第二十七話

 

 試験最終日。

 軍警庁舎には、朝から受験者が集まっていた。

 今日が最終試験日だが、今日の最終試験に臨めるのは、一日目の筆記試験と二日目の実技試験に受かった者だけ。

 結果が発表される午前八時には結果を確認に来た受験者で溢れていた。

 結果を張り出した掲示板の前で、一喜一憂の光景が繰り広げられていく。

 莉桜と雪那も受験票を確認しながら、掲示板を覗き込んだ。

「よっし、合格だ」

「ふあ~第一関門クリアだね」

 受験番号を見つけて、莉桜と雪那は同時に肩の力を抜く。

「そういえば、最終試験って、何するの?」

 ふと、疑問を抱き雪那は小首を傾げる。

「さあ?日程表受付で配ってるら貰いに行こう」

 一安心した所で、受付で最終試験の日程を受け取り、二人は目を丸くした。

「集合時間...深夜だけど...」

「怪夷討伐の実践試験?」

 顔を突き合わせて莉桜と雪那は疑問に首を捻った。





 渡された日程表に従い、莉桜と雪那は午後九時に中之島へ渡る船着き場を訪れた。

 今夜に限っては何故かお龍さんも夜間外出には特になにも言ってはこなかった。

 逢坂に来た初めの頃は、夜間の外出は固く禁止されていると何度も忠告された。怪夷が街にも出るからというのが理由ではあったが、もしかしたら別な理由があるのかもしれない。

 そんな事を考えていた時、坂本から「執行人になれば分かる」と言われた。

 もしかしたら今夜その疑問が晴れるかもと思うと、雪那は少し期待を寄せていた。

「夜の逢坂って、静かだね」

 集合場所に辿り着き、雪那は隣に並ぶ莉桜に声を掛けた。

 坂本の邸からここに来るまで、人には全く出会わなかった。霧の立ち込めた夜の逢坂は昼間の賑わいが嘘のように不気味に静まり返っていた。

「夜の逢坂初めて歩いたから聞いてた通り本当にこんなに人が一人もいないのは驚いた」

 雪那の言葉に頷き、莉桜は外套の襟を立てた。

「それにしても、これから何をするんだろ...」

 辺りに集まり始めた受験者の面々を見渡し、莉桜は眉を顰める。

 暫くすると、中之島から試験官らしき軍警の面々が舟で対岸まで渡ってきた。

「受験者の諸君。これより君達にはある場所に移動してもらう。この馬車に全員乗り込むように」

 試験官の総監督である斎藤は集まった受験者達にそう言って、何処からか現れた大型の幌で覆われた馬車を指示した。

 優に二十人は乗れるであろう本来なら荷物を運搬する為の馬車に、受験者達は軍警の誘導に従って乗り込んだ。

 ぎりぎりの人数を乗せた馬車は、ぎしぎしと軋む音を立てて動き出す。

 幌で視界が覆われている為、外の景色を伺う事は叶わない。

 時々、石に乗り上げるような不規則な振動に揺らされながら、莉桜と雪那を初めとした受験者を乗せ、夜の逢坂の街を駆け抜けた。



 やがて、馬車は御者の掛け声と共に歩みを止め、僅かに前後に揺れて停車した。

「全員降りなさい」

 斎藤の号令に、手前から順位受験者達は馬車を降りていく。

 他の受験者に続いて馬車から降りた莉桜と雪那は地面に降り立つなり、辺りの景色に目を見張った。

「ここ...何処?」

 いつの間にか莉桜達は逢坂の街を出て、荒野のど真ん中へと連れて来られていた。

 見渡す限り、開けた田んぼとあぜ道、雑木林と小さな山が幾つもある里山である。

「諸君、これより最終試験の説明をするので良く聞くように」

 全員が馬車から降りたのを見計らい、四列に整列させる。

 すると、受験者が乗ってきたモノとは明らかに造りの違う馬車から、一人の男が降りて来た。

 軍服の外套の裾をはためかせ、地面に降り立ったのは厳格な強面の人物。

 その人物に斎藤を始め、試験官である軍警の面々は一糸乱れぬ動きで敬礼をした。

「あれ...軍警トップの土方だぞ...」

 何処からかそんな受験者の驚きの声が聞こえてくる。

 ざわつく受験者の前に立った土方は彼等にに向かって話を始めた。

「これから諸君には怪夷を実際に倒してもらう。言わばこれが諸君等にとっての初陣。執行人として、怪夷を倒せるかが最終試験だ。昨日の実技試験同様二人一組で、三体の怪夷を討伐し、核を回収せよ。それが出来ない者、怪夷との戦闘が危険だと我々が判断した場合は不合格と見なす。いいか、この最終試験に臨めるのは一度きりだ。ここで怪夷を倒せない奴は執行人になる資格なしと心得ろ」

(つまり、一発勝負か...)

