第十一章 ファンデンダルク侯爵

11ー1 侯爵への陞爵

 侯爵への推挙は、以前からあったのだが、できるだけ断っていた。

 俺の領内の人口が50万を超えたら無条件で陞爵するという話に一応落ち着いていたはずなんだが、その状況が変わってしまった。


 レイズ家のグルジーサポーク労咳の治癒の話が独り歩きし始めたんだ。

 一応、レイズ家の敷地にアルノス教会を造り、ハイデルバーグの貧民街にゲートを作ったことでイスマエルから目をらしたつもりだったが、生憎とイスマエルが神の遣わした使徒という噂が市井の間に徐々に広まっていた。


 止むを得ず、グルジーサポークの患者がいる地域に、各領主の了解を得ながら、俺がゲートとアルノス神様を祭る小さな教会を建設するようにして、できるだけイスマエルから話題を逸らすように仕向けた。

 一応、神童なり使徒なりという噂は徐々に立ち消えたし、教会関係者の接近と勧誘は上位貴族の力と俺の魔法でシャットアウトした。


 教会関係者と言えども上級貴族である辺境伯の意向には逆らえないところがあるんだ。

 ましてや下手に神に対する不敬だと騒ごうものなら、教会そのものに雷が落ちて彼らの城であり象徴である建物が焼け落ちることもある。


 そんなことが二度ほども続くと教会からのお話はばたっと途絶えた。

 どうやら内々に神敵認定に近い状態になったかも知れないが、下手に手を出してはならない存在と教会関係者も改めて認識したらしい。


 まぁね、カルデナ神聖国を事実上潰したのも俺だったし、やろうと思えば教会なんていつでも潰せる。

 神様ってのは教会に宿るわけじゃなく、信仰心で支えられるはずなのに、教会関係者はいかにも自分の功績のように思っている節がある。


 そもそも、今のところアルノス幼女神様以外にはこの世界に神様は居ないとアルノス幼女神様本人から聞いている。

 別の神様を信仰していることの方が間違いなのに、その事実に気づかないから正すこともできない。


 アルノス幼女神様の前は、クラヴァスという男の神様だったらしいが、この大陸でもクラヴァス神を信仰している教会は非常に少ないようだ。

 皆、人が勝手に作り上げた与太話から偽の神様を信仰しているわけだ。


 アルノス幼女神様を信仰している教会は、全世界で見ると必ずしも主流とは言えないまでも、そこそこあるんだぜ。

 きっと過去に誰か巫女や聖人に近い存在でも居て、幼女神様の存在を確信したんだろうと思うよ。


 但し、教会にある塑像はみんな大人の姿のアルノス神で、幼女の姿をした塑像を祭っている教会は俺が造った教会だけだけれどね。

 それはともかく、イスマエルを矢面に立たせないために打った策が実は裏目に出た。


 俺が開発した殺虫剤による黒飛蝗漸減作戦の実施と相まって、王国に対する多大なる功績があったと認定され、ついに侯爵への陞爵が決まってしまったのだ。

 宰相からは、コレットのためにも拒否はするなと釘を刺されたよ。


 まぁね、王女の嫁ぎ先が、伯爵では非常に心元なく、辺境伯で何とか最底レベル、侯爵になれば極々普通という認識らしい。

 確かに一国の王女ともなれば、他国の王家に嫁いでおかしくない存在だから、侯爵程度で普通というのは良くわかる話だ。


 それに俺の領内の人口も間もなく30万になろうかという勢いで、恐らくは後5年程で50万は超える可能性がある。

 移民の流入もることながら、安定した収入と暮らしやすさから、領内の出生率と生存率が上昇していることが人口の拡大に拍車をかけているんだ。


 移民の入国の際に行う教育の普及と衛生面の向上が大いに役立っているし、シタデレンスタッドの地下農場を含め、農産物や魚介類の増産が暮らしやすさを支えているんだ。

 俺の領内にスラム街は存在しない。


 その代わりに孤児院があり、人足寄場がある。

 日々の食事がまともに取れない者も孤児院や人足寄場では食事にありつける。


 人足寄場は江戸時代のような懲罰のための労務所じゃなく、名称は余り良くないかも知れないが、働き口が無い社会弱者に、仕事を与え、かつ、寝食を提供するところだ。

 身体障害者であっても人足寄場では障害に応じた仕事が貰え、最低限度の収入は得られるようになっているんだ。


 スラムの代わりに吹き寄せのような集落にはなっているが、宿舎は官製のものであって衛生的で見栄えも良く立派な建物が造られている。

 一定の水準で綺麗にしないと罰が与えられるために、街中まちなかも非常に清潔に保たれているから、少なくともここでは人並みの生活はできるようになっているんだ。


 但し、大怪我をして植物人間にまでなってしまったような者については、俺も理由が無ければ助けない。

 例えば、四肢を失って単なる厄介者として生きるかどうかなんだが・・・。


 義手や義足を与えることで自力で生きられる者は助ける。

 でもそれすらできない者は、本人の意向を確認したうえで俺が人知れず間引きしている場合もある。


 色々と異論もあるだろうが、人はペットじゃない。

 生きるならば尊厳が必要だ。


 それが保てなくなった時点で人は往々にして生を望まないものなんだ。

