12ー23 十歳の子供たち その二
私は、アグネス・ファンデンダルク。
十歳になったお祝いという訳じゃないけれど、一緒に十歳になったフェルディナンド兄様と弟妹のサムエル、ビアンカ、それにマクシミリアンの五人は、お父様に連れられて、初めて異界にやって来ました。
これまで、お父様がたびたび異界を訪問していることも知っていましたが、私達が異界に行くことはお父様に禁じられていました。
私たちお父様の子供達は、ホブランドの大人たちよりも余程強力な魔法を使えますし、それなりに自分の身は守れます。
でも、私たちは成人前であって一人前ではないので、どこに行っても子ども扱いです。
そうなると例え能力があっても、まともな暮らしができない恐れがあります。
例えばですけれど、子供が単独で大金を持って買い物に行った場合、お店の人は品物を売ってくれるかどうかです。
大人であれば問題なくても、子供が大金を持ち歩いていることが問題視されますし、強盗や泥棒に目を付けられるきっかけにもなるでしょう。
ホブランドでもそうですけれど、悪意を持つ存在はどこにでも居るものです。
ファンデンダルク侯爵領都のヴォアールランドでさえ、
私たちも子供三人と侍女だけで街中に行った時に、無頼の者に囲まれたことがあります。
私たちの侍女も護身術を習得していて強いですからね。
おかしな男の数人程度すぐにも制圧できるのです。
まぁ、相手が刃物を取り出した時は、流石に危ないので私がナイフを持つ男に魔法をかけて一蹴しましたけれど・・・。
治安が良いと言われるお父様のお膝元でさえ、悪漢は現れるものなのです。
尤も、本当に危ない時は、普段は亜空間の陰に隠れているゴーレムが防護してくれるのは知っていますから、不安はないのですけれどね。
それでもお父様は心配性なのでしょうかねぇ?
私たちの能力を十分に知っていてさえ、なお、異界への訪問は許してくれなかったのです。
それでも十歳になったら安全な異界に行くことは認めようと仰っていましたので、私たちはそれをとても楽しみにしていたのです。
今日は、初回なのでお父様が一緒に連れて行ってくれますが、次回以降は、必ずアンドロイドが同行することと、お父様が許可した異界にのみ訪問が許されます。
理由は簡単です。
異界の多くは、私たちにとって危険な世界だからなのです。
端的な話、人が生活していくうえで必要な水や空気さえもない世界さえありますから、そんなところに間違えて跳んだら命に関わります。
お父様は、確か次のようにおっしゃいました。
「お前たちの場合、大概の危難は乗り越えられるだろうが何事にも例外がある。
万が一にもその例外にぶち当たった場合、お前たちでは自分の身を守れないかもしれないのだよ。
かつて、私は、人知れず、邪神の欠片と戦ったことがある、相手が私を侮っているうちに奇襲をかけて、このホブランド世界から放り出し、何とか危難を脱した。
奴を放り出した世界は、こちらの世界とは原理原則や法則が全く違う異質な世界だからね。
邪神という存在であっても、その存在すらも許されるかどうかはわからない特殊な領域だ。
多分、邪神の欠片と戦った時点では、私は邪神の欠片よりも弱小な存在だったはず。
だが、何にせよ、結果として私がこの世に生き残り、邪神の欠片はこの世から去った。
このことをお前達に置き換えた場合、お前たちから見て取るに足りない存在であっても、お前たちの能力を封印し、あるいは全くお前たちが生きては行けない世界へと放り出すことができるかもしれないんだ。
また、往々にして、お前たちに敵対するであろう
このホブランドにしろ、他の異界にしろ、騒乱が全く無い世界というのは有り得ないのだが、騒乱の少ない世界は在る。
母さんたちを安心させるためにも、できるだけ不測の事態を避けるためにも、私がそうした比較的安全な世界を見出して、そこならば訪問の許しを与える。」
どうやらその世界がクインテスという世界のようです。
但し、この世界も騒乱が無い世界ではありません。
お父様の話では世界制覇を夢見た王様が膨大な巨費をつぎ込んで新兵器を開発し、隣国へ攻め寄せたことがあったばかりだと言います。
因みにその兵器については、お父様が壊しておしまいになり、戦勝による賠償金を当てにしていた王様は金が無くなって弱体化したところで、周辺の国家から攻められて一気に滅亡したそうです。
そもそも、その国家は周辺国家といつでも紛争を起こしていた野蛮な国家だったので、周辺から
お父様は異界でも色々としでかしておられるようですね。
お母様達は多分そのことを知らないのじゃないかしら。
どうなんでしょう?
