異変
確実に、何かが変わった。いや、何かが書き換えられたと言うべきだろうか。それは僕の日常か、脳の認識か、はたまた世界そのものが変えられたのか。おそらく、僕自身が変えられたのだ。少なくとも先日までの僕からは、この影をみてただの付喪神か、なんて感想は出てくるわけがない。どれだけ僕がこの世界に興味がないとはいえ、そんな非現実的な状況に出くわしたとなるとそんな反応では収まらない。不可解な点を多く残しつつも、ひとまず僕は、それを完全に無視しておくことを決め込んだのであった。目を向ける事を辞めたと、そういっても良いだろう。
その日、僕の変化を、僕の周囲の変化を決定付けたものは、僕が学校から帰るその時のことであった。どうだろう、僕の周囲の変化とは言ったものの、どちらかと言うと僕の変化であるかもしれない。僕が変化したが故に、それに目が向いてしまった。それはそこにいただけなのだ。あるいは、約束を反故にした、その報いであったのかもしれない。
僕がそれに気が付いたのは、スマホが異常な振動を起こしたからだ。普段から学校に行く時のためにマナーモードにしているのだけれど、その日、その時は、普段では考えられない振動が起こったのだ。何事かと思いスマホを取り出すと、朝にも見た影が大騒ぎしていた。
「おい小僧ッ!!その先に進むんじゃない!!いいか、今の貴様では太刀打ちできん相手がそこにおる!!貴様が先日接触しておった、かの神様の眷属様じゃ!!今は別のものに気を取られている。今のうちに離れるのじゃ!!」
顔を上げ、前方に目を向ける。そこには、灰色の皮を着た、槍を手にしたヒキガエルがいた。大きさはヒキガエルのそれではなく、人間大の大きさであった。テラテラと街灯の光を反射するその姿は、異様なまでの不気味さを感じさせられた。それがもつ大きな顔は、背後からでもその異様な形相がわかる。何故なら、本来顔面のある場所から、ピンク色の触手が何本も生えていることがわかったからだ。そして1番の衝撃だったものは、その目の前に、血だらけになって倒れた人間がいたことだ。体が動いているのを見るあたり、まだ生きているらしい。
「おい!わかっただろう。あれには貴様1人では勝てん。さっさと逃げるのじゃ!」
僕は、その言葉を聞き切る前に走り出していた。もちろん、バケモノとは正反対の方向に。走るのに邪魔な荷物も、全てを投げ出して走り去った。本来自転車で20分くらいの道を、ずっと走って帰ってきた。自転車は、カバンとともに鍵を捨ててきてしまったがために乗れなかった。自分でもバカだったとも思う。
そんな風にして帰ってきた僕を、家族は心配しながらも迎え入れてくれた。今となってはわからないことであるが、おそらくいじめられていた事を知っていたからこそ、何も聞かずに居てくれたのだと思う。違うんだよ、その日の僕は、全く違う理由だったんだよ。
僕はその日、何も言えず、夕ご飯も食べず、自分の部屋へ引きこもった。今後のこと、自分のこと、周囲のこと。出もしない答えを求めて問答を繰り返していた。
「小僧、あれに出くわしたのは運が悪かった。あれは人間1人で挑むべき相手ではない。貴様の行動は間違っておらんかった」
そういう問題ではないのだ。確かにあれと遭遇したことは悩み事ではある。でもそれは、出くわしたことが問題なのではなく、あんな生物が僕の周囲に存在していることが僕にとっての問題なのだ。だがしかし、彼らを殲滅するのはそう易いことではない。今の僕でだって、たまに少しだけ攻撃をもらうことがある。当時の僕で考えると、それこそ無謀な挑戦とも言える。
僕はその日、答えの出ない問答を、延々と続けながら眠っていったのであった。
翌朝、異様な雰囲気と臭いで目を覚ました。時刻は6時半、普段ならば、遅いことに違和感を抱いた母が起こしに来ているはずの時間だ。
テレビの音も、料理の音も聞こえない、異様な家の中を歩いて行く。キッチンの食卓には、母と父らしき人影が座っていた。
おはよう、と声をかけようとしたが、そこで違和感に気が付いた。動いていないのだ。2人とも。
近づくと、首から真っ赤なネクタイのようなものが垂れ下がっており、2人の胴体を、1本の棒が貫いていた。よくよく見ると、ネクタイは舌のように見え、棒は槍のように見えた。喉が切り裂かれ、そこから口の中にある舌を引きずり出してあったのだ。槍は、2人を同時に貫いており、机の上に置くことで死体を倒れないように固定してあった。
僕は震えた。怒りか、恐怖かはわからない、それでも、何も感じずにはいられなかった。
槍を引き抜いて、2人を地面に寝かしてやることにした。槍は、昨日のバケモノが持っていたやつと同じものだった。ふと窓の外を見やると、昨日のバケモノがこちらを見ていた。煽るような、そんな感情が伝わってきた。
その日の僕の記憶は、そこで途絶えている。きっと僕のことだから馬鹿みたいに立ち向かったのだと思うけどきっと返り討ちにあったのだろうなと思う。僕はボコボコにされて部屋の中に倒れていたのだ。表には、血が飛び散っていたものの、死体は残っていなかった。今思えば、これはかの神様からの「目を背けるな。約束通り、目を向けろ」というメッセージだったのだろう。
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