですか本当に」

「……」

「こほん……ラピス様?」

「……なんか思ってた反応と違う」

「なんですかそれは……」


 思い切り咳き込んでいるところをからかってやろうと思っていたのに。

 こんなところですら隙が無い。


「しかしラピス様、どこでこんな知識を……」

「ま、いいじゃないそこは」


 ニゲルの感じる違和感を取り繕うこともせぬまま、再びニゲルの手からタバコを奪い軽く一服。

 そこからギリギリまで吸いきると、吸い殻の火を蹴って消す。


(もうちょっと改良の余地がありそうね)


「ニゲル、次行くわよ次」

「次……?」

「製品改良よ!」


 最初はタバコ自体のクオリティアップ。


 それから農地の改善、品種改良。


 すべてはよりよい、タバコのために。


「ラピス様」

「ふー……ん、ニゲル。どうしたの?」


 あれから更に半年以上。

 タバコはすぐに資金になり、その資金はさらに良いタバコを作るのに使われ、それもまた資金になって。

 どこの世界でもこの手の娯楽は強いらしい。


「ジェムニアからの使いが来ておりますが」


 人間とは実に現金なもので、タバコの生産者が私と知れた途端に手の平を返してきたわけだ。

 私は煙を燻らせながら、遠くジェムニアの方を見る。

 風の噂で聞いたプロセンスとジェムニアが傾いてるという話、どうやら本当らしい。


「使いはなんて?」

「このような書状を」


 手渡されたのは王家の紋章入りの書簡。

 そこに書かれただらだらと長くやたらと尊大な文章を要約すると、全部許すから帰ってきてくれといった内容だった。

 ゲームでは結婚してめでたしめでたしで終わっていたが、どうやらその後はあまり上手くいかなかったらしい。

 読みながらこれをせっせと書く王子の姿が脳裏に浮かんで、鼻から短く息が漏れる。


「どのような内容でしたか?」

「ニゲルも読む?」


 問いかけに書簡を放って答えると、私は新しいタバコに火を付けた。

 それからニゲルが読み終えるのを待ってから、


「ニゲルはどう思う?」


 そう尋ねてみた。 


「……」


 私の問いかけに、ニゲルは沈黙で返してくる。

 その間がなんとなく居心地悪くて、私はニゲルの唇に自分の吸っていたタバコを運ぶ。

 私とニゲルしか吸ったことのないスペシャルブレンド。

 考えを纏めるときに最適な味だ。


「……すぐに突き返してきます」


 煙を横へ流しながら、吐き捨てるようにニゲルが言う。

 最初は手慣れていなかった喫煙姿も様になったものだ。


「説得されるかと思った」


 新しいタバコに火を付け、ニゲルの隣に立つ。

 高いところから漂ってくる煙の流れを目で追っていると、ニゲルの黒い瞳と目が合った。


「城へ帰るようにですか?」

「それが目的で私のところにいたんじゃないの?」

「……ふぅ」

「……ふー」


 お互い一旦煙を吐いてから、再び目を合わせる。


「そう思われていたんですね……」

「違うの?」


 私の言葉へ返事することなく、手にしていたタバコを揉み消すとそのまま部屋を出ていこうとするニゲル。


「ちょっと、答えてよ」


 なんだか極まりが悪くて私はニゲルを呼び止める。


「それは命令ですか? ラピス様」

「え……」


 いたずらっぽく目を細めて問いかけてくるニゲル。

 この表情、前にも見たことがある。


「そ、そう。これは命令よ」


 今度は引いてやるつもりはない。


「なるほど……命令ならば仕方ありませんね」


 くるりと踵を返したかと思うと、気づけば目の前。

 指に挟んでいたタバコがピッと抜き取られたと思ったら、眼前にニゲルの顔が広がっていた。


「……」

「……これでも分かりませんか? ラピス様」


 多分また、いたずらっぽい顔でこちらを見ているのだろう。

 直接顔は見れないが、多分そうだ。


「えと、その……さ、最初からそんなこと思ってたの?」


 ぼそぼそと呟くような声しか出ない。


「気づいていらっしゃるのかと思っていましたが、その反応ですとそうではなかったようですね」


 あぁもうまた、そんな言い方。

 私は煙幕のように煙を吐き出すと、


「わ、私も……す、す……好きよ」


 そこに隠すように言葉を紡ぐ。


「……? すいません、ラピス様。よく聞こえなくて」


 わざとらしい動きで聞き返してくるニゲル。

 これはどっちなのだろう。まぁどっちでもいいか。


「早く使いの所へ行ってあげなさいな」

「あぁ、そうでした。それでは行ってきます」

「……ニゲル」

「はい?」

「飴」


 タバコが出来てからめっきり食べていなかったニゲルの飴。

 なんだか無性に食べたくなった。


「はい、ラピス様」


 久しぶりに見る包み紙。

 相変わらず何味か分からない味。


(……こっちのほうが美味しいかもしれない?)


 タバコの火を消しながらそんなことを思ったのは、ニゲルがあんなことを言い出したからだろうか。


(甘いタバコとかも、いいかなぁ)

「ただいま戻りました」

「ねぇニゲル、あのね……」

「?」


 きっとニゲルなら何でも聞いてくれる。

 そう思うとなんでもできる気がしてくるのだ。



「さぁ行くわよ、ニゲル」


「はい、ラピス様」

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悪役令嬢はタバコが吸いたい ~追放はむしろご褒美でした~ ハナミツキ @hanami2ki

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