第二十二話
黒煙を巻き上げ、蒸気機関を動力にした汽車は緑の深い山々を抜け、目的地を目指して進んでいく。
ガタガタと揺れる車内で、向かい合わせの席に座りながら莉桜と雪那は流れていく車窓を見つめていた。
「そういえば、逢坂に着いたら迎えを頼んであるって雪那のお父さん言ってたけど、雪那はその人知ってるの?」
ふと、切符を受け取った時に秋津川伯爵が言っていた事を思い出し、莉桜は雪那に尋ねた。
「いや、それが全然知らないんだよね。父さん外交官だから色々顔が広いのは知ってるけど、普段あんまり仕事の事聞かないし。家にたまに来客あるけど、挨拶する程度だし」
「ふうん、そうなんだ」
「まあ、向こうはうちらの事分かってるんだろうし、大丈夫でしょ」
それもそうか、と内心納得し莉桜は再び窓の外へ視線を戻す。
ガタン、と。大きく汽車の車体が揺れ、その衝撃が車内へと波及する。
「わあっ」
左右に揺さぶられた揺れに、莉桜と雪那も他の乗客同様に大きく身体を揺らした。
「今の、何?」
大きな衝撃の後、徐々に汽車は速度を落とし、ついに停車した。
「分かんない。でも、汽車止まって...」
ざわざわと動揺する乗客の様子に雪那と莉桜は顔を見合わせた。
『お客様にお知らせしますっ進行...にて怪夷の出現を...救援を...』
座席の間に設置されたスピーカーから車掌の緊迫した声が聞こえてくる。雑音が混じってはっきりとは聞こえないが、どうやらあまりいい状況ではないようだ。
「怪夷って...」
「今日は曇ってるからかも」
本来、闇を纏って発生する怪夷は基本の活動は夜だ。だが、条件さえ揃えば日中でも現れる。
その事を思い出し莉桜と雪那は顔を突き合わせた。
「どうする?」
「どうするって、莉桜まさか怪夷討伐に打って出るとか言わないでね」
「でも、このままじゃ先に進めない」
布に包んで持ち込んでいた太刀を握り締め莉桜は真剣な表情で雪那を見つめる。
「僕と君でどうにか出来るとは限らないよ」
「でも、何もしないのは割に合わない」
きっぱりと言い放つ莉桜に根負けし、雪那は「分かった」と半ば投げやり気味に頷いた。
「援護はするから、無茶はしない。逢坂も近いから多分討伐軍が派遣されて来る筈。それまで持ちこたえよう」
強く頷き、莉桜は布を解いて太刀を露わにすると、それを腰帯に差した。
不安と恐怖にざわついている乗客を押し退けて二人は前方の車両へと向かう。
「おい、そこの嬢ちゃん達も助太刀か?」
二両目まで移動したところで、突然声を掛けられ、二人はほぼ同時に声のした方を振り返った。
そこにいたのは、浪人のような出で立ちの無精髭を生やした四十代位の男。
「おじさん、何?」
「俺も協力してやろう。何、怪夷退治にはちょいとばかし覚えがあってな」
「大災厄の時、討伐軍にでもういた人?」
「まあ、そんなところだな。怪夷との戦い方を教えてやるよ」
先にいた莉桜と雪那の間をすり抜けて男は先頭車両へと向かう。
先頭車両では車掌と運転手が乗客を後方の列車に避難させる為に指示を出していた。
「車掌さん、軍が到着するまで俺達が食い止める」
「怪夷討伐の経験者かいな。そら助かるわ」
「軍の到着まで三十分です。それまでなんとか」
「ああ、最善を尽くす。嬢ちゃん達、行くぞ」
男に続いて汽車の外に出ると、前方の線路の上にゆらゆらと黒い影が蠢いていた。
「おうおう、随分いるなあ」
ニヤリと不敵な笑みを滲ませて、男は腰に差していた打ち刀の鍔に指をかけると、鯉口を切った。
「嬢ちゃん、結界張れ。これ以上アイツらをこの汽車に近づけるなよ」
自分に言われていると気づいた雪那は着物の袷から五枚の呪符を取り出した。
「なんで僕が呪符遣いだって分かったのさ」
「そりゃ企業秘密だな。ほら、さっさとしな。結界が張れたら、行くぞ」
男の視線が今度は莉桜を、正確には彼女が佩いている太刀を見遣る。
「嬢ちゃんは剣の腕は?」
「故郷の里では熊と戦ったことあるよ」
「はは、そいつは心強い。いいか、怪夷に物理攻撃は効かないが術式の籠った武器や結界の中なら攻撃が出来る。結界で弱った所に一気に切り込む。お前さん、出雲の生まれか?」
男の唐突な問いに莉桜は目を丸くしながら頷く。
「じゃあ、その太刀は怪夷専用の得物だな。怪夷の弱点は中心にある核だ。それを壊せば連中は消える。いいか、一気に行くんだぞ」
「分かった」
雪那の詠唱が響く中、男と莉桜は左右に分かれて刀を抜く。
ばちっと、青白い光が弾け怪夷の周りを薄い膜が張る。
互いに視線を交わした刹那、莉桜は男とほぼ同時に駈け出した。
ゆらゆら揺らめいてこちらを伺っていた怪夷が駆け出した二人に呼応するように一斉に動き出す。
黒い影の一群が波のように押し寄せる。
その群れに向かって莉桜は太刀を振り翳した。
怪夷を掠めた刃は、まるで霞を薙いでいるかのような実感のない感触が柄越しに伝わる
。
(これが、怪夷...)
