変化
次の日の目覚めはやけに悪かった。当時の記憶は一言一句書き起こせるのに対し、会話が終わった後の記憶は一切残っていないのだ。気付けば自室のベッドで眠っていた。昨日居たはずの廃ビルから、いつ、どのようにして帰ったのかはわからない。しかし、その日の朝から。正確には、彼女の、あるいは彼の手を取ったその時から世界が変化した事と、自分がそこで自死を断念した事は確かなのであった。いや、少し違うだろうか。この世界は、元々こんなものだったのだ。それに私達が目を向けていなかっただけで、この世界は、不気味で、恐ろしくて、これほどまでに色が溢れたものだったのだ。
僕が始めに変化を感じたのは、起きてすぐのことだった。普通には見えないものが見えるようになったのだ。突然こんな事を書きだして、気が狂ったとでも思われただろうか。だが、実際に見えるようになったのだ。日本には古来より八百万の神々がいらっしゃると言われるが、それが見えたようになったのか、もしくは僕が幽霊とか妖怪とか、そう言う類のものが見えるようになったのか、真相は定かではないが、今まで見えなかったものが見えるようになったのは確かな事だ。「私たちに目を向ける」というのはこういう事だったのだろうか。彼らは今まで見えなかったわけではなく、僕が目を向けていなかっただけなのだろうか。
火のないところに煙は立たずとは言うが、幽霊やら妖怪やらは、昔の人が理解できない現象を目の当たりにした時それに解釈をつけるために作られた存在だと僕は思い込んでいた。実際に居て、偶然目にしてしまった人が絵を描き文章を書き口伝して今に至るとでも言うのだろうか。だが、今の光景を目の当たりにしているとそれを信用するしかないと思えてきてしまうのである。
「おい貴様。何をジロジロと見ておる。無礼な奴め。何用か?」
変化の後、僕が初めて目にした異形のそれは、僕のスマホの上であぐらをかいてこちらを睨んでいた。手のひらの大きさほどもない、黒い影だった。表情と言うか顔がなく、そもそも体に凹凸がない。ああ、耳とか性器とか、そういうものが見当たらないって話だ。別に他意はない。黒い影が人の形をとってあぐらをかいている、と言うのが1番ベストな表現な気がする。
「むっ、時間が見たいのか?今日は少し早いぞ。今はまだ6時にもなっていない。寝つきが悪かったようだな。だが、そうジロジロ見るでない。時間くらい、いつもの通り電源をつけて見れば良いだろう」
そこではたと気付く。ああ、ただの付喪神か、と。そしてさらにそこでまた気が付いた。ただの、とは、なんだ?
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