12ー4 ベレスタにて その一
私はアーデレイド・ファンダンテ。
都市国家ベレスタの
大陸に
その場合、国家元首は王様などではなく、「
ベレスタも他の都市国家と同様に僭主制をとっていたのですが、私の父が僭主として選出された後、二度の戦役で大きな功績を挙げたことから、市民に後押しされて父は執政官になったのです。
200年以上にも及ぶベレスタの歴史の中で、執政官が生まれたのは三回目のことでした。
ベレスタの場合、僭主は5年ごとに選ばれ、二期連続で務めることはできるものの、専制政治を防ぐために三期連続で僭主になることはできないのです。
一方で執政官については、その任期制限が無く、本人が生きている限り執政官を継続することができるのです。
僭主に認められる権限はその全てが執政官にも認められ、更には議会での決議を覆す権限さえ与えられているのです。
ある意味で都市国家の良き慣習である民主制を封止する制度であることから、執政官は滅多に任命されないのです。
市民権を有する者(一定の税額を納付できる男性であって、政庁に市民として登録されている者)の8割の賛成を得られなければ執政官には任命されないようになっています。
執政官を辞めさせるには、市民権を有する者の三分の一以上の同意を得た上で信任投票を行い、市民総数の三分の二以上の不信任投票があった場合には執政官が廃されます。
また、執政官が死亡した場合、若しくは病等により一月以上に渡って政務が取れなくなった場合には、監査官の権限により執政官の職務停止が宣言され、執政官が廃されるのです。
いずれにせよ、栄えある執政官に任命されたのが我が父、ロナルド・ファンダントなのです。
父は未だ40代にして壮健であるために、今後20年程は執政官を続けられると見做されています。
私はそんな父の四人の子供の内の末っ子なのです。
執政官だからと言って大陸の王族などではないのですけれど、何故か私は「姫」と周囲の方々にに呼ばれています。
そう呼ばれるようになったのは、父が執政官になってからのことなのですが、ある意味でとても面映ゆい話ですよね。
普通に幼い娘や少女期の娘を姫と呼ぶことはあるのですけれど、私のように成人である15歳を過ぎた者にはそんな呼称はしないものなのです。
そんな私が、侍女のハイジからちょっと耳寄りな情報を聞きました。
二日ほど前から市場に化粧品の店を出した船商人がおり、今回で二度目の出店のようなのですが、一度目の出店時からベレスタのご婦人方にたいそうな評判になっているらしいのです。
これまでにない品質の高い化粧品を売っており、使うと明らかに肌荒れ等が改善されると云うのです。
面白いことに、その店主が大道芸人よろしく希望するご婦人には野天で
野天での活動ですので雨の場合は中止となるそうですが、実際にその化粧をしてもらったご婦人方は間違いなく綺麗になり、満足して帰るそうなのです。
このために、野天の化粧商売は毎日多くの人が申し込むのだそうです。
ベレスタでも裕福な商人などは化粧師を雇い入れている場合もありますが、多くの場合侍女の才覚に任せて化粧をしてもらう例が多いですね。
私の場合は、侍女副長をしているサーレムにいつもお願いしています。
私自身はサーレムに適う様な化粧師は居ないのじゃないかしらと常々思っているのですよ。
その野天の化粧師の場合、
いずれにしても、当該船商人は半月以上も日を空けてから二度目の出店があったので、初日からその店で売られている化粧品を求めて大勢のご婦人方が押し寄せ、今でも混雑しているそうなのです。
こうした話は英雄譚と同じで多少の誇張も混じっているものですけれど、一応後学のためにも覗いてみようと思い立ち、私は侍女のハイジを連れて件の市場へ出かけました。
公営の市場は誰でも所定の税を収めれば一定の広さの売り場を得ることができ、そこで自由に商売ができる制度なのです。
勿論、市内に立派な店舗を構えて商売をしている者も多いのですけれど、そこに至るまではこうした公営市場で商いをし、金を儲けてから拠点を構えるモノなのです。
その一方で、船商人などは、島嶼や港を渡り歩いて商売をする手合いですから、一応の拠点は在っても、各地の市場に出店するのが至極当たり前になっており、その意味で街に店を構えて商売をする陸の商人とは一味違うのです。
船商人の中には破落戸や詐欺師も多いので注意を要するのですが、そうした者は自然と淘汰されますので長続きはしません。
いずれにせよ、前評判を聞く限りは信用のおける商人なのだろうと思われます。
◇◇◇◇
市場の一角に
どうやらそこがお目当ての場所のようです。
店には、二人の若い男が居て、化粧品を売っています。
出店の棚に並べられている化粧品は、綺麗に梱包されて彩色が施してあるので非常に見栄えが良いものです。
そうして品数が多いのには驚きました。
私が化粧をされるときに使われるのは白粉とほほ紅、口紅、それにアイシャドウぐらいですが、用途不明なほど品数が多いのです。