 自殺幇助ではないけれど、その者が社会に役立てる可能性が無く、本人も生の継続を望まなければ尊厳死もやむを得ないだろうと思う。


 俺は少なくともそうするようにしている。

 残念ながら、意識が無い為に本人の意思が確認できない者については、治療院に任せており、俺や子供たちが積極的な治療は施さないようにしている。


 治療院の予算にも限度があり、そうした復帰不可能な者を抱える人数が増大すればいずれは誰かを見限ることになるだろう。

 究極のトリアージなんだが、それは治療院を任せた者に判断を委ねている。


 為政者としては相応の額を与えて治療院の維持を図ってもらうしかない。

 俺は非常に利己的だから、自分の身内ならば積極的に助ける。


 その範囲というか、身内のすそ野が広がるにつれて、その意欲は徐々に減退する。

 領民も広い意味では身内なんだが、必ずしも俺の全能力を傾けて全面的に支援する対象ではないんだ。


 全てを成し遂げられる全能の神ではないんだから、俺のできることを俺の判断でするしかないんだ。


 ◇◇◇◇


 ベルム歴730年初春(月)の12日、王宮で侯爵への陞爵の儀式があり、コレットも参列の上で、陞爵の式典が行われた。

 公爵から侯爵への降格は、この20年程の間に何度かあったようだが、侯爵への陞爵は30数年前に遡らないといけないらしい。


 その意味では珍しいことであるわけだ。

 当然に、この後に続く王宮での晩餐会や舞踏会があり、その後に俺の王都別邸でも多数の貴族等を招いてうたげを開かねばならなかった。


 人数が多いので、二回に分けた。

 伯爵以上の貴族が一つのグループで、子爵以下の貴族に富裕商人などの平民達が二つ目のグループだ。


 その意味では三回に分けることもできたが、執事やメイドそれにコックなどにかかる負担を軽減するために、二回にしたんだ。

 そうして、子爵以下の貴族たちは屋内で、平民たちは屋敷の庭でと分けることで一応の差別化は図った。


 俺自身は余り気にしないんだが、貴族連中は平民との格差を気にする者が非常に多く、俺自身も仕方なく流されている。

 付和雷同ふわらいどうというのは気に入らないのだが、これも処世術と諦めている。


 この世界に民主主義を持ち込んで、王制を止めるとしたら、その過程で少なくとも治世が乱れ、大勢の犠牲者が生まれる。

 それよりは、俺のできる範囲で大勢のものを救った方がいい。


 俺はこの世界に来て非情になり、そして利己的になったと自分でも思う。

 以前はそんなことが無かったように思うのだが、護るものが多くできた所為かもしれないな。


 侯爵になって何が変わったかというと、領地なんかは変わってはいない。

 その代わり責任が増えたな。


 辺境伯の時からその傾向はあったんだが、俺自身が一つの派閥の長になって頼子を持つようになった。

 このために王都を訪問する機会が増えた。


 賢人会議と呼ばれるものがあり、概ね派閥の長が出席するんだが、その中でも有力な貴族が別途重鎮会議を開く。

 国内での様々な問題を話し合い、国王や宰相に提言することができる。


 また、国王からの諮問で調査なり政策審議をして報告書を提出する場合もある。

 これまでも結構王家一族の端くれとして非公式には意見を述べていたんだが、今後は公式なものになるというわけだ。


 今後とも国王や宰相などだけに伝えることもままあるとは思うけれどね。

 それと俺とコレットが公式な社交の場に出る回数が増えたな。


 特に外国の賓客がジェスタ国を訪れた場合は間違いなく参加するようになった。

 辺境伯の時は免除されていたんだが、格式ばった外交の場は若干苦手意識があるよ。

 

 コレットの衣装選びが多くなったな。

 それにつられるように嫁s達の衣装も増えている傾向にある。


 そんな嫁sには、領都にある化粧品会社に新商品を持ち込んで嫁s達が、入手できるようにした。

 結構なお値段がするものなんだが、嫁sの小遣いの範囲で十分贖えるものだ。


 尤も、フレデリカを除いては嫁s達は十分に若いからな余り化粧品に頼らなくても大丈夫なんだが、若い時から肌の手入れは必要なので、そうした普段からのスキンケア商品がメインなんだ。

 それにメイドの一部を美容整体師、化粧師、髪結いに仕立てた。


 側仕えのメイドが以前からそれに近いことはしていたが、より才能のありそうなものを選んで、俺が仕入れた地球の技術や知識を教え込み、専門のメイドにしたんだ。

 嫁s達の一日は、お肌の手入れと化粧から始まり、就寝前の美容整体と寝化粧で終わるようになった。


 おそらくは、このメイドたちがいずれ市井に出て一般の者達に美容を広げることになるだろうと思う。

 メイドやバトラーなども一応の定年制を取って隠居できるようにしているから、退職後は自由に商売もできるんだ。


 但し、貴族に奉仕していた頃に知り得た秘密は墓場まで持って行くことが義務付けられているし、僅かながら年金も支給するようにしている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る