第4話

 翌朝、目を覚ますと、もう既に彼は起きていて、服を着替えようとしているところだった。


「待って!」


 いきなり私が声を発したものだから、驚いてこっちを振り替える。


「後で洗濯するから、そこに置いておいて。今、服、探してみるから」


 ーいくらなんでも、あの格好でずっといられたらたまんないよー


 そう思いながら箪笥の中を探す。


 ーTシャツと。。。確か大きめのジーパンがあったはず。。。。あった。

 貰い物のジーパン、取っておいて良かった。


「とりあえず、これ着てて。帰りにでも、何か服見てくるから」


「すみません。何から何まで、本当にありがとうございます」


 申し訳なさそうに頭を下げる。

 それから朝食を食べ、

「お昼は悪いけど、カップめんを食べてね」

 と言いながら、ガステーブルの使い方を説明する。

 ちゃんと火がついてるかを確認する事と、使わない時は必ず元栓をしめる事を、くどいほど言って聞かせたが、それでも心配は拭えない。


 でも仕事を休む訳にはいかないから仕方がない。


 それから1日家にいても暇だろうから本でも読んでてと言って本のある場所を教え、TVのつけ方も教えたけど、今まで一度もTVを見たことがないので、彼には相当刺激的だったらしい。


 どこに人が入っているんだろうって、TVの裏側を除き混んだり、まるで好奇心一杯の小さな子供のようだと思いながら、思わず顔がほころんでしまう。


 ーそう言えば私なんて最近感動する事に出会ってないなー


 なんて、余計な事まで考えてしまっている。


 とまぁ、朝からいろいろあったものの、仕事に行く時間になったので、とにかく、外には出ないように、誰が来てもドアは開けないようにと、またくどくどと、まるで母親が子供に留守番を頼んでる様な口調で、くりかえし注意事項を告げて家を出た。

 実際、本当に気が気じゃなかった。


 職場に着いてからもやはり、家の事が心配で、仕事をしていても上の空だった。

 仕事の途中、何度か奈美が話しかけてくれたのに、とてもいつものように話が出来る状態じゃなくて、ただ、仕事で失敗しないようにと気を遣うのが精一杯だった。


 流石にそんな私を見かねてか、奈美が昼休みに声をかけて来てくれた。


「ねぇ、どうかしたの?何か心配事?」


 奈美が心配して聞いてくれたので、つい心を許して、彼の事をうちあけてしまった。。。


「ちょっと。いくらなんでもそんな話ありえないでしょ。騙されてるんじゃない?」


 ーまぁ、あたりまえと言えばあたりまえの反応。

 いきなりこんな話、信じるわけないよねー


「て言うか、そんなバカな話にひっかかる?普通。今頃きっと家の中を物色して、金目のものを持って、どっか逃げちゃってるよ」


「私も初め詐欺じゃないかって疑ったけど、でも話をしてみたら全然そんなふうじゃないっていうか、とても嘘をつくような人には思えないんだよね。なんていうか、うまく説明出来ないんだけど、今時の人にはない奥ゆかしさっていうか、純粋さミタイナモノガって、不思議な人なのよ」


「ふーんそう言う事。。。。」


 ー奈美ったら、なんだか意味深な笑い方ー


「な。。。なに?」


「ま、深雪が信じてるんなら別にいいけどさ。でもほら、あんたって昔から騙されやすいとこあるじゃない?

