12ー5 ベレスタにて その二
私はアーデレイド・ファンダンテ。てっきり私を誘拐した覆面姿の男たちの仲間だと思っていた化粧師さんは、実は私の「白馬の騎士」でした。
化粧師さんのお名前はモルデンさんと言うそうです。
助けられてから初めて名乗り合いました。
何でもモルデンさん達が、市内の不穏な動きを察知して、私を助けに来てくれたようなのです。
何故わかったのですかとお聞きしましたら、それは秘密ですと言って教えてくれませんでした。
一緒に居たハイジも眠らされてしまいましたが、女とは云え成人に達している二人を攫うのは流石に面倒だったようで、ハイジは人目につかない路地裏の奥まった袋小路に放置されていたようです。
モルデンさんとその従者は、最初にハイジの身柄と安全を確保し、次いで痕跡を辿って彼らのアジトを突き止めたらしいのですが、その追跡方法が私の使っていたコルナロの花の香水を追跡したそうなのです。
確かに私がつけているコルナロの花の香りは甘い香りが結構強いものですけれど、それを野外で追いかけるとなると犬の嗅覚でもなければ難しいのではと思ったりもします。
でも事実は小説よりも奇なりですね。
ブレオンの船商人モルデン様は、見事に私が連れ込まれた古家を探し出して救出してくれたのです。
私が目を
私が拉致されていたこの部屋以外にも悪漢が二人ほど居た様で、そちらも片付けた上で、私が囚われていた部屋にモルデンさんが現れたようです。
私の戒めを解いてくれ、あれこれとモルデン様とお話しているうちに、ベレスタの警備隊の方々がモルデンさんの従者の通報で、この古家へ駆け付けてくれました。
警備隊の方々が悪漢どもを捕縛しましたので、事件は一応は解決しましたが、この誘拐事件がベレスタに降りかかる災厄の始まりに過ぎないことをその三日後に知ることになります。
私は、モルデンさんに重ねてお礼を申し上げ、警備隊員の護衛を受けながら屋敷に戻ってきました。
ハイジも既に屋敷に戻っていて、随分と私の身を案じてくれていたようで、私の姿を見ると駆けよってきて縋り付き、大泣きに泣いていました。
一緒に居ながら何もできないうちに私が攫われたことについてハイジは大いに責任を感じていたようです。
でも、ハイジでなくとも男の方の警護が付いていない限りは多分同じ運命をたどったはずです。
むしろ人死にが出なかっただけ不幸中の幸いでした。
もしかするとハイジが殺されていた可能性だってあったのですから・・・。
幸いに私は無事でした。
私たちが襲われてからモルデンさん達に助けられるまで、一刻も経っていなかったことから余り騒ぎにもなっていませんでした。
それほどモルデンさんたちの対応が素早かったということですけれど、一体どうやって私たちの危難を知ることができたのか本当に不思議です。
おまけに大道で化粧師をしていた方が、私の「白馬の騎士様」ですからね。
何だか恋の予感がしないでもありません。
モルデンさんも従者の方もお若く見えますけれど、奥様はいらっしゃるのでしょうか?
若し居なければ、私、お嫁さん候補になれませんでしょうか?
一目惚れというわけでも無いんですけれど、私、とってもモルデンさんに好感を抱いています。
◇◇◇◇
誘拐騒ぎがあってから、ハイジのほかにサーレムと男の方二人をつけて、毎日、市場に出かけ、化粧の仕方を勉強しています。
サーレム曰く、モルデンさんの化粧手法はとても参考になるそうです。
屋敷に戻ると、化粧品一式を並べて復習がてらに私がモデルになって化粧をサーレムにしてもらいます。
半日ほどもかけて市場でモルデンさんの手法を
モルデンさんとほぼ同じ程度にまで腕が上がっているかもしれません。
因みに私のところだけでなく、市内の有名どころのご婦人方のメイドが同じように毎日野外に立ち会ってその手法を取り入れようとしていたようです。
本当はモルデンさんに化粧をしてもらうのが一番なのでしょうけれど、予約がいっぱいに詰まっていてはどうにもなりません。
結局はその手法をメイドや従者に学ばせるしかないのです。
そんなことをしていましたら、誘拐事件から三日目の夜、警備隊長が邸を訪れ、お父様に重要な報告をいたしました。
私の誘拐事件の関連でしたので、たまたま私もお父様と一緒に聞くことになったのですけれど、誘拐犯たちがサルディア帝国の手の者と判明したそうです。
サルディア帝国は、お父様がベレスタの執政官になる切っ掛けとなった三年前の戦役の相手国なのです。
これまでも十年か二十年に一度程度は戦を仕掛けて来る北方大陸の大国ですが、ベレスタの特殊な地形と防備に助けられ、その都度敵軍を撃退しているのです。
今回は、
モルデンさんのお陰でその謀略が未然に防げたわけですが、彼らの計画としてはあの後夜陰に乗じて小型の船で海へ乗り出し、サルディア帝国支配下の島嶼へと私の身柄を運ぶ計画だったようです。