今、私たちの前にはすごく高い建物が周囲に林立する海辺の公園の様な場所に来ています。
念話でお父様からこちらで使う言葉の英語という言葉を教えてもらいましたから、会話には不自由しないと思います。
私達は子供5人、大人6人の団体さんですが、いわば外国人に当たるのでしょうけれど、容姿も顔も特に違和感がありませんね。
まるで同じ種族かと思うほどです。
ホブランドでは種族が違う亜人も住んでいますけれど、この地球というお父様の故郷では、ヒト族だけで亜人は居ないそうです。
但し、肌の色による種族の違いはあるそうで、黒、白、黄色、褐色などいろいろな肌の違いがあるようです。
顔つきも種族によって少し違うみたいですね。
私達の顔は、お父様も含めて肌の白い種族に類似しているようです。
でもお父様の故郷である国の名前は「
お父様の場合、勇者召喚に巻き込まれたところをホブランドの神様に助けてもらい、その際に多少の容姿の変化を与えられたようで、どちらかというと白い肌と黄色い肌の種族の混血のようになったのだそうですよ。
周辺には私達よりも幼そうな子供たちが沢山いて公園内をあちらこちらと走り回っています。
また、私達と同年代ぐらいの子供たちは、特定の場所で何か変な「板」に乗って、空中を飛び回っています。
お父様によれば、あれば「フライイングボード」という半重力を利用した遊具なんだそうで、私の身長の四分の一ほどの高さを、自由自在に飛び回れるらしいです。
但し、特殊な装置が必要なので、地面の中に設置してある装置のある区画しか利用できません。
中には、飛行しつつボードごと宙返りをしたり、斜めに傾けてカーブを描いたりしている子もいますね。
身体能力が高く、バランス感覚に優れた私達ならば、同じようなことができそうな気がします。
でも地球に来る前にお父様から言われているんです。
あまり目立たないようにしなさいねと。
目立つと色々な意味で顔が知られてしまい、トラブルの種になるんだそうです。
実のところ、私達は、無断でオーストラリアという国へ来ています。
本来、外国から来るのであれば正式な入国手続きを済ませてからでないと国内には入れないのです。
でも私たちは、転移魔法でパースと言う街の中心街区に出現しているわけのです。
お父様の手配で偽のIDカードをそれぞれ持っており、一応オーストラリア在住の家族という想定になっているんです。
普通なら、これだけで十分にごまかしがきくんですが、この科学文明の進んだ世界では色々な情報が見えないところで飛び交っているのだそうです。
仮に私たちが目立ってしまって、その姿が情報として残され、誰かが思い立ってその情報を精査しようとすると色々と不都合が生じる可能性もあるということでした。
一応お父様はオーストラリアのメルボルンという都市の「SouthYara」という場所の
だから色々調べられると困ることになりかねないというところですね。
元々、この地球世界は危険因子がありすぎるので、私たちが訪問してよい世界から外されているのです。
今回は、地球という場所がどんなところなのかを知っておくだけのために、お父様同伴で来ているわけです。
公園内にはきれいな装いの屋台が並んでおり、いろいろな食べ物らしきものを売っています。
その中の一つで、お父様がアイスクリームを購入してくれました。
道端で食べるなんて何とはしたないなどというホブランド貴族の行儀はこの際忘れます。
だって、みんなが道端で、あるいは芝生の上に座って、アイスクリームをいただいているんです。
カラミガランダのお店でもアイスクリームを出しているところがありますけれど、そこよりも濃厚な味がしますし、
また、公園内を闊歩する若いカップルの姿も多いのですけれど、皆一様に良さげな衣装を纏っています。
ホブランドで見かけるものとは生地が違いますし、色合いもすごく鮮やかです。
そうしてここから見る限りは、幼い子供達が安全に走り回れるほど平和な世界に見えますよね。
何故、この世界を訪問してはいけないんでしょうか?
