第四十話




 莉桜が定宿にしている旅籠『あさか』につくと、緒方と華岡は早速治療に取り掛かった。

 その間、旅籠の食堂で雪那達は悠生と対面を果たした。

「貴方が、莉桜さんの言っていた雪那さんですね」

「君が莉桜が案内人をしている商人さんだね」

 悠生から雪那は昨夜の状況を一通り聞いた。

「莉桜を助けてくれてありがとう...」

「いえ、彼女に傷を負わせてしまった...もう少し早く駆けつけていれば...」

 ぐっと、拳を握り締めて悔やむ悠生に雪那は首を横に振る。

「いや、君がいてくれて良かった」

 沈痛な面持ちで言葉を交わしていると、治療が行われている部屋の障子戸がすっと開いた。

「命に別状はない。が、腹部を貫かれているから暫く無茶はさせないように」

 治療を終えた緒方は、雪那に忠告をした。

 それが叶わないのは分かっているが、それは医者としての義務だった。

「一応、縫合はしたけどね。まあ、言って聞かないどろうけど」

 ニヤリと笑う緒方に、雪那は苦笑した。

「今の所黒結病の心配はなさそうだ。アイツには色々と加護がついてるからね。でも、何かあったら直ぐに報せて」

「薬と包帯は置いて行きます。今は麻酔で眠ってますが、もう直ぐしたら起きると思いますよ」

 荷物を手に、緒方と華岡はいつも通り的確な指示を出して、二人は診療所へと帰って行った。

 二人を見送ってから、雪那達はは莉桜が寝かされている部屋へと入った。



 陽が西に沈む頃、莉桜は目を覚ました。

 瞼を開くと、そこには悠生だけでなく雪那や雨、少し離れた所に猛の姿もあった。

「莉桜...」

「雪那、お帰り。ごめん、出迎え出来なくて...」

「そんなことどうでもいいよ。それより、なんで一人で夜警にでたのさ」

「ああ...ごめん。でも、やっぱりじっとしてられなくて...」

 苦笑を滲ませ、莉桜は身じろいで身体を起こす。

 塗ったばかりの傷口が地味に痛んで、顔を歪めた。

「無理して起きなくていいよ。それで、辻斬りとやり合った感想は?」

「ああ、強かったよ」

 起き上がろうとした莉桜を悠生が支える。

 その横から雪那は莉桜に問いかけた。

「それより雪那、アイツ等の目的が分かったかも知れない」

 悠生に支えられて身体を起こした莉桜は、雪那に昨夜の事を話し出した。

「辻斬りは複数いるみたいだけど、この前私達が遭遇した奴の名前はソウジっていうらしい。昨日私が対峙したのもそいつだった」

(ソウジ...?まさか...)

 莉桜が話す内容を離れて聞いていた猛は、出て来た名前に眉を顰めた。

「それで、奴らの目的って?」

「うんまだ確証は得られていないけど...アイツ等が探していたのって、聖剣なんじゃないかと思う。あと、なんでか分からないけど私を殺そうとしてた」

「それは、聖剣の使い手だから?」

「どうだろう?でも、計画に邪魔だとか何とか...」

 昨夜の様子を思い出し莉桜は顔を歪める。

「聖剣って、じゃあ、辻斬りの目的は神刀三日月って事?」

 たった一本の刀を捜す為にこれまで辻斬りをしていたのか。

 だが、そこで疑問が浮かんだ。

「ちょっと待って、莉桜が聖剣を使うのはこの逢坂の執行人ならある程度の人は知っている筈だよね。それなのに、わざわざ違う人を襲っていたの?」

「仮に、莉桜さんを捜していたとしても、特徴もバラバラな人が襲われているのは、変じゃないですか?」

 話を聞いていた雨がポツリと疑問を口にする。

 確かにその通りである。

 これまで辻斬りの被害に遭ったのは、何も女性だけではない。

 そこに男女の垣根はなく、背格好もばらつきがあった。

「...あくまで噂ですが...聖剣は三日月だけではなかったと聞きますよ」

 それまで黙っていた猛が、重い口を開く。

 それは、土方達から公言はするなと固く言われていた事だったのだが。

(なんで猛がそれ知ってんだろう...)