 土方の説明を莉桜は胸中で噛み砕く。

 ここで怪夷を倒さなければ執行人になれないというプレッシャーは、その場の受験者全員が感じているだろう。

 周りの誰もが僅かに緊張で顔を引き締めていた。

「制限時間は夜明けまで。それまでに怪夷を見つけて討伐しろ。この辺りは怪夷の出没が多く報告されている。怪夷を討伐し、核を集めた者は速やかにこの本陣へ戻るように。それでは、諸君の健闘を祈る」

 土方の号令を合図に、受験者達はそれぞれ散らばり、二人一組で話し合いを始めた。

 受験者に渡された物は明かり用のランタンとこの近辺の地形図。それから核を収納する麻袋だった。

「莉桜、何処に行く?」

 地形図で行き先を決める為雪那は莉桜と顔を突き合わせて作戦を練り始める。

「闇雲に歩くのも時間の無駄使いか...それなら行き先を決めてそこを目指した方がいいよね」

 地形図を見つめて目ぼしい場所を莉桜は捜す。

「取り合えず、この雑木林を抜けた先に神社があるから、そこを目指してみようか」

 地形図の西側を指差して莉桜は提案する。

「そうだね、他の受験者はもう動き出してるし...」

 周囲の様子を確認して雪那は腰を上げる。

「夜明けまでは残り五時間...か」

 懐から懐中時計を取り出して莉桜は夜明けの時間のおおよその目安を付けた。

「もたもたしてたらノルマ達成できないから、とにかく行こう」

 地形図を手に莉桜と雪那も他の受験者同様に雑木林の中へ入って行く。


「魚住、後をつけて来い」

 莉桜と雪那が雑木林の中に入って行くのを見遣り、土方は傍で待機していた猛に指示を出した。

「何か動きがあれば報せろ」

「了解しました」

 短く頷き、猛は雑木林に入って行く。

「あの二人、本当に聖剣持ちなんでしょうか」

 土方の横で斎藤は疑問を口にする。

「さてな、坂本の情報が正しいかどうか、確かめないことにはな」

 腕を組み、土方は目を細めて雑木林の方を静かに見据えた。




 何組かの受験者も雑木林の中を進んでいるのか、あちこちに気配があった。

「夜の森とかちょっと怖いね」

 ランタンの明かりを頼りに進みながら雪那は肩を竦める。

「都会育ちが...私はこれくらいならなんともないよ」

 弱気な事を零す雪那に莉桜は溜息を吐く。

 出雲の山奥で育った莉桜は夜目が効いた。僅かな明かりがあればある程度周りを把握する事は可能で、雑木林を進みながら周囲の気配に意識を飛ばしていた。

「怪夷はいつ出現するか分からないんだから、もう少し気を引き締めたら?」

 莉桜の苦言に雪那は「はい、はい」と軽く返事をする。

(やる気あんのかな...)

 相方の気合の足りなさに莉桜は内心不安を覚えた。

「もう直ぐ目的地だよ」

 地形図を見つめ、周囲を確認しながら莉桜は雑木林を抜けて少し広い所へと出た。

 ようやく上り始めた下弦の月が照らす中、蔦の張った木々に囲まれた場所に、朽ちた鳥居と小さな祠が鎮座していた。

「...打ち捨てられたのかな...」

 草木に埋もれ、苔の生した祠を見つめ莉桜と雪那は眉を顰める。

 不意に、首筋で蠢きを感じ、莉桜は首の後ろに手を回した。

「あれ、三日月」

 むんずと掴んだのは針を仕舞うように身体を丸めたハリネズミだった。

「あんた、付いて来ちゃったの?」

 確か、部屋で留守番をさせていた筈だが、いつの間にかついてきてしまったらしい。

「しょうがないなあ...」

 溜息を吐いて莉桜は一先ず三日月を懐に仕舞おうとする。

 が、三日月はカリカリと小さな爪で莉桜の手をカリカリと引っかき、何かを言いたげに顔を上げた。

「どうしたの?」

「莉桜っ前」

 三日月の行動に疑問を抱いていると、突然雪那の緊迫した声と共に、今までなかった禍々しい気配が辺りを覆った。

「なにっ」

 咄嗟に視線を祠の方に戻すと、鳥居の手前で黒い靄のようなものが渦巻き始めていた。

 それはやがて夜の闇が世界を覆い隠すように地上へ降り立ち、布のような影を揺らめかせた。

「怪夷...」

 なんの前触れもなく現れた怪夷を莉桜と雪那は戦慄しながら凝視する。

 目の前に現れた怪夷は、大きさは自分達と変わらない背丈をしているが、その額には一本角が生えている。

「角ついてる...」

「角付きって、ランクBやん!」

 覚えたての知識から引っ張り出した怪夷のランクの特徴を口にして、莉桜と雪那は反射的に武器を構えた。

 武器を構えた二人に気づき、怪夷は赤く光る眼を莉桜と雪那に向け、にたりと笑いように裂けた口から牙を覗かせた。





 土方の命を受けた猛は他の試験官同様に受験者達の怪夷との戦闘を確認しながら、雑木林の中を進んで行った莉桜と雪那を追いかけていた。

 討伐軍から首都の副都市である逢坂の軍警に抜擢された事は名誉なことだったが、初めての仕事が執行人の試験官とあって猛は少し気が抜けていた。

(怪夷を滅する聖剣か...名古屋戦線で噂には聞いたことがあったが、本当にあるのか...)

 討伐軍の間で、かつて怪夷を滅した聖剣の噂は実しやかに囁かれていた。

 大災厄後、直ぐの前線では使用されていたと話や記録が残っているが、戦況の拡大や混乱の中で聖剣の行方は知れなくなったという。

 それを、何故今頃になって探す事になったのか。

(土方大佐や上には考えがあるのだろう。俺は任務を遂行するのみだ)

 疑問は抱いたが、任務である以上一軍人である猛にその命令を拒む権利は用意されていない。

 それよりも、自分を軍警に引き抜いてくれた土方に感謝と恩を示すべく猛は雑木林の中を進んだ。

 その先で、彼は黒い靄から現れた怪夷とそれと対峙する少女二人の姿を目撃した。

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