私はそんな風に思いましたが、その思いは突然の画像の出現で破られました。
いま私たちの目の前に大きな画像が出現しています。
得や写真ではなくって動く画像です。
おまけに音声も聞こえます。
私達は芝生の上に思い思いに座ってアイスクリームを舐めているわけなんですけれど、十尋ほど先に大きな画面が出現しています。
何というか、向こうが透けて見える画像なんですけれど、背景の景色も情報の画像も両方同時に診られますね。
内容は、インド洋に面するマダガスカルという国と、その対岸にあるモザンビークという国との戦争勃発の話でした。
マダガスカルという島国の首都(ホブランド世界ではさしずめ王都でしょうか?)が、ミサイルという兵器で攻撃されている様子が画像に写っているんです。
ミサイルは一つではなくって数十本単位で降り注いでいる様子です。
対空ミサイルというものがあって、飛来するミサイルを空中で迎撃する兵器があるようなんですが、それを使っても防ぎきれない数のミサイルがアンタナリボという首都に落ちて地上の破壊がされているのです。
その一方で報復のためにマダガスカルからモザンビークの首都マプトに対してミサイル攻撃がなされています。
マダガスカルに飛んできたミサイルと同様に数多くのミサイルがマプトを襲い、軍事施設だけでなく多くの民家が破壊されているのです。
ホブランドでの戦いも変わりつつあることを知っていますけれど、これはひどいです。
兵士同士の戦いというよりも見えないところをお互いに無差別に叩き合っているという状態です。
ホブランドの戦いの場合はお互いの軍団同士が野戦なり海戦なりで勝敗を決しますけれど、この地球での戦いは違うようですね。
戦いに勝つためにとにかく相手勢力を叩き尽くすという戦法のようです。
軍人であろうが一般人であろうが見境なく攻撃しているみたいです。
ホブランドでの戦でも一般の市民や農民が被害を被ることがありますけれど、それは限定的なのです。
でも今目の前で見ているこれは単なる虐殺なのではないでしょうか。
速報という形での情報でしたが、学校にミサイルが落ちで私たちと同じぐらいの生徒が多数死傷したとの文字が横に流れました。
私は思わず目をそむけたくなりましたが、お父様が何も言わないところを見ると現実を見極めなさいということなんだろうと思います。
でも、でも・・・、私はこんな非情な世界には居たくありません。
出現したときと同じように突然臨時ニュースが終わり、画像は消滅しました。
遊んでいた周囲の子供たちの動きも止まっていました。
そうしてお父様は言いました。
「たまたま、この世界の良いところと悪いところの双方が見られたな。
この世界は、科学文明が進んだことにより、弱小国でも強力な兵器を持つことになり、そのことが周辺国家の摩擦を引き起こし、覇権争いが激化しているんだ。
このオーストラリアは、比較的平和な国なんだが、ここも何時争いに巻き込まれるかは、わからない。
この地球では、少なくとも50か所以上の地域で国家間若しくは組織間で大規模な戦闘が起きている。
私の故郷の日本も、その争いに巻き込まれかけているよ。
この世界は、お前たちが訪問するには危険すぎると判断している。
だからお前たちが20歳になるまではこの地球への訪問は許さない。
但し、お前たちが20歳を過ぎて、自らの行動に責任を負う覚悟ができたなら、あるいは訪問を許すこともあるだろう。
それまでは立ち入りを厳禁する。」
私達は余計なおしゃべりもせずに黙って移動し、間もなく建物の陰に入り、そこからホブランドに戻ったのでした。
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