 口を開いた猛を莉桜は怪訝に眉を顰めて猛を見据えた。

「猛、君なんか知ってるの?」

 背後を振り返り、雪那は目を細めて猛を見据えた。

「あ...いや、これは軍警にいた頃に聞いた噂なのですが...大災厄後の怪夷討伐時代に聖剣が三本実践投入されていたと...」

 今まで黙っていた事をすまないと感じながら猛は少しぼかしながら話をする。

「討伐軍に聖剣があったの?」

「初期の事なのであまり記録に残って居ないそうですが...しかし、戦いの混乱の中で行方不明になったと...」

「それをアイツ等が探していたなら、確かに不特定多数が襲われても不思議ではないか...」

 猛の話でこれまでの辻斬りの行動の理由が判明した所で、雪那は俯き加減で考え込む。

「聖剣の行方...」

 自身の枕元にある三日月をチラッと見遣った莉桜は、ハリネズミの三日月が何かを言いたそうにしているのに気づいて首を傾げた。

「三日月?あんた、なんか知ってそうやね」

 莉桜の声に、それまで悠生の愛鷹の傍にいた三日月は、莉桜と朔月をキョロキョロ見比べた。

 そんな三日月と朔月の下に、刹那がゆっくりと近づいていく。

 鼻を突き合わせ、何か言葉を交わした二匹。

 小さく頷いて三日月は刹那に咥えられて莉桜達の傍にやって来た。

 莉桜を始め、雪那や悠生、雨や猛が覗き込んで来るのを見上げて、三日月は彼等の脳に直接言葉をかけた。

『驚かないで聞いて...聖剣は、もうここに揃っているんだ』

 唐突に聞こえてきた声に猛と雨は驚いたが、優しく語りかける三日月の柔らかな声音に、 直ぐにこの状況を受け入れた。

「三日月、揃ってるってどういう事?」

 莉桜の問いかけに三日月は小さく頷いて部屋の中にいる刹那と朔月を見上げた。

『はあ、ついにオレも語らなきゃなんないのか...』

『まあまあ、兄弟。いつかはこうなる手筈だったんだ。気楽に行こう』

「うわ、更に声が増えた」

 三日月とは別に聞こえてきた新たな声に、猛は更に驚愕した。

「で、刹那、説明して」

『オレ達は、莉桜の故郷で打たれた聖剣に宿った言わば魂なんだ』

「朔月、お前もなのか?」

『ああ、まあね。私は暫く日ノ本を離れていたから、三日月と刹那に会うのは初めてだったんだけど...他の二振りは、知っているよ』

 朔月はちらっと、猛と雨の方を見る。正確には、彼等が持つ打刀と長銃を。

『既に覚醒の兆しは見えている...久し振りに姿を見せて欲しいな』

 朔月の呼びかけに、猛が持つ打刀と雨が持つ長銃が銀色に輝き出す。

「わあっ」

 それに驚いた雨は長銃を床に落とした。

 光り輝く長銃から、ふわりと淡い光が浮かび上がる。

 猛の打刀からも淡い光が浮かび上がった。

 二つの光は形を変え、現れたのは、一匹の狸と一羽のペンギン。

『はあ、いやあ、久し振りのシャバですわ』

『まさかねーこんな形で呼ばれるなんて驚きだよ』

 大きな尻尾を振り回し、狸は自然な動きで何故か莉桜の傍に行くと、ぴたりとそこに寄り添った。

『ああ、皆様、お初にお目にかかります。うちは、聖剣 神刀・弦月つるつき。兄弟の三男坊。元々は短刀やったんですけど、巡り巡って銃の銃剣の部分になっとったんです。以後、お見知りおきを』

