第8話
家に帰ると、修太郎君が、夕食の用意をしてくれていた。お魚を焼いて、お味噌汁も作ってくれていた。
掃除も洗濯も私よりも完璧なくらいだった。
もうすぐお別れだから精一杯自分に出来る事をしてくれてるのだろう。でもそうしてくれればくれるほど、やっぱり行ってしまうんだとたまらなく寂しい気持ちになった。
「ねぇ、修太郎君。明日ハイキングに行かない?」
「ハイキング。。。って、何かな?」
「あのね、お弁当持って、山や野原を散歩するの。ま、山や野原って言っても、行くのは自然公園だけどね」
「いいですね。楽しそうだな」
「でしょう。明日は早起きして、美味しいお弁当作るね」
「それなら、僕も早起きして手伝います」
わくわくする気持ちもあったけと、それ以上に寂しさが込み上げる。
ー明日。。。とうとうアシタデ会えなくなってしまうー
ベッドに入ってもなかなか眠れなくて、涙が勝手に溢れてくるから、ふとんをかぶって声を押し殺して泣いた。
でも、それでもいつもと同じように朝は来てしまう。私はとうとう一睡も出来ずにそのまま朝を迎えてしまった。
でも、私が起きるとすぐに修太郎にも、起きてきた。
「夕べは眠れた?」
「いいえ、あまり。。。最後だと思うと、なかなか眠れなくて」
「私も。。。」
それから、二人でお弁当を作った。
私がおかずを作って、修太郎君がおにぎりを握ってくれた。
修太郎君の手は大きくて、特大のおにぎりが出来上がった。
天気は快晴。爽やかで気持ちの良い朝だった。
二人並んで意気揚々と家を出た。
途中電車に乗ったのだが、修太郎君に切符を渡したら、自動改札機に切符を入れたまま取るのを忘れてしまい、降りた後、もう一度お金を払わなくてはならなかった。
ーま、しょうがないよね。自動改札機なんて見たの、初めてだもんね。修太郎君から見たら、こんな見慣れた風景も、ものすごく別世界で、感動的だったりするのかな。ー
なんだか羨ましくなってしまう。
ー私は本当に感動が、足りない日々を送っている。そりゃぁ、いい映画を見たり、いい本を読んだりしたら、感動することはあるけど、日常生活の中で感動するなんてこと、ほとんど皆無だ。
毎日、毎日があたりまえに、あっという間に過ぎていく。
年々、加速度を増して。
追い付くのがやっとのスピードで駆けゆけていく。
20歳を過ぎたらあっという間ってみんな言うけど、本当だ。
このままじゃ、あっという間に30歳になってしまいそう。少し前までは年を取った自分なんて、全然想像出来なかったけど、今では30歳になった自分も、容易に想像出来る気がする。
ー年を取った修太郎君はどんなふうだろう。きっと澄子おばぁちゃんにお似合いの、白髪のステキなおじいちゃんだろうなー
風が心地よくて、空はどこまでも青くて雲がひとつもなくて、久しぶりの解放感を味わった。
そう言えば、こんなふうにのんびりした時間を過ごすのはいつ以来だろう。
湖では、ボートに乗った恋人同士が二組。
とっても幸せそう。
私達は、しばらくとりとめもない話をしながら3歩を楽しんだ後、芝生の上にシートを敷いて、並んで座ってお弁当を食べた。
修太郎君の作ってくれた特大おにぎりは、ちょっとお塩がききすぎだったけど、美味しかった。
「ねぇ、修太郎君。澄子おばぁちゃんの若い頃ってどんな感じだった?」
この解放感の中でなら、どんな事でも聞ける気がしていた。
「澄ちゃんは。。。美人で明るくて優しい人だった。家が近くて、幼なじみで、弟や妹達のめんどうもよく見てくれて。。。
その上どんな苦労も苦労と思わない、心の強い人でした」
「そんなにステキな人なら、私なんてかなうはずないよね」
修太郎君、答えられずに困った顔をする。
「あのね、ソウルメイトって言うんだって」
「えっ」
「魂と魂が、つながってて、何度生まれ変わってもお互いに惹かれ合うの。そういうのをソウルメイトって言うんだって。修太郎君と澄子おばぁちゃんもソウルメイトかもしれないね」
「ソウルメイト。。。」
「きっといつか、一緒になれる時がくるよ」
「ありがとう。僕はここへ来て、君に会えて良かった。今では僕は、死ぬことも怖くなくなった」
「私も。私が今いるこの世界以外にも、いろんな世界が存在するんだってわかったから、。。
私はね。死は。。神様が人間に残してくれたサイゴノ希望なんじゃないかなって思ってるの」
「最後の。。を希望?」
「そう。懸命に諦めずに生き抜いた人への希望」
「そうかもしれないね」修太郎君はそう言ってうなずいた。
それから近くにあった葉っぱを1枚むしると、
「僕はね、草笛が得意なんだ」
そう言うと葉っぱを、口にあて、吹き始めた。
綺麗な音色だった。
曲の名前はわからないけど、どこかで聞いたことがあるようなやさしい曲だった。
わたしも吹いてみたけど、うまく出来なかった。
口笛も満足に吹けない私が、草笛なんて吹けるはずもないのに、それでも吹いてみたかった。
それから二人でボートに乗った。
初めてのわりには、修太郎君は漕ぐのがとても上手だった。
でもやっぱり、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
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