一応陳列されている品の近くには説明書きが有るので、それを読めば用途がわかるのですけれど、本当に必要なの?と思えるほど品数が多いのです。
そうしてそのすぐ脇では立派な椅子に座って、一人のご婦人が若い男性の化粧師から化粧を施されていました。
私がそこに着いた時にはほとんど仕上げの状態でしたけれど、次の女性は初めから化粧の様子が見えました。
そうして驚いたことにその女性は、私の幼馴染でもあるアンジェリカさんでした。
彼女はベレスタでも五本の指に入るほどの豪商の娘です。
私よりも二つ年上の17歳で、先頃婚約話がまとまったと聞いています。
そうして化粧の手順を見ていますと、最初に化粧師が行ったのは、洗髪でした。
アンジェリカさんの髪はくせ毛ですので、洗った後にまとめるのが大変な筈なのですけれど、椅子を寝かせた状態で手早く液をつけて髪を洗い、水ですすいだあとに魔法で乾かしていました。
そう、この化粧師は魔法が使えるようなのです。
ベレスタにも魔法を使える者が居ないわけではありませんが、非常に少ないのです。
恐らくは十人も居ないかもしれません。
そうして乾かした髪に櫛を入れ、少量の油をつけるとアンジェリカさんの髪が驚くほどの艶を見せたのです。
それだけでびっくりですよね。
普通、髪を洗うにはクルディアの実を使って泡立てますけれど、洗った後がゴワゴワしてとても大変、沢山の水で洗い流しても違和感が残るんです。
でもアンジェリカさんの髪を見ていると、随分としっとりとしていて柔らかそうな雰囲気なんです。
少なくともあの髪を洗う時に付けた薬液は買わなければなりません。
買って試してみて良ければ普段使いにいたしましょう。
アンジェリカさんの髪は取り敢えずひとまとめにしたまま布を撒いてあります。
次いで洗顔のようですけれど、これも何やらクリーム状のものを顔に塗ると、あれよあれよという間に化粧が全て剥ぎ取られ、アンジェリカさんの素肌が見えました。
うん、アンジェリカさん、ちょっとそばかすが目立つかな?
それから乳液を塗り、ファンデーションなるものを塗り、更に頬紅、アイシャドウなどを塗って行くと、あれまぁ、何とすっかり美人になったアンジェリカさんがそこに居ました。
その上で髪を結い上げてしまうと、もう完全に別人となったアンジェリカさんが居ました。
うん、これは本物ですね。
ウチのサーレム以上の化粧師が居ることを認めざるを得ません。
アンジェリカさんの化粧が終了した時点で、化粧師は簡単に使った化粧品の説明をしていました。
アンジェリカさんへの説明と同時に見ている者達への宣伝でもあるのでしょう。
言葉巧みに化粧品の効能を開陳していました。
この化粧師ほど手際よく行くかどうかは別として、少なくとも使った化粧品が入手できれば同程度の化粧が可能になるということです。
これを観たら確かに買わなきゃ損と思ってしまいますよね。
女性にとって化粧というのは外向けの武器なのです。
無ければ武器を携える相手と無手で戦うようなもので、甚だ不利になることは女であれば十分にわかります。
お値段は?
アラ、意外と安いのですね。
これまで購入したことのある品と値段はそう変わりません。
むしろ安いものもありますけれど、品数が多いので、全部買うとこれまでの倍近く費用が掛かってしまいそうです。
迷いましたが取り敢えず今回は髪の洗剤だけは購入することにしました。
これで試してみて、良ければ他の品も購入することにいたしましょう。
夕暮れ間近、化粧師たちもそろそろ最後の客を迎えて店じまいの準備をしているようです。
最後のお客様は洗髪を頼まなかったので手早くお化粧だけで済みました。
店じまいを眺めつつ、私はハイジと共に帰途に就きました。
ところが帰宅途中の路地で暴漢に襲われてしまいました。
助けを呼ぶ暇もなくあっという間にハイジも私も何かの薬品で眠らされてしまいました。
気づいた時には、どこかの地下の部屋に居ました。
手足を縛られ、目の前には頭からすっぽりと頭巾をかぶって眼だけ出した男が二人居ました。
侍女のハイジが一緒に居たはずなのにその姿が見えません。
もしかして殺された?
そんな不吉なことを思うと震えがきました。
何のために私を誘拐した?
金?
それとも私の身体が目当て?
嫌です。
誰か、いえ、神様、助けて。
声も出せずに私は信ずる神マルドゥル様に必死に祈りました。
その時男 の背後にあった重そうな扉が開きました。
そこに現れたのは、何と先ほどまで市場に居たあの化粧師だったのです。
あっ、彼も悪い奴の仲間なの?
絶望に打ちひしがれ、私は目をつぶりました。
するといきなり二度ほど打撃音が聞こえました。
肉が激しく叩かれたような音です。
そのすぐ後にどさっ、どさっと何かが倒れる様な音がしました。
恐る恐る眼を開けると、頭巾をかぶっていた男二人が床に倒れていました。
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