 愛らしく話す狸・弦月は莉桜の傍に寄り添ったまま、パタパタと尻尾揺をらした。

『ボクは、聖剣 神刀・暁月あかつき。二番目に打たれた打刀うちがたなだよ。弦月とおんなじで、今まで眠っていたんだ』

 関西弁で快活に話をする弦月に対して、可愛らしい口調で話す暁月は、極寒の地にいるとされる飛べない鳥の姿を取っている。

『やっと会えた...』

 現れた狸とペンギンの傍に三日月は歩み寄る。

「ちょっと、待って。三日月や猛の刀はともかく、刹那、君も聖剣なの?」

『黙っていて悪い。色々理由があるんだ。俺は刀ではなく槍に近い形状なんだ。実際には鎌で、理由があって今は刃がない』

 持ち主の問いかけに、刹那は今まで隠していた事を語る。

「そっか...今度、詳しく聞かせて...」

 何か含むような言い方に、刹那は顔を曇らせて雪那から視線を逸らした。

「それで、どうしてアイツ等は聖剣を捜しているんだろう?三日月、あんた達が揃ったのにも理由があるんでしょ?」

 話を戻すように莉桜は三日月に問いかける。

『うん。僕等は怪夷を完全に消滅させる為に生まれた。五本揃う事でその真価を発揮する。莉桜、そして皆、どうか聖剣の持ち主として力を貸して』

 真っ直ぐに莉桜達を見渡して三日月は深々と頭を下げる。

『オレからもお願いしたい。オレがここに戻って来たのは多分、この為だったからね』

『うちも、そろそろお役目を果たさんと。親父殿...莉桜はんの父君が込めた願いを叶えんと』

『ようやく、この時が来たんだよ。ボク達に力を貸して。お願いご主人様たち』

 五匹の動物に見つめられ、莉桜、雪那、猛、雨、そして悠生は互いに視線を交わし合った。

「私は、三日月の使命を一緒に果たすよ。私の役目でもあるからね」

「俺も、莉桜さんに協力しよう。朔月を俺が持っていたのには意味がありそうだしね」

「僕もだ。刹那が隠していた理由は後で聞くとして、多分僕も必要な気がするからさ」

 刹那の頭を撫でて、雪那は肩を竦める。

 それに、刹那は驚いたように目を見張ってから、少しだけ目を潤ませた。

「僕も、この話乗ります!自分の持っていたものが実は世界を救えるかもしれないって思ったら、わくわくするもん」

 無邪気な笑みを浮かべ、雨は莉桜の傍に張り付いていた弦月を抱き上げた。

『あ、あ、嬉しいですけど、もう少し莉桜はんの傍がええです』

「君、なんで莉桜さんの傍にまっしぐらだったの?」

 キョトンと、無垢な疑問を投げられて弦月は雨から視線を逸らすと、尻尾をぶらぶらと揺らした。

『そら、うちは莉桜はんのファンなんです』

 きっぱりとそういう弦月の潔さに雨は苦笑する。

「そっか、弦月も莉桜さんのファンなんだ。僕と一緒だね」

 ぎゅっと、雨は嬉し気に弦月を抱きしめる。それに、パタパタと弦月は尻尾を揺らした。

「で、猛君はどうするのかな?」

 答えを渋っている様子の猛を雪那は覗き込む。

「俺は...雪那さんについて行きます...」

 躊躇いながら答える猛に、雪那は何かを感じ取る。

「猛、何か隠してる?」

「え?」

 唐突な指摘に猛は視線を彷徨わせる。まるで、それが答えの様だったが、雪那はそれ以上は追及しなかった。

「猛、君は僕のボディーガードだよね?なら、黙ってついて来て」

「はい、雪那さん」

 今度は真っ直ぐに雪那を見つめ、猛は真剣な表情で頷いた。


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