空を斬る感覚に莉桜は眉を寄せた。
実体がない存在だとは聞いていたが、まさかここまで現実味がないとは思わなかった。
(これ、八岐大蛇退治より難しいじゃ...)
故郷に伝わる神話を思い出し莉桜は苦笑する。
(こんな化け物が十年前この国を混乱に貶めたのも納得いくかも)
男に教えられた通りに莉桜は怪夷の中心を狙って刃を振るう。だが、初めて戦う相手を前に正確な一撃を放つ事が出来ず苦戦を強いられる。
「嬢ちゃん!」
男の声にハッとした莉桜の背後に怪夷が迫る。
(しまっ)
咄嗟に刀を水平に構えて覆い被さってきた怪夷の鋭い牙を受け留める。だが、見えない何かに押しつぶされる感覚に戸惑い、莉桜は受け止めるだけで精一杯だ。
「く...」
ぎりぎりと、刃の擦れる音が響く。このままでは怪夷に喰われる。
(こんなところで終わってたまるか)
歯を食いしばり何とか怪夷を押し返そうと力を籠めた。
『莉桜』
不意に、自分を呼ぶ声が頭に響く。
(え...?)
驚き目を見張った莉桜の頬に擦り寄るように、気が付くとハリネズミの三日月がいた。
ヒクヒクと鼻を震わせた三日月が突然莉桜の肩の上で身体を光らせた。光の玉となった三日月が莉桜の持つ太刀に吸い込まれた。
直後、怪夷の感触に変化が起きた。それまで見えない圧力に押されている感覚だったそれに、明らかな重みが掛かったのだ。
「うりゃああっ」
気合一閃、莉桜は怪夷を押し返し、その身体を横薙ぎに切り結んだ。
斬られた怪夷は断末魔の悲鳴を上げて霧散する。そこにはキラキラと砕けて散る核の破片が散らばった。
仲間が消え去った事に他の怪夷が一瞬たじろぐ。その隙をついて莉桜は更に刀を振って怪夷へ反撃にでた。
「嬢ちゃん、やるじゃねえか」
一部始終を横目に見ていた男は莉桜の勢いに戦いの最中だというのに笑い飛ばした。
男と二人、莉桜は怪夷を確実に屠っていく。
最初の怪夷の半分を消したが、怪夷の数がなかなか減らない。
「ちょいと多いな」
「こいつら、本当に消えとるの?」
「普通は一度消えた怪夷は復活までに数日はかかるんだが、こいつら仲間を取り込んでるのか、或いは近くにでかいのがいるのか」
「このままじゃきりがないやん、雪那の結界もいつまで持つか」
ちらりと、汽車を護るように結界を展開している雪那を振り返り莉桜は舌打ちする。
「まあ、もうちょい頑張れ」
励ましの言葉を男が投げた途端、怪夷の群れが一斉に二人を取り囲むように飛び掛かった。
「撃てー」
莉桜と男を囲んだ怪夷の群れに、号令と共に銃弾が撃ち込まれる。
閃光が迸り、銃弾に撃ち抜かれた怪夷が次々と飛散していく。
一気に減っていく怪夷。その勢いに乗るように男と莉桜も最後の怪夷に斬り掛かった。
後方から支援もあり、汽車を襲った怪夷は一時間足らずで制圧された。
気が付くと、汽車の周りには揃いの軍服に身を包んだ者達がマスケット銃を手に居並んでいた。
「我々は怪夷討伐軍第三師団第一大隊である。
怪夷討伐の協力に感謝する」
討伐軍とそう名乗ったのは、隊長と思しき男だった。
「ようやく到着か。早いんだか遅いんだか...」
討伐軍の登場に男は苦笑する。
「あれが、討伐軍...」
汽車に近づいてくる軍人達を莉桜は物珍しいモノを見る様に見つめた。
「後は大丈夫だろう。俺はこれで。またな、嬢ちゃん達」
刀を鞘に戻し、男はひらひらと手を振ってその場を去ろうとする。
「あ、おじさん名前は?」
呼び止めるように問いかけた莉桜を肩越しに振り返り男は唇を持ち上げた。
「
悪戯っぽく笑い男はその場から去って行った。
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