 だからちょっと心配なんだよね。

 でも、ま、頑張りすぎないでね」


「うん。ありがとう」


 ー奈美はいつも私が相談事を持ちかけると、とにかくじっと耳をかたむけてくれる。

 それから簡単なアドバイスをすると、よけいな事は言わないでいてくれる。

 そういうとこ、本当にいつも感謝してるんだー


 長い一日が終わると、急いでデパートに彼の服やパジャマを買いに行って、それから夕食の買い物をして帰った。

 どうしているかなと何故か心を踊らせて、ドアノブに手をかけた時、一瞬、奈美の言葉を思い出した。


 ー今頃きっと、金目の物を持って、どっか逃げちゃってるよー


 大丈夫。そんなことないと自分で自分に言い聞かせながら、エイっと思いきってドアを開けた。


 TVの音も、何の物音もしない。


 ー静まり返ってる。ヤダ、嘘でしょうー


 ー恐る恐る家の中へ入ると、ソファに座って居眠りをしてる彼がいた。私に気付くと笑顔で

「お帰りなさい」

 と言ってくれた。


「お帰りなさいじゃないよ。どうして電気をつけないで暗い中にいたの?」


「電気?」


 ーあっ、そうか忘れてた。私ったら電気のスイッチのある場所を教えて無かったんだ。

 って言うか、スイッチって言うものがわかんないんだっけ。

 結構いろいろ大変かも。

 一応こういうのもジェネレーションギャップって言うのなー


 その後、ちょっと手伝ってもらいなら夕食の支度をして、夕食後は二人でベランダに出て夜景を眺めた。


 私の部屋はマンションの5階にある。

 5階なんてそう高い方でもないけど、でもベランダから見る景色はなかなか綺麗で、一人でボーッと眺めてる時間が私はけっこう好きだったりする。


「きれいだなぁ」


「でしょう。今日はけっこう星も出てるね」


「本当だ。でも街があんまり明るすぎて、星が霞んで見える気がする」


「そっか。。。昔はもっと星が綺麗だったんだろうね。あっそう言えば、私、まだ名前を言ってなかったよね。私の名前は水原深雪。23歳。

 あなたはいくつ?

 えーっと、修太郎君だっけ」


「僕は。。。22歳です」


 ーなんだ。私とあまり変わらないんだ。あんまりしっかりしてるから、もっと上なんだと思ってたー


「でも、変わってない自然を見て少し安心しました。こうやって空だけ眺めていると、元の世界と繋がっているような気がします」


「そうだね。私達の世界は目まぐるしく変わっても、自然はずっと同じだものね」


「本当に変わりました。どこを見渡しても、見たことも無いものばかり。すっかり浦島太郎になってしまった気分で淋しいです」


 そう言って少し笑った。



 その言葉を聞いて、私は心から彼に同情した。もし、自分が彼の立場だったらどんなに心細く淋しい思いをするだろう。

 私には何もしてあげられないけど、想像することは出来るから、彼の気持ちはわかってあげられるような気がした。


「こんな綺麗な景色。弟や妹達にも見せてやりたかったなぁ」


「兄弟、たくさんいるの?」


「6人です。僕が一番上で、弟が二人と妹が3人」


「いいなぁ。私なんて一人っ子だから、そういうの憧れちゃうな」


「一人ですか。。。。珍しいですね」


「この時代じゃめずらしくないよ。あっ、じゃぁ、彼女は?誰か好きな人はいた?」


「います。僕にとってとても大切な人が。。。

 でももう。。。二度と逢う事は出来ませんが。。。」



 あまりにも悲しそうなので、私はかける言葉を見つけられず、少しの間、沈黙が続いた。

 でもそんな沈黙を破ったのは、彼の明るい声だった。


「でも本当に良かった。日本がこんなに豊かになっていて。僕も出来ればこんな時代に産まれたかったな。こんなふうに平和に、穏やかに暮らせるなんて、夢のようです。僕の死んでいった仲間も喜ぶでしょう。自分達が命を懸けて戦い、守った日本が戦争に勝って、こんなに豊かになった事を知ったら」


「ちょっと待って。日本は戦争に勝ってないよ」


「えっ!?」


「日本は戦争に負けたの。無条件降伏で」


「無条件。。降伏。。。日本が。。。神の国の日本が。。。」

 彼の顔が、みるみる絶望の色に変わってゆく。

 深い深い悲しみの色。。。


「それじゃ、すべて無駄だったって言うんですか。あんなに、日本が勝つ事を信じて、命を懸けて戦ったのに。

 あれほど。。あれほどたくさんの仲間の命を犠牲にしたのに。。。」

 彼の目から涙が溢れた。


「無駄なんかじゃなかったよ。日本は確かに戦争には負けたけど、あれから一度も戦争をしなかったの。あれからずっと、世界中から戦争は無くならないけど、日本は、ずっと戦争をしなかった。

 そらは、あなた達が命をかけて戦ってくれたから。命をかけて、平和の大切さを教えてくれたから。だから決して無駄なんかじゃなかったの」

 私は必死でそう言いながら、そっと彼の肩に手を置いた。


 この時から私は、修太郎君に惹かれていた様な気がする。こんなに繊細で傷つきやすい青年が、精一杯去勢を張って生きてきたんだと思うと、切なくて、愛おしい気がした。



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