それらのことがわかったのは、警備隊の中にはぐれ者のダークエルフの方が居て闇魔法で捕縛者たちの自供を魔法で引き出したからなのだそうです。
ダークエルフの闇魔法にかかるとどんなに口の堅い者でも簡単に口を割るということですから、魔法おそるべしですよね。
そうしてもう一つ重要な情報は、サルディア帝国がベレスタをはじめとする島嶼国の城塞都市を攻撃するために新たな武器を開発しているらしいということでした。
生憎と今回の誘拐に関わった者達は、そうした武器開発に深く関わっていなかったので武器の詳細は不明なのですが、実際に完成すると非常に恐ろしい武器になるらしいとの情報しかありません。
サルディア帝国がベレスタに攻め寄せるとすれば、船を使って海からの攻撃になるわけですので、港内入り口に当たる入り江の両側の崖上に敷設してある火炎弾投射機と大型弩弓がそれを妨げる大きな障害になるはずです。
これまでの侵攻に際しても、この防備が敵方の大型帆船の入り江内への侵入を完璧に封じ込んでいるのです。
無理に入ろうとすると、大型弩弓と火炎弾の洗礼を受けて入り江の中には至らずに燃え或いは沈んでいるのです。
ベレスタの周囲の海は無数の岩礁で囲われているので入り江以外からの船の侵入を拒み、海岸線に続く崖の地形が入り江の中の港以外からの上陸を阻んでいるのです。
仮にベレスタを攻めるための武器ならば、これらの崖の上に設置された防衛武器を破壊するものか、若しくはそれらの攻撃を跳ね返すものということになるのでしょうけれど、私にはちょっと思いつけません。
いずれにせよサルディア帝国がベレスタを狙っているとすれば怖いですね。
あの国は奴隷制がありますので万が一にでも戦いに敗れると当該国又は地域の住民は奴隷にされると言われています。
ベレスタに奴隷は居ませんけれど、奴隷になった場合の扱いの酷さは噂で聞いて知っています。
私は決して奴隷になりたくはありませんし、奴隷に落ちるぐらいなら死を選びます。
それがベレスタの女の誇りでもあるんです。
◇◇◇◇
俺は市内を監視させているδ型ゴーレムから誘拐の事実を知った。
現地に介入するのはできるだけ避けるようにしているのだけれど、いざ俺の目に停まれば放置できないのが俺の性分だな。
特にか弱い女性が
俺にその力が無ければ、無理などしないだろうけれど、生憎なことに少々の難題でも解決できるだけの能力がある。
眠り薬を嗅がされて放置されたメイド一人の安全を確保してから、俺は不埒な者共のアジトに乗り込んだわけだ。
一味は全部で四人だったが、制圧は簡単だったな。
助けたのは執政官の末っ子のお嬢さんだったが、このベレスタでは可愛いお嬢さんの部類で五本の指に入るぐらいの美形だろう。
吊り橋効果で何となく俺に好感を持ったかもしれないが、止めておけよ。
俺はこの世界にずっといられないし、お嬢さんの夫にはなれない身だからな。
警備隊に犯人とお嬢さんを引き渡し、若干の事情聴取を受けて俺の仕事は終わったが、その後も監視は続けている。
特に犯人たちが普通の海賊とは違って正規の騎士の訓練を受けた武術を身に着けていたような気がしたからだ。
案の定、彼らはベレスタに敵対する帝国の暗部の一員だった。
ベレスタの警備隊にはダークエルフの流れ者が居た。
エルフ族は、ヒト族との交流を避けて森の中に国を造り上げほぼ鎖国状態にあるのが普通らしい。
そのへんの人嫌いは普通のエルフもダークエルフも変わりがないのだけれど、中には変わり者が居てエルフの里を追ん出て、ヒト族や他の種族の中で生きる変わり者が居るんだ。
そうした者が「流れ者」と呼ばれるものだが、数は至って少ない。
精々百年か二百年に一人いる程度だが、エルフ族の連中は寿命が長いから、そんな割合でも広い範囲で見ればあちらこちらで見かけられる程度には居るというわけだ。
この世界のヒト族で魔法を使える者は少ないんだが、エルフ族は魔法に長けているらしい。
警備隊に居るダークエルフは闇魔法が得意らしく、犯人たちの背後をすぐに突き止めていたわけだ。
その様子はゴーレムで監視させていたわけだが、気になったのはサルディア帝国の新兵器の話だな。
この捕縛された暗部の連中は詳しいことは知らないようだけれど、魔法や魔道具というわけでもなさそうだ。
そんなわけで、サルディア帝国内の監視を強化した。
つくづく俺もお節介が好きだよな。
俺もやっぱり典型的な日本人なんだろうね。
「判官びいき」というのか、強者が弱者を
最近は知らんふりをする連中も多くなったらしいけれど、強きをくじき弱くを助けるという「勧善懲悪」が未だに色濃く残るのが日本の風土なんだなぁと